尾上右近、歌舞伎大道具の製作現場へ行く【前編】
本誌連載でもおなじみの歌舞伎俳優・尾上右近さん。'26年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』に足利義昭役で出演が決まるなど、今年はさらなる飛躍の予感。新年を彩る1月歌舞伎座「壽 初春大歌舞伎」でも舞踊劇『蜘蛛絲梓弦』(くものいとあずさのゆみはり/美術:前田剛)で8役を早替わりで魅せる。そんな右近さんが多忙の中訪れたのは、新しく作ることになった大道具の製作現場。舞台の背景や装置はどう作られるのか。とどまるところを知らないその好奇心と向上心が、舞台をいっそうおもしろく、美しくしていた!! 歌舞伎俳優としては、初潜入。
歌舞伎俳優としては初潜入!松戸にある大道具の工場へ
2026年1月歌舞伎座の舞踊劇『蜘蛛絲梓弦』で、8役の早替わりに挑戦する尾上右近さん。お芝居を作る過程で、新しい大道具や仕掛けを作ってもらうことになり、「製作現場をぜひ一度見学したい」ということに。そこで12月中旬、松戸にある歌舞伎の大道具を専門に扱っている「歌舞伎座舞台株式会社」の工場を訪れることになった。
8役早替わりする『蜘蛛絲梓弦』。 大道具にリクエストをしたのは初めて
「『蜘蛛絲梓弦』は、源氏の大将・源頼光が病に伏せっているところに、蜘蛛の精がさまざまな人間に姿を変えてやってきて呪い殺そうとしますが、最後には正体を見破られて、四天王に退治されるというエンターテインメント性あふれる作品です。僕は(市川)猿之助のお兄さんの『蜘蛛絲梓弦』が大好きで、いつか自分もできたらいいなと思っていたので1月の舞台が決まったときには、とてもうれしかったです。
そして、たいてい6役の早替わりですが、今回は藤間勘十郎先生とも相談して8役にチャレンジします。蜘蛛の精のほか、頼光の恋人の傾城薄雲、女童扇弥、薬売り研作、番頭新造四つ輪、太鼓持栄寿、座頭音市、さらに押戻し(怨霊や妖怪の行く手に立ちふさがって、怒りを鎮める役)の平井保昌まで勤めます。退治される側と退治する側と両方やるという。すごい欲張りました(笑)。」
研作や栄寿などの役名も自分で作ったという力の入れよう。さらに「大道具について、いろいろリクエストをしたのも今回が初めて」と言う。
「今回は猿之助のお兄さんが作り上げたものにプラスアルファして自分なりに作るということがテーマで、猿之助さんバージョンの『蜘蛛絲梓弦』を作った石川耕士先生に補綴で入っていただいたんですね。僕が『あれをやりたい』『これをやりたい』と意向を伝えると、計り知れない知識と尽きないアイデアと歌舞伎への深い愛で、それに応えてくださって。
そして、たいてい6役の早替わりですが、今回は藤間勘十郎先生とも相談して8役にチャレンジします。蜘蛛の精のほか、頼光の恋人の傾城薄雲、女童扇弥、薬売り研作、番頭新造四つ輪、太鼓持栄寿、座頭音市、さらに押戻し(怨霊や妖怪の行く手に立ちふさがって、怒りを鎮める役)の平井保昌まで勤めます。退治される側と退治する側と両方やるという。すごい欲張りました(笑)。」
研作や栄寿などの役名も自分で作ったという力の入れよう。さらに「大道具について、いろいろリクエストをしたのも今回が初めて」と言う。
「今回は猿之助のお兄さんが作り上げたものにプラスアルファして自分なりに作るということがテーマで、猿之助さんバージョンの『蜘蛛絲梓弦』を作った石川耕士先生に補綴で入っていただいたんですね。僕が『あれをやりたい』『これをやりたい』と意向を伝えると、計り知れない知識と尽きないアイデアと歌舞伎への深い愛で、それに応えてくださって。
