更年期、どう乗り越えているの?第一線で活躍する4人が語るそれぞれの過ごし方

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年齢も、続く期間も、あらわれる症状も更年期は本当に人それぞれ。まったく気づかないまま過ぎていく人もいれば、生活が揺らぐほどつらい変化に向き合う人もいます。閉経の時期にも大きな幅があり、「これが正解」という形はありません。だからこそ、同じ年代で活躍し続けるあの人は、どんな更年期を経験しているのでしょう。私たちが抱える不安や疑問に、少しでもヒントをくれるかもしれません。

元プロマラソンランナー・有森裕子さんの場合

有森裕子
有森裕子

Yuko Arimori。1966年生まれ。岡山・就実高校、日本体育大学を経てリクルート入社。’92年、バルセロナ五輪の女子マラソンで銀メダル、’96年のアトランタ五輪では銅メダルを獲得。’98年NPO法人「ハート・オブ・ゴールド」を設立し、スポーツを通した社会貢献活動に取り組む。2007年の現役引退後は幅広い分野で活躍し、国際オリンピック委員会(IOC)Olympism365委員会委員、日本陸上競技連盟副会長などを務め、’23年にはワールドアスレティックス(世界陸連)理事にも就任。

40歳で現役ランナーを引退して17年。スポーツを通じて社会貢献活動に積極的に取り組む有森裕子さんは、ホットフラッシュに人知れず苦しんだ自身の経験から、更年期について積極的に発信しています。悩んでいた最中は更年期の知識に乏しく、そのことが不安を呼び、症状を悪化させていたと振り返ります。偶然、有森さんを救ってくれたものとははたして…?

■47歳:月経が不順に。メンタルも不安定に
■49歳:閉経。数年間、ホットフラッシュに苦しむ
■50歳:婦人科で低用量ピルを処方してもらい、ホットフラッシュが緩和
■53歳:ピラティスとパーソナルトレーニング開始
■57歳(現在):時々起こる不調ともうまくつき合えるように

イライラやホットフラッシュに悩む日々。知識不足で何が起きているのかわからなかった

OurAge×Webエクラ 有森裕子さん(57歳・元プロマラソンランナー)

「東日本大震災があった2011年、プライベートでも離婚やいろいろなことが起き、引退して数年がたっていたのでキャリアの転換期も重なって。そのあたりからメンタル的に自分を追い詰めていってました。その後47、48歳頃でしょうか。生理も不順になってきて、気分の落ち込みもさらに激しくなって。誰にも見せない日記をつけていたんですが、目だけの絵を描くとか、けっこう恐ろしい心理状態の絵を描いたりしてましたね。もともと性格的に感情の起伏が激しいタイプではあったけれど、その頃はもう気持ちよく清々しく過ごす日がなかった。怒らずに過ごせる日というのがなかったんです」

そう語る有森さん。五輪メダリスト、心身を鍛え上げ、トップアスリートだった人をも悩ませていた更年期不調。有森さんの場合、特に困ったのは更年期の代表的な症状として知られるホットフラッシュでした。

「その頃、更年期というものをよく知らなかったですから。女性の体に何が起こるかを気にしていなかったんです。めまいとか頭痛とか、他の症状は全然ないんです。疲れやすいっていうのもなければ、息切れや動悸もない。手足はもともと冷えやすかったし。だから、ホットフラッシュが起きるようになって本当に困惑しました。汗のかき方が、とにかくひどい。もう顔がほてるどころか全身がほてる感じ。本当に強烈だったんですよ。急にうわーっと暑くなって汗が出る。そしてバーッと引いていく。1日に3、4回来るわけです、その波が。もうわけがわからない。講演に行くと、せっかく衣装に着替えたのにバーッとホットフラッシュがきて汗びっしょりに。かと思ったらバーッと引いて、またバーッと来る…。着替えを持って歩くだけでも大変でした」

少しでも症状を緩和するために運動をしたり、ということもなかったといいます。現役を引退してからはほとんど体を動かしていなかったのだそう。

「動いたほうがいいって、そう思うこともイヤでした。痛みがあるから走るのをやめたのに、どうすればいいんだ?って。そうやってネガティブになるとまた波が来るんです」

沈むときもあるしイライラもする。ホットフラッシュも来る。なのに講演ではテンションを上げて話をしなければいけない。人を元気にしたはいいけれど、自分は部屋に戻ると逆にげんなり。堂々巡りの日々だったようです。

