【展覧会名】
開館60周年記念特別展3
ザ・ベスト・オブ・山種コレクションⅠ
―横山大観、竹内栖鳳から上村松園、速水御舟へ―
【会期】2026年10月10日(土)~12月6日(日)
【会場】山種美術館(東京・広尾)
開館時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜日(祝日・休日の場合は開館、翌火曜日休館)
※写真撮影は、内覧会に限り許可されています。
荒木十畝 《四季花鳥》1917年
さわやかな秋の風が心地よいおでかけ日和に、心待ちにしていた山種美術館の開館60周年を記念する特別展「ザ・ベスト・オブ・山種コレクションⅠ」の内覧会へ。
今回は、コレクションの核となる近代日本画の傑作が一堂に会する特別展。
横山大観、竹内栖鳳、上村松園、速水御舟をはじめ、日本画の歴史に大きな足跡を残した画家たちの名作が勢ぞろいしています。
近代日本画の精華に触れて、静けさに浸るとともに心躍る、とても贅沢な秋の夕べを過ごしてきました。
横山大観《心神》1952年
開館60周年を迎えた美術館
山種美術館は1966年、山種証券(現・SMBC日興証券)の創立者、山﨑種二氏が収集した作品を礎に、日本初の日本画専門美術館として開館。
種二氏は「絵の値打ちは作者である画家の人柄に負うところ大だ」という信念のもと、横山大観や上村松園、小林古径ら同時代の画家たちと親しく交流しながら、コレクションを築き上げたといいます。
その根底にあったのは、美術を通じて社会に貢献するという理念。優れた作品を収集し、守り、広く人々に届けていくという想いは、60年の時を経た今日まで脈々と受け継がれています。
60年の歴史が紡ぐ、日本画の至宝
展示室を訪れると、そこにはコレクションの中でも特に名品とされる日本画がずらりと並んでいます。
逸る気持ちを抑えながら、美しい日本画の世界を堪能しました。
竹内栖鳳《班猫》【重要文化財】1924年
◆竹内栖鳳《班猫》
最も楽しみにしていた作品のうちのひとつで、心を奪われたのが、美術館の看板猫と言われている竹内栖鳳の重要文化財《班猫》
エメラルドグリーンの瞳が放つ印象的な輝きと、柔らかな毛並みを表す繊細な筆づかい。
写実を極めながらも、単なる再現にとどまらず、猫の存在そのものを生き生きと描き出す、その卓越した表現には思わず息を飲むほどでした。
猫が大好きな友人も私も、この絵に釘付け。 今にも動き出しそうな猫の前を何度も行ったりきたりしながら、心ゆくまで鑑賞できました。
始めに美術史家の山下裕二氏から本展のみどころの解説がありました。山種美術館の看板猫として有名な、竹内栖鳳の《班猫》に関するエピソードも伺い、鑑賞するのがますます楽しみに!
速水御舟《昆虫二題 葉蔭魔手•粧蛾舞戯》1926年 の前で
◆ 速水御舟《昆虫二題》
御舟の持つ、鋭利なまでの美意識が結晶化した作品です。
細密な写実と、画面全体を支配する神秘的で妖艶な空気感。
闇に浮かび上がるモチーフの配置や色彩のコントラストには、徹底した計算と絵画に対する情熱が同居しており、観ているこちらにまで緊張感が伝わってきます。
速水御舟《粧蛾舞戯》1926年
展示室風景
土田麦僊《大原女》1915年
◆土田麦僊 《大原女》
素朴な伝統美の中に、西洋絵画の造形感覚をいかに融合させるか――。
麦僊の探求心が、洗練された構図と澄んだ色彩からダイレクトに伝わってくる作品です。
緻密な画面構成と柔らかな色合いの調和がとても美しく、うららかな春の暖かさが感じられました。
美しい緑と淡いピンク色の桜にうっとり…。
土田麦僊《大原女》1915年
菱田春草《月四題》1909〜10年
◆菱田春草《月四題》1909〜10
静かに移り変わる四季の光と、そこにある「月」の情緒。
春草が追求した「朦朧体」の技法が、画面に深い奥行きと豊かな余韻をもたらしています。
線を描かずに空気や光を表現する繊細な色彩のグラデーションは、まさにこの「秋の夕べ」という時間にも相応しく、静かな情感を漂わせていました。
菱田春草《月四題》のうち「春」1909〜10年
