新年あけましておめでとうございます。
皆さまことしもよろしくお願いいたします。
新年1本目のブログは昨年12月、私が所属している
東京ファッションデザイナー協議会創始者のひとり
でもあるコシノヒロコさんの限定アーカイブ展。
是非様々なファッションと共に、ファッションとは
何かを皆さまにも感じて頂きたいと思います。
「時代を超えて残る服には、理由がある。」
文化服装学院で開催されていたコシノヒロコ・アーカイブ展を訪れた。
そこに並んでいたのは、いわゆる「過去の作品」ではなく、
いまもなお現在進行形で語りかけてくる服たちだった。
「HIROKO KOSHINOARCHIVES /IN STORAGE 1978‒2026」
では522点ものコレクションが一堂に展示。
実際に作品を手に取り、感じることができる貴重な機会であった。
コシノヒロコさんのコレクションは流行や年代で区切ることができない。
古さを感じさせない、というより最初から時代に回収されることを目的としていないそんな強さがあった。
1980年代、初期の作品には力強さがあった。
布全体を使い体に沿わせる。
女性の体をどうやったら美しく魅せるか、その追及度の
高さを感じる作品ばかりであった。
シック&ノーブル、コシノヒロコさんの世界が始まっている。
1990代のファッションは非常に自由度が高い。
様々な着方ができる自由度、シルエットが変わる自由度。
大きく布を使う折り紙シリーズや、柄を生地に叩きつけるデザイン。
特に折り紙シリーズは洋服生地自体を折りたたむという発想に驚きを隠せなかった。
2000年代に入るとより「エレガント」「女性らしさ」
に注目したシルエットが目を惹いた。
紙で作られたドレス、帽子とセットのコーディネート、大胆なプリーツなど、奇抜さでなく「何故この形なのか」を問いたくなるデザインばかり。
固定概念がほとんど存在しない作品に心が躍った。
2010年代は生地の図案を活かしたデザインが多くみられた。
柄を見せるデザイン、立体的なフォルムは「着てこそ、服は完成する」という感覚だった。
平面ではなく、立体。
ハンガーにかかっているだけではなく、人の身体が入って、動きが生まれて、その瞬間に初めて服が生き生きと輝き出す。
服はとても人間的な存在なのだと感じた。
そして現在。
非常にコシノヒロコさんの作品が軽やかに見えた。
「もっと自由でいい」「自分の感性を疑わなくていい」
服からそんな声が聞こえてくる気がした。
アーカイブとは、過去を保存するためのものではなく、
これからを生きるために、何を大切にしてきたかを確認する行為なのかもしれない、
それが全てを拝見したあとに感じたことだった。
展示を拝見したあと、
ご本人にお目にかかる機会もあった。
短い時間ではあったけれど、
言葉よりも先に伝わってくる空気があった。
長い時間をかけて積み重ねてきたものづくりの重みと、
それでもなお自由であり続ける姿勢。
その佇まいを前にして、
不思議と緊張よりも、静かな確信のような
ものが胸に残った。
「女性を美しく魅せる」にこだわった
コシノヒロコさんの作品を拝見し感じたこと。
それは「服は、人生を語る」ということだった。
皆さんご自身が何を信じて生きてこられたか。
それはきっと皆さんが選んで、着る服が
静かに語ってくれるのだと。
今年初ブログをお読み頂きありがとうございました。
今年も皆さまに読んでよかったと思って頂ける
ブログを書いていけたらと思っております。
どうぞよろしくお願いいたします。