「言葉に勢いを持たせるのがしんどくて。人を励ますのが仕事だから元気でいなきゃいけないと思っているのに無理。こんな自分が発信をしていいんだろうか?  こういう状態でいつまで今の仕事ができるのか?  このままメンタルがだめになっていくかもしれないとか、うつになるんじゃないかとか…。数年はそんな感じでしたね。情報も知識もなくて、つらかったです」

自分の症状は更年期が原因。そうわかってからはすべてがクリアに!

OurAge×Webエクラ  更年期、私の場合。有森裕子 前編

そんな有森さんの状況が一気に好転したのは、50歳のときでした。

ある講演会で有森さんの前に登壇したのが、産婦人科医師の対馬ルリ子先生。偶然にも、講演の内容が女性の更年期についてのお話だったのです。更年期は誰にでもある当たり前のこと、そのときに起こる症状、対処法…。控え室で聞いていて「これ、私だ〜」と。何もおかしいわけじゃないんだ。そういうことだったんだ! と目からウロコが落ちたようになり、半泣き状態だったといいます。すぐに自分の状況を相談すると「それは更年期障害、私のクリニックに来ればいいわよ」と。

「それからわりとすぐに受診の予約が取れ、女性ホルモンに関する数値を見てもらいました。閉経はしていると思っていたのですが、『まだ少しホルモンがあるから、低用量ピルにしましょう』と。処方された薬を飲んだら、もうてきめんでした。びっくりですよ、ホットフラッシュなんか1週間もかからずになくなっちゃって。えー、何だこれ、早く教えてよー! と。
むしろ自分に腹が立ちましたね、そんな情報さえ知らなかったことに。更年期は人として当たり前のことなのに、その情報が身近にまったくなかったということ自体がショックでした」

それから3カ月ほど低用量ピルの恩恵を受けたあと、再びクリニックで調べてもらいました。
次にホルモンを安定させるステップということで、別の薬を処方されましたが、そもそも薬というものが好きではなかった有森さん。途中で飲まなくなったのだそう。

そして、更年期とのつき合い方を改めて考えるようになっていったのです。再び体を定期的に動かすようになったと語る有森さんの最近のライフスタイルについては、インタビュー後編で。

更年期をHAPPYに過ごす秘訣

OurAge×Webエクラ  有森裕子さん パーソナルジムでトレーニング

今は定期的にジムに通っているのだそう。体調もどんどん上向きに。週1回90分、パーソナルトレーニングを受けているのは、東京・荻窪にある「ナルシスコ パーソナルジム」。健康の情報交換の場でもあります。

マンガ家・槇村さとるさんの場合

槇村さとる
槇村さとる

Satoru Makimura 1956年生まれ。漫画家。’73年、別冊マーガレット(集英社)にて漫画家デビュー。1978年にフィギュアスケートを題材にした『愛のアランフェス』、’80年代には『ダンシング・ゼネレーション』『白のファルーカ』などの連載がブレイク。2023年に最終回を迎えた『モーメント 永遠の一瞬』も再びフィギュアスケートを題材にして話題に。TVドラマ化された『イマジン』『おいしい関係』『Real Clothes』なども代表作。画業50周年を迎え、東京・弥生美術館で開催した「デビュー50周年記念 槇村さとる展」も好評のうちに終了。『THE 槇村さとる -デビュー50周年記念画集-』が発売中。

1970年代からさまざまな女性の生き方を描き続け、デビュー50周年を迎えた槇村さとるさん。若い頃から、槇村さんの漫画に勇気づけられきた人も多いはずです。現在67歳。50歳前後に訪れることが多い更年期をどう乗り越えたのでしょうか? 実は、あの素敵な世界観を紡ぎ出しながら、体調不良に苦しんだ時期もあったのです。