菱田春草《月四題》のうち「秋」1909〜10年
川端龍子《鳴門》1929年
◆ 川端龍子《鳴門》
《班猫》や《昆虫二題》の静謐とは対照的に、展示室の中で圧倒的なダイナミズムを放っていたのがこちらの屏風。
渦巻く海の豪快なエネルギーと、画面を支配する鮮やかな群青。大胆な構図と鮮烈な色彩が、自然のうねりと躍動をダイナミックに描き出しています。その迫力は、観る者の身体に直接響いてくるような力強さに満ちています。
今回は展示されていませんが、所蔵作品である奥村土牛の《鳴門》とは全く異なる趣で、画家それぞれの昇華のさせ方の違いを感じながら鑑賞しました。
展示室風景
下村観山《老松白藤》1912年の前で
自然や生きものを見つめる緻密な観察眼、画面を構成する研ぎ澄まされた感覚、そして色彩や線に宿る独自の美意識。
ひとつひとつの作品に向き合うほどに、近代日本画が切り拓いてきた表現の豊かさと奥行きが感じられ、私の中でその存在が、これまで以上にかけがえのないものになっていきました。
珠玉の作品の数々から受ける感銘とともに、山種美術館が長い年月をかけて守り、伝えてきたコレクションの価値をあらためて感じる展覧会でした。
日本画がもたらす心の静けさと現代社会に与える大きな価値
日本美術の価値や社会的な影響について、山﨑妙子館長もご挨拶で触れられていましたが、長く美術館学芸員だった私もまさに同様の考えを持っています。
AIをはじめとするテクノロジーが急速に発展し、私たちの暮らしや価値観が大きく変化している現代。
そんな中で、自然の鉱物から生まれる岩絵具の奥深い色彩や、金箔が織りなす光の表情、四季の移ろいに寄せる繊細な感性など、日本画が内包しているものにこそ、大きな価値があると思うのです。
そこに描かれているのは、目に映る風景や生きものの姿だけではありません。
自然への畏敬の念や、移ろうものの中に美を見いだす感受性、そして言葉を超えて静かに伝わる精神性。
それら全てをひとつの絵の中で表現している日本画に、大きな魅力を感じます。
作品の前に佇み、細部に目を凝らしたり、画面全体から伝わる気配を感じたり…。
そうしているうちに、意識が研ぎ澄まされ、自分自身の内面と静かに向き合う時間が生まれます。
アートの世界で様々な美術と触れ合ってきた私は、そんなふうに作品に心を委ねて静寂を取り戻していくひとときこそ、現代人には必要だと感じています。
アートの力を多くの人々が享受し、豊かな心を育んでいけたら、世界はきっとより良く発展していくと思うからです。
上村松園《砧》1938年
清らかで気品に満ちた美人画に、心が洗われます。
「美術を通じた社会貢献」という創立者の理念を引き継いできた山種美術館。
そのコレクションのひとつひとつが、今を生きる私たちに深い安らぎや、澄んだ心をもたらし、本来の豊かな自分に還るきっかけを与えてくれる存在です。
山種美術館の60年の歩みに思いを馳せながら、これからも美術と人をつなぐ場所として、その豊かなコレクションが多くの人々の心に届いていくことを願いながら、展示室を後にしました。
名画の余韻を、季節の和菓子とともに
展覧会に出品されている作品にちなんだ和菓子5種類
鑑賞のあとは、「Cafe 椿」へ。
こちらのミュージアムカフェでは、展覧会ごとの作品をモチーフにした、青山の老舗和菓子店「菊家」さんが特別に手がけるオリジナルの和菓子がいただけます。
鑑賞後にまで作品の美しさを味わえるのは、山種美術館ならではのお楽しみです。
上村松園《砧》にちなんだ「秋の夜」や、村上華岳《裸婦図》から着想を得た「蓮はな」、横山大観《心神》を表現した「雲海」など、名画の世界が繊細な意匠と色彩で表現されています。
こちらは上村松園の《砧》をイメージ
季節を映す和菓子を頂きながら心に残った名画を思い返して、友人とおしゃべり…。
美術館を出てからも、しばらくその余韻に浸り、満ち足りた気持ちで駅へと向かいました。
日本画の濃密な魅力が詰まった実に贅沢な展覧会。
心に静寂が広がり、時がゆっくりと流れていくような感覚にいつまでも浸っていたくなるような、特別な時間を過ごせました。