『大道具もこの寸法だと移動にこのくらいの時間がかかる』とか、『こっちから引っ込んだら、今度こっちから出てきたほうがおもしろいけれど、そのぶん時間がかかるから長唄でつないでもらおう』とか、すべて頭に入っているんです。ちゃんとご一緒するのは初めてだったんですけれど、石川先生の本気を目の当たりにして感動しました。
そして、これを具現化してくれるのが大道具さんで、打ち合わせでは『だったらこうしたほうが早い』っていろいろ提案してくれました。『裏に引っ込んで、舞台裏を走って階段を降りて奈落に行くなら、セリを下げておくから、そのまま舞台からダイレクトにダイブしたほうが早い』とか。直接ダイブする……って、たぶん布団とか敷いて、落ちても大丈夫にしてくれるということだと思うんですけど(笑)」。
美術は前田剛さんが担当。ほかにも『義経千本桜 四の切』でおなじみの「欄間抜け」があったり、セリから勢いよく飛び出す演出があったり、お客様を楽しませるためのさまざまな仕掛けが盛り込まれることに。
そして、これを具現化してくれるのが大道具さんで、打ち合わせでは『だったらこうしたほうが早い』っていろいろ提案してくれました。『裏に引っ込んで、舞台裏を走って階段を降りて奈落に行くなら、セリを下げておくから、そのまま舞台からダイレクトにダイブしたほうが早い』とか。直接ダイブする……って、たぶん布団とか敷いて、落ちても大丈夫にしてくれるということだと思うんですけど(笑)」。
美術は前田剛さんが担当。ほかにも『義経千本桜 四の切』でおなじみの「欄間抜け」があったり、セリから勢いよく飛び出す演出があったり、お客様を楽しませるためのさまざまな仕掛けが盛り込まれることに。
子供のころから大好きな大道具さん
「歌舞伎の大道具は、毎回新しくするわけではなくて、傷んできたタイミングで変えたりするそうですが、今回の『蜘蛛絲梓弦』は、演出的にほとんど新しくすることになったので、大道具さんの仕事を増やしてしまい、申しわけない気持ちでいっぱいです。
僕は小さいころから大道具さんが好きで、歌舞伎座でも大道具さんの部屋に行ってゲームして遊んでもらったりしていたんですけれど、実際に大道具がどんなふうに作られていくのかは見たことがないんですよね。大道具さんにはこれから50年くらいお世話になる予定なので(笑)、今回、ちゃんと制作現場を拝見して、お礼とお詫びを伝えたいなと思いました」
僕は小さいころから大道具さんが好きで、歌舞伎座でも大道具さんの部屋に行ってゲームして遊んでもらったりしていたんですけれど、実際に大道具がどんなふうに作られていくのかは見たことがないんですよね。大道具さんにはこれから50年くらいお世話になる予定なので(笑)、今回、ちゃんと制作現場を拝見して、お礼とお詫びを伝えたいなと思いました」
松戸の工場で出迎えてくれたのは、常務取締役の足立安男さん。歌舞伎座舞台株式会社の前身で、歌舞伎の黎明期から大道具に携わってきた長谷川大道具株式会社の時代から勤めるこの道47年の大ベテラン。「遠いところまでよくいらっしゃいましたね。ここまでいらした歌舞伎俳優さんは、右近さんが初めてです」と笑う。
まずは足立さんに大道具の基本を教えていただいた。
「そもそも歌舞伎の大道具とは、お屋敷の建物や船、屋台などの建造物を作ったり、山や川、遊郭などの風景画を描いたりして、それを舞台にセッティングするのがおもな仕事です。その作業は細かく分かれているんですね。
まず全体の設計図である『道具帳』を作るデザイン室があります。それをもとに大道具の土台や仕掛けを作る『大工』、紙や布をはる『経師(きょうじ)』、屋根など建物を塗り込んでいく『塗方(ぬりかた)』、そして海や山、木々などの絵画的な風景を描く『絵描き』。塗方と絵描きの仕事が分かれているのは、歌舞伎座だけですね」。
道具帳を作る人や絵描きさんは歌舞伎座に常駐していて、松戸の工場にいるのは大工さん、経師さん、塗方さんたち。大きな倉庫にはさまざまな資材が広げられ、金槌の音や電動ノコギリの音が響く中、大勢の人たちが作業に集中している。