■40代:更年期の始まりを感じる
■50歳:街中で突然倒れる
■51歳:閉経
■54歳:胆のう結石のため胆のう摘出手術
■55歳:ここからが「更年期の本編」スタート。体力の衰えを感じる。
十二指腸潰瘍、貧血と病気が続き、体重が10kg減少。うつ状態に
■58歳:HRT(ホルモン補充療法)開始。
甲状腺の病気「橋本病」もわかって同時に治療開始。体調が上向きに
■60歳:社交ダンスを始める
■67歳(現在):週に6日はダンスやバレエを行うほど元気に

「もしかしたら更年期?」と感じ始めたのは40代

OurAge×Webエクラ  槇村さとるさん(67歳・漫画家)

連載が途切れない売れっ子漫画家という職業柄、無理をするのが普通だった20代、30代。頑丈に生まれたから、多少無謀なことをしても大丈夫と思っていた槇村さんが、めまいを経験したり、膝が痛くなったりしたのは40代でした。

「知識だけはあったので、“これは更年期の始まりかもしれない”と思いました。仕事に支障があってはいけないからと、体のメンテナンスに時間を割くようになったのもその頃。冷え症を改善するために運動したり、食生活を見直してみたり。その甲斐あってか、40代後半はいい感じで過ごすことができていたと思います」

ただならぬ異変を感じたのは50歳のとき。街の中で突然、全身の力がガクッと抜けたように崩れ落ちたのです。その日は、ちょうどその後に取材が入っていて、撮ってもらった写真を見ると…。

「元気のないシワっぽいおばあちゃんがいるじゃないですか。なんだかちっちゃくて、『へー、これは誰?』みたいな。それまでいい感じで過ごせていると思っていたので、突然そんなことが起きたことが不思議で、われながらすごく印象的だったんですよね。それからほどなく、51歳頃に閉経しました」

そして、強烈な腹痛に襲われたのが54歳のとき。

「痛みに耐えかねて調べてもらうと、胆のうに大きな結石、胆石が見つかり、胆のうごと手術で摘出しました」

十二指腸潰瘍に橋本病。メンタルまでダウン

OurAge×Webエクラ  槇村さとるさん

その後、槇村さんが「更年期の本編」と表現する時期がやってきます。55歳でした。

「謎でしたよね。胆のうも取ったのに胃腸がおかしくなって、消化機能が明らかに落ちている感じだった。検査してみたら十二指腸潰瘍とわかったんです。漫画の締め切りは相変わらずやってくるので、とにかく仕事を優先して、早めに早めに進めていました。それでも3、4時間頑張ってデスクに向かっていると、もうお腹が痛くなってしまうんですよ、十二指腸潰瘍で」

食べても消化できない、食べられないという状態が続いて、なんと体重が10kg近く減ってしまったのだそう。

「体力の衰えもひどくて…。後でわかることですが、橋本病だったんです。橋本病は甲状腺機能が低下して元気がなくなる病気。いろいろな不調は当たり前だったんですね。今思えば、女性ホルモンも甲状腺ホルモンも出ていない状態だったので、体が機能していなかったんだとわかります。
さらには異常な冷えや原因不明のひどい貧血も。あまりにもいろんなことが起きて、そうか、これが更年期の本編か、と気づいたんです」

体の不調は3年ほどで落ち着きましたが、今度はメンタルがやられてしまいます。58歳の頃です。

なかなか起きられない、仕事への意欲や集中力がない、夫に当たってしまうなど、つらくてやりきれない。それでも連載は待ってくれない。いつ仕事に穴をあけるかと考えただけで不安になり、ほとんどうつ状態だったとか。

「その頃、雑誌を読んでいたら更年期の記事で“女性ホルモンゼロ”という言葉を見かけて。これは私だ、とピンときました。はうようにクリニックへ行き血液検査をしてもらったら、みごとに『女性ホルモンはほぼゼロです』と。もう笑っちゃいましたね。それと同時に、ひどい鉄欠乏や橋本病も見つかりました。うつ状態になるには十分すぎる原因が体にあったわけです」

そこから、槇村さんの巻き返しが始まります! 社交ダンス、バレエと週6日踊るほど元気になった過程は、インタビュー後編で。

更年期をHAPPYに過ごす秘訣

OurAge×Webエクラ  槇村さとる 社交ダンス

60歳から始めた社交ダンス。週に2回はレッスンへ行くそう。「この写真で一緒に踊っていただいている宮嶋秀行先生のレッスンに通っています」撮影/STUDIO HIMAWARI

