【安田顕さんインタビュー】自分自身に対する疑心暗鬼や強い復讐心、そうした思いが”怪物”という心の状態じゃないかと思った

第57回百想芸術大賞で作品・脚本・男性最優秀演技賞の三冠に輝く韓国ドラマ『怪物』。猟奇的殺人事件をめぐる心理戦と濃密な人間模様が展開する傑作シリーズのリメイク『ドラマW 怪物』が、7月6日よりWOWOWで放送・配信される。オリジナルで韓国の名優シン・ハギュンが演じたドンシクに当たる派出所の刑事・富樫浩之役に挑むのが安田顕さんだ。現在51歳の安田さんが演技に向き合う真摯な姿勢とたゆまぬ努力、そして50代で感じている心身の変化とは?

名作と言われる比較対象があるという意味では、すごく難しいと思った

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心に底知れない悲しみを抱えた富樫について、安田さんは「与(くみ)し難く、やり甲斐に満ちた役柄だと感じた」という。
「オリジナルは、既に完成された名作として愛されている作品。僕も拝見させていただき、大変面白かったです。そして、シン・ハギュンさんが演じるドンシクという人物に魅せられました。あれが完成型ですと言われたら、完成型です。だからこそオファーを受けたとき、素直に嬉しかったのは勿論ですが、このポジションを与えられたことへの感謝や責任などに加えて、名作と言われる比較対象があるという意味でもすごく難しいなと思った。そういった部分で”与し難い”と感じました」

そもそも富樫は、「語らない」ことが多い人物だ。
「なぜそういう行動をするのかといった理由や動機、どういう心理状態なのかといったことがキム・スジンさんの脚本にも書かれてないんですね。だから富樫が見せる表情一つとっても、オリジナルの該当シーンを何度も何度も見て、読み込んで、何が表現として適しているのかを監督と相談しながら提案させていただきました。一番大事なのは、キャラクターの奥底に流れているものはなんなのかということ。それを自分なりにオリジナルを見ていく中で紐解いていくという作業が難しく、やり甲斐があると同時に楽しくもありました」

安田さんの語り口からは、被害者の兄であり、正義を求める刑事であり、同時に”怪物”にも見える瞬間がある複雑なキャラクターを、いかにしてオリジナルに最大限のリスペクトを払いつつ、自分なりに再解釈していったのかがわかる。それは、”怪物"が意味するものについての質問への答えにも強く感じられた。
「富樫は、自分の中の孤独というものを埋める作業をやっているんですよね。やってもやっても埋まらない、過酷な作業を一人で続けていく中で、自分自身に対する疑心暗鬼や強い復讐心、そうした思いが”怪物”という心の状態なんじゃないかと思ったんです。実はキム・スジンさんが自ら脚本を下さったのですが、そこにご自分の手でハングルの文字が書かれていて、Google翻訳したら『富樫の孤独を埋めてください、満たしてください』と。ああ、そういうことかと腑に落ちました。じゃあ孤独を満たすことができなかった男が、このドラマのどこで満たすことができたのか。僕なりに、これがその瞬間だと考えて演じたシーンがあるのですが、それは見た方がそれぞれに感じ取っていただけたら」

この歳になって、当たり前にあったものもなくなるんだよということを身をもって感じている

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ドラマの撮影の終盤には、来日したキム・スジンと直接言葉を交わす機会があったという。その際に、あるシーンの解釈について質問したところ、「僕の解釈と大体合ってたんです! それが嬉しかったですね」と破顔一笑。一つの作品に対して、どれだけこまやかに、情熱を持って臨むのかが改めて伝わってきて圧倒された。一方で、出演作が途切れることのない安田さんは、2025年もNHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』をはじめ話題作への出演が続いている。「少し仕事を休みたいとか……」と質問しかけたところ、全部言い終わらないうちに「ないですね」ときっぱり。それでは50代に入った今、仕事において抱いている野心はあるのだろうか?

「何度も再演される戯曲のような、スタンダードになりうるものを生み出すチームに、自分も参加したいなと思うことはありますね。0から1を生み出す場所に自分も参加できていたら嬉しいなと。例えば、『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』で言えば、蔦屋重三郎が版元として見出した写楽や歌麿らの名前は誰でも知っているけれど、蔦屋重三郎という名前を知っている人は限られています。でも、その作品は残っていて、だから写楽らが存在していたことはわかるわけですよね。これ、すごいことだなという気がするんですよ。だから、僕もそういった作品に出会えたとしたら、すごく幸せなことだと思うんですよね」
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仕事への意欲はどこまでも尽きないようすの安田さんだが、50代になって心身ともに変化を感じているという。
「体力的な衰えを感じますね。特に視力、聴力、記憶力。まあでも視力とか聴力に関しては現実を受け入れるしかないし、改善できるものはしていけばいいかなと。あとは、なんていうのかな、頭では分かっていたことや先輩たちから聞いていたことで、『ああ、このことかあ』とすごく実感するようになりました。例えば、人間は人に支えてもらってなんぼだよとか、いただきます、ごちそうさま、人に感謝しなさいといったことは、当たり前のことじゃないですか。そりゃそうでしょう、僕はちゃんとやってるよと思っていたわけですが、『あれ? 実際にはちゃんとやってなかったかも。ちゃんとやるように努力しないと』と思い始めたのが、最近なんですね。この歳になって、当たり前だったことが当たり前じゃないんだよ、当たり前にあったものもなくなるんだよということを、身をもって感じているということですかね」

エクラ世代が、思わずうんうんと頷いてしまうことばかり。そんな安田さんがリラックスできる時間とは?
「WWEというアメリカのプロレス団体があるじゃないですか。あれはよく見ますね。ストーリー、パフォーマンス、どれもが素晴らしくて、本当にすごいエンターテインメントです。アスリートとしての技量は超一流の人しか集まってないし、パフォーマーとして芝居も達者だし歌えるし、体力的にもとんでもないモチベーションを持ってるしハリウッドスターもいるし、ほんとすごいですよ! 面白くて、ずっと見ちゃう。今の楽しみはこれと、あとは犬との昼寝。その時間が最高ですね」

安田顕

安田顕

やすだ けん●1973年12月8日生まれ、北海道室蘭市出身。演劇ユニット「TEAM NACS」メンバーで、映画・テレビ・舞台を中心に幅広く活躍している。2025年はNHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』の平賀源内役が話題のほか、注目作が目白押しだ。主なドラマ出演作は、日本テレビ系『ダメマネ! -ダメなタレント、マネジメントします-』『ドンケツ』(DMM TV)。映画の出演作は、『35年目のラブレター』『光る川』『おいしくて泣くとき』『ドールハウス』がある。

『連続ドラマW 怪物』

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韓国の演技派俳優、シン・ハギュン主演の傑作ドラマ『怪物』のリメイク。25年前、羽多野町に住む女子大生の富樫琴音が、自宅の庭に10本の指の第1関節だけを残して失踪した。当時、容疑者とされた琴音の双子の兄・富樫浩之(安田顕)は警察官になり、現在は羽多野署生活安全課に勤務している。そこへ新たに赴任してきたキャリア警察官の八代真人(水上恒司)には密かに目的があり、富樫とは気が合わないながらもペアを組むことに。そんな中、再び猟奇的殺人事件が起こり、富樫と真人はお互いに疑いの目を向けながら共に事件を捜査する。WOWOWにて7月6日(日)午後10時から放送・配信スタート。*第1話無料放送(全10話)

撮影/三浦 晴 ヘア&メイク/西岡達也(ラインヴァント)スタイリスト/村留利弘(Yolken) 取材・文/今 祥枝
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