まずは足立さんに大道具の基本を教えていただいた。
「そもそも歌舞伎の大道具とは、お屋敷の建物や船、屋台などの建造物を作ったり、山や川、遊郭などの風景画を描いたりして、それを舞台にセッティングするのがおもな仕事です。その作業は細かく分かれているんですね。
まず全体の設計図である『道具帳』を作るデザイン室があります。それをもとに大道具の土台や仕掛けを作る『大工』、紙や布をはる『経師(きょうじ)』、屋根など建物を塗り込んでいく『塗方(ぬりかた)』、そして海や山、木々などの絵画的な風景を描く『絵描き』。塗方と絵描きの仕事が分かれているのは、歌舞伎座だけですね」。
道具帳を作る人や絵描きさんは歌舞伎座に常駐していて、松戸の工場にいるのは大工さん、経師さん、塗方さんたち。大きな倉庫にはさまざまな資材が広げられ、金槌の音や電動ノコギリの音が響く中、大勢の人たちが作業に集中している。
「作業に取り掛かるのは、1~2か月前からで、今はちょうど1月の歌舞伎座の大道具を一斉に作っているところです。大袈裟じゃなくて、我々は俳優さんの命を預かっているので、つねに『怪我のないように』ということを考えます。板の上には何人が乗るのか、どう動くのか、立廻りをするのか。それで骨組みの素材を変えたりします。経験値が大事な仕事です。
ただそれが見えてしまってはダメなんですよね。歌舞伎座から帰るとき、東銀座駅のホームで、お客さんが『大道具さん、大変ね』とか、『あれ、怪我しなかったかしら』とか話しているのが耳に入ってくるんですよ。そういうときは『負けた』と思います(笑)。決して安くないチケットで現実から離れた夢の時間を過ごすのに、大道具の汗の匂いとかわかっちゃった時点で、もう終わりじゃないかと思ってね」という言葉には“裏方 ”としての矜持が垣間見える。
ただそれが見えてしまってはダメなんですよね。歌舞伎座から帰るとき、東銀座駅のホームで、お客さんが『大道具さん、大変ね』とか、『あれ、怪我しなかったかしら』とか話しているのが耳に入ってくるんですよ。そういうときは『負けた』と思います(笑)。決して安くないチケットで現実から離れた夢の時間を過ごすのに、大道具の汗の匂いとかわかっちゃった時点で、もう終わりじゃないかと思ってね」という言葉には“裏方 ”としての矜持が垣間見える。
そんな中、「あっ、これは『蜘蛛絲梓弦』で使われる網代塀(あじろべい)だ」と右近さん。和風建築で使われる網代は、竹などを編んで作られるが、大道具では塗方さんが絵でそれを表現。まるで竹で編んだような斜めの文様が大きなボードに緻密に再現されている。わずか半日で仕上げてしまうというスピード感と職人技に右近さんはびっくり。
「みんな頭の中に完成図が入っているんですね。だからちょっと塗って、遠くから見直して、また塗るなんてことはしない。一気に仕上げるから早いんです」と足立さん。
「みんな頭の中に完成図が入っているんですね。だからちょっと塗って、遠くから見直して、また塗るなんてことはしない。一気に仕上げるから早いんです」と足立さん。
マットな金ではなく、ぴかぴかの”古風な金紙”。 ド派手な金が好き
一方、頼光のお屋敷の制作はやや遅れているとのこと。でも、それはうれしい理由からだった。教えてくれたのは塗方の永田宏江さん。
「実は最初、お屋敷の壁などには、箔柄のマットな金を使うことになっていたんです。舞台変換が多い今回の舞台では、丈夫なマットの金のほうが安心だろうと。でも打ち合わせをした何日かあとに、『やっぱり無理をしてでも右近さんの気持ちに添ったものにしたい』ということで、変更してぴかぴかに輝く古風な金紙を使うことになったんです。それで作業が遅れていて……」