イラストレーター・進藤やす子さんの場合

進藤やす子
進藤やす子

Yasuko Shindo・1974年生まれ。武蔵野美術大学卒業後、ライオン広告制作部デザイン室にパッケージデザイナーとして5年間勤務後、フリーランスのイラストレーターとして独立。女性誌や広告媒体で活躍するとともに、イラストコラムを連載して人気に。多数のブランドとコラボ商品を展開するほか、各地のホテル取材もライフワーク。『簡単におしゃれ度UP! 大人の着こなしルール』(宝島社)ほか、著書多数。2023年4月より東北芸術工科大学デザイン工学部グラフィックデザイン科准教授としてのキャリアもスタート。

人気イラストレーターとしての主な活躍の場が女性誌だった進藤やす子さんは、美容や健康分野の取材ものも多く、健康の知識はしっかり持っていそうなタイプ。それでも、40代半ばから女性ホルモン・甲状腺ホルモンの大波小波にあおられ、右往左往した一人です。どんな苦労があったのでしょう?

■44歳:更年期の症状かと思ったらバセドウ病が発覚、治療開始
■46歳:子宮筋腫の症状がひどくなり、子宮全摘手術。それにより閉経
■46歳:コロナ禍でメンタル不安定ぎみ、ホットフラッシュに悩まされる
■48歳:准教授として大学で勤務することに。
新しい環境で多忙になり、更年期症状を忘れることが多くなる
■49歳(現在):ホットフラッシュは続くものの、更年期と上手におつき合い中

更年期かと思ったら、甲状腺の病気だった

OurAge×Webエクラ  進藤やす子さん(49歳・イラストレーター)

「44歳の頃、やたら汗をかいたり息切れがしたり、ちょっと手が震えたりするようになって、早めの更年期がきたかな〜なんて思っていたんですよ。そうしたら甲状腺の病気、バセドウ病だったんです。私は母も弟も甲状腺の病気だったので、母に言われて甲状腺の専門病院を受診したからわかったのですが、普通は更年期の症状と勘違いすると思いますね」

そう話す進藤やす子さん。

バセドウ病は女性に多く、甲状腺ホルモンの分泌が多くなって新陳代謝が活発になり、汗かきになったり動悸がしたり、食べても痩せていくような症状が起こる甲状腺の代表的な病気です。

もうひとつ40代以降の女性に多い甲状腺の病気は、逆に甲状腺ホルモン分泌が低下する甲状腺機能低下症や橋本病。こちらは倦怠感や冷え、肌の乾燥、太りやすいなどの症状が出ますが、やはり更年期の不調と間違えやすいといわれます。

「手が微妙に震えたりもして、細かいイラストが描きにくい感じはしたけれど、愛犬が病気だったり心配事も多く、何か心理的なものだと思っていたんです。それが、実家でお茶を入れてもらって湯呑みを持ったときに、母が『手が震えているよ』と気づいてくれて。クリニックで検査したらやはりバセドウ病だった。すぐに治療を始めたのですが、治療といってもメルカゾールという薬を飲むだけ。バセドウ病は完全に治ったりはしないから寛解というレベルですけど、私の場合は薬さえ飲んでいればホルモンの数値が落ち着いて、症状もほとんど出なくなりますね。その後は定期的に受診して安定していましたが、今度は子宮筋腫の症状が気になり始めたんです」

筋腫があることは30代のときからわかっていましたが、良性だし、経過観察でよいと言われていたため、たいしたことがないと思っていたのだそう。それが徐々に経血量が増え、月経がくるたびに失敗をすることも多くなり…。“子宮筋腫あるある”な状況です。

「血の量がめちゃくちゃ多くなって、夜はよく布団を汚してしまったほど。不正出血も起きるようになり、真っ白なスカートをはいてタクシーに乗っているときに『あぁ!』みたいなこともあって。昼でも夜用の生理用ナプキンをつけたり2枚をT字に貼ったり、漏れないようにあらゆることをしてみるんですけど、やっぱりだめ。生理の周期も乱れてきていたので、いつもドキドキでしたよ。毎月毎月このままではいけない、ちゃんとしようとは思うんですが、無類の病院嫌いで…。健康診断にすら長いこと行っていなかったし、婦人科にもなかなか足が向かなかったわけです」

子宮筋腫の症状に悩み、子宮全摘手術へ

OurAge×Webエクラ

そのうちにやってきたのがコロナ禍。進藤さんの目に止まったのが人間ドックの割引広告でした。寝ているだけで検査ができる、次世代のMRIを使ったもの。特に婦人科検診と乳がん検診は、マンモグラフィのように痛みがなく、子宮・卵巣の検査も内診がなく、どちらも寝ていれば検査が終わると知り、受けてみました。

その検診で、子宮筋腫の状態がかなり悪くなっていると判明。「今すぐ治療」の指示が出たのだそうです。その後、婦人科にかかり、最新の手術を取り入れている大学病院を紹介してもらいました。

「私の筋腫は症状が出やすい入り口のほうにできているので、筋腫だけを取ってもかなりの確率で再発するという診断で、すぐに手術とは言われませんでした。年齢が45から46歳になるときだったし、先生は閉経まで逃げ込みを考えていたのかもしれません。筋腫を小さくするような薬を処方していただきました。それでもすぐに小さくはならないし、生理は全然終わりそうにない。これをずっと続けて50歳になるのかなと思ったらいたたまれなくなって、『先生、私は手術したいんです』と訴えた。そこからはスルスルと早く進みました。年齢的にも、もう子宮を残しておかなくてもいいかなと思ったので子宮ごと全摘手術です。ロボット支援下の腹腔鏡下手術だったので、傷がものすごく小さいうえに回復もかなり早かったです」

まわりの友達もすでに子宮を全摘した人が何人かいて、不安はまったくなかったといいます。むしろいいことしか聞こえてこなかったのだそう。

だんだん周期が乱れていつ月経がくるのかわからないストレスもなく、閉経できる。いつでも旅行に行けるし、温泉も何も気にせずに入れる。

旅の取材をライフワークとしている進藤さんにはそれも魅力。そうして子宮筋腫もクリアになり、「これからはバリバリ仕事して思いきり旅行も楽しめるー!」となるはずが…、世はコロナ禍。悶々とした精神状態とともに、新たな更年期の症状が待っていました。

更年期にライフスタイルががらりと変化した進藤さんの新たな症状は、インタビュー後編で。

更年期をHAPPYに過ごす秘訣

OurAge×Webエクラ  進藤やす子さん メノトーン

ホテル取材、旅の取材はライフワークと語る進藤さん。写真は十和田市現代美術館へ行ったときのもの。

スポーツ心理学者・田中ウルヴェ京さんの場合

田中ウルヴェ京
田中ウルヴェ京

Miyako Tanaka-Oulevey, Ph.D.スポーツ心理学者、五輪メダリスト。1967年生まれ。’88年、ソウル五輪シンクロ・デュエットで銅メダル獲得。引退後は日米仏の代表チームコーチ業とともに、米国大学院へ留学して修士号取得(スポーツ心理学)。2021年、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科博士課程にて博士号取得。現在、慶應義塾大学特任准教授、日本スポーツ心理学会認定スポーツメンタルトレーニング上級指導士、また、IOCの委員や報道番組のコメンテーターなどを務める。ポッドキャスト『田中ウルヴェ京の「心のひとりごと」』を配信中。フランス人の夫と一男一女の母。

歯に衣着せぬコメントが人気のスポーツ心理学者・田中ウルヴェ京さんにお話を伺いました。

■43歳:初期の子宮頸がんにかかり、手術
■43歳:術後から健康に気を遣うようになり、ピラティス開始
■48〜54歳:大学院の博士課程で苦しむ。ストレスで白髪も
■54歳:閉経。博士号を取得してストレスから解放!
■54歳:閉経後のホルモンバランスについて、婦人科に相談
■57歳(現在):ゴルフに着物に、趣味を満喫

更年期前半は勉強に必死で、不調を感じる暇もなかった

OurAge×Webエクラ スポーツ心理学者 田中ウルヴェ京さん 57歳

テレビ番組での名コメンテーターぶり、聡明かつハツラツとしたイメージから、更年期不調とは縁遠い印象があるウルヴェさん。実際のところはどうなのでしょう?