「実は最初、お屋敷の壁などには、箔柄のマットな金を使うことになっていたんです。舞台変換が多い今回の舞台では、丈夫なマットの金のほうが安心だろうと。でも打ち合わせをした何日かあとに、『やっぱり無理をしてでも右近さんの気持ちに添ったものにしたい』ということで、変更してぴかぴかに輝く古風な金紙を使うことになったんです。それで作業が遅れていて……」
それを聞いて、「えーっ!? マジで!? 超うれしいんだけど!!」と右近さんのテンションは爆上がり。
「歌舞伎で背景に使われる金には、ぴかぴかに光る古風な金紙とマットな金の箔柄の加工紙があるんですね。マットなほうが洗練されていて品がいいという人もいるけれど、僕はド派手な古風な金紙が断然好き。六代目(尾上菊五郎)も『鏡獅子』のときに古風な金紙を使った背景にしていて、僕も『鏡獅子』を古風な金紙でやりたかったんです。でも、できてきたのはマットな箔柄の加工紙を使った大道具で、ちょっと残念に思っていたんですけれど、今回はそんな僕の思いを大道具さんがくんでくれたっていうこと。本当にありがたいですね」としみじみ。
「もともと歌舞伎はこの金紙でやっていたんですけれど、最近はほとんど箔柄の加工紙の金にかわっているんですよね。そのほうが丈夫で作業が簡単というのもあるし、古風な金紙だと光が強すぎて、後見さんが写ってしまうとか、照明さんが大変だといろいろあるようで」という永田さんに、「照明さんに頑張ってもらいましょう!」と右近さん。
彼の強い思いが周囲を動かし、舞台はより熱くて充実したものに。1月歌舞伎座の舞台ではきらっきらに輝く右近さんが拝めそうだ!(後編につづく)
「歌舞伎で背景に使われる金には、ぴかぴかに光る古風な金紙とマットな金の箔柄の加工紙があるんですね。マットなほうが洗練されていて品がいいという人もいるけれど、僕はド派手な古風な金紙が断然好き。六代目(尾上菊五郎)も『鏡獅子』のときに古風な金紙を使った背景にしていて、僕も『鏡獅子』を古風な金紙でやりたかったんです。でも、できてきたのはマットな箔柄の加工紙を使った大道具で、ちょっと残念に思っていたんですけれど、今回はそんな僕の思いを大道具さんがくんでくれたっていうこと。本当にありがたいですね」としみじみ。
「もともと歌舞伎はこの金紙でやっていたんですけれど、最近はほとんど箔柄の加工紙の金にかわっているんですよね。そのほうが丈夫で作業が簡単というのもあるし、古風な金紙だと光が強すぎて、後見さんが写ってしまうとか、照明さんが大変だといろいろあるようで」という永田さんに、「照明さんに頑張ってもらいましょう!」と右近さん。
彼の強い思いが周囲を動かし、舞台はより熱くて充実したものに。1月歌舞伎座の舞台ではきらっきらに輝く右近さんが拝めそうだ!(後編につづく)
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素早い金槌づかいに感動!
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屋根は、住んでいる人の格によって変わるそう
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色の配合にレシピはなく、経験と勘で調合する
壽 初春大歌舞伎 歌舞伎座
2026年1月2日(金)~25日(日)
昼の部 午前11時~
昼の部 午後4時15分~
【休演】2026年1月9日(金)、1月19日(月)
特等席20000円
1等席18000円など
※尾上右近さんが演じる『蜘蛛絲梓弦』は昼の部
撮影/露木聡子 取材・文/佐藤裕美
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