「閉経したのは54歳頃。そこからすると、まだ更年期真っ只中にいると思います。
ただ、ちょうど更年期に入った時期は大学院で博士号を取るのに精一杯だった頃。そのストレスがすごくて、正直なところ自分の更年期について考えるどころじゃなかったんです。48歳からの博士課程の6年間は本当に苦しくて、白髪も一気に増えました。

博士課程の苦しみはどう表現したらいいんでしょう。オリンピックに出場したときよりも全然苦しい。6年間、一度も頭を休めたことがなかったです。スポーツ心理学や、誰にでも有効なメンタルトレーニングというものを、体系的に広められる自分になりたいという一心でした。博士号を取れたのが54歳のとき。苦しみから解放されて、もう『更年期障害でも何でもこい!』という感じでしたね」

閉経したのはちょうど博士号を取得した頃だったそう。

「閉経以降もこれといって更年期特有の症状は感じませんでした。小学生の頃から汗かきで、冬でも夏服を着ていたタイプ。それが50歳を過ぎたら汗のかき方も普通になってきて、多汗やホットフラッシュとも無縁になりました」
それでも、よく考えてみると閉経後から急に変わったことが。

「イケメンを見てもときめかなくなっちゃったんです。企業コンサルティングなどで、素敵な男性にお目にかかっても、ドキドキしたり妄想したりすることがなくなりました(笑)。仕事上は楽だと思う半面さみしいなとも感じます。」

子宮頸がんを機に健康を意識。ピラティスの効果も

OurAge×Webエクラ  田中ウルヴェ京 更年期、私の場合。前編

かかりつけの婦人科は40代からのおつき合い。実ははウルヴェさん、43歳で子宮頸がんになっています。

「発覚したのは、かゆみだったか何だったか…。違和感があり婦人科を受診したことがきっかけでした。病院嫌いで、健康診断すらイヤ。それまで婦人科の検診をしていなかったんです」

受診した日にたまたま子宮がん検診や乳がん検診の枠があいていたため、「検診していったら?」と医師にすすめられたのだそうです。そこで見つかったのが、初期の子宮頸がん。手術をし、それからは定期的に同じ医師に診てもらっています。

「あのとき、私のスケジュールも偶然あいていたから検診を受けられました。もし時間がない日だったら、がんは見つかっていなかった。本当にびっくりしました。運命だった感じですね。
子宮頸がんのおかげっていう言い方はよくないですけれど、自分がかかったことでがんというものが身近になり、自分の体に気を遣うようになりました。子宮というものに興味を持ち始めたのもそこからですね。手術後から、いつかくる更年期を考えると、女性ホルモンが減って自律神経のバランスが悪くなると思ったので、週1回マシンを使ったピラティスをやるようになりました」
今、大ブームのピラティスですが、ウルヴェさんがピラティスと出合ったのは30代の頃。

「2002年頃にピラティスの第1ブームがあったんですが、そのときに自分が経営する会社でアメリカの州立大学と提携したピラティス資格コースを日本で始めました。当時はまだメンタルトレーニング事業だけでは売り上げが立たず、ピラティスを広めることを事業にしていました。だから、私自身、今使ってはいませんがピラティス指導の資格も持っています。

ピラティス、特にマンツーマンの指導によるマシンを使ったピラティスは、人によって異なる体の弱点を見抜き、インナーマッスルを整えると同時に呼吸の質も深めるんですが、それが自律神経のバランスをよくするんです。更年期の体調にもよかったかもしれませんね」

57歳の現在は、ピラティス以外にも趣味が増えたというウルヴェさん。アクティブに日々を楽しむ秘訣は、後編でじっくり伺います。

更年期をHAPPYに過ごす秘訣

OurAge×Webエクラ  田中ウルヴェ京 ゴルフ

コロナ禍に始めたゴルフに、このところ夢中です。打ちっぱなしの練習場に行くのが、ほぼ毎日のお楽しみです♪

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