年代によって変わる母と娘の距離感。時に近づき、時に遠ざかり……。では、アラフィー世代の場合はどうだろうか。母娘のちょうどよい距離感について真藤眞榮さん・舞衣子さんにインタビュー。母と娘の関係について、互いの思いを本音で語る!
自分で決めて自分で責任をとるのが、わが家のルール
料理を作ることも食べることも大好きな祖母と母、そして娘。食いしんぼう一家に育ち、現在は発酵食に詳しい料理家として活躍する真藤舞衣子さん。幼いころから女3人で台所に立っていた彼女が、料理の道を志すようになったのはごく自然な流れだった。
「娘が小学校に上がる前から、3人でデパ地下に食材や調味料を買いによく出かけました。幼くても、まいまい(舞衣子さん)の味覚が一番確かで、試食役はいつもこの子でしたね」(母・眞榮さん)
「3人で魚河岸に買い出しに行って、お魚を丸ごと一尾さばいたり。贅沢ではないけれど、安全な食材を使った確かな味が並ぶ、豊かな食卓だったと思います。あの食卓が、料理家としての土台をつくってくれました」(舞衣子さん)
そんな舞衣子さんが中学生になったある日、料理家への道を決定づけた事件?が起こる。
「原因はまったく覚えてないけど、母とケンカをしまして。『もうお弁当は作らない』というので、私も意地になって『自分で作るからいい』って。母は一度口にしたことは曲げない人なので、結局、卒業までお弁当を作り続けました。メニューを考えたり、残り物をアレンジしたり。あの経験が今につながってますね」(舞衣子さん)
「作るだけじゃなく、お弁当箱を洗ってほしかったわ(笑)。私は料理は好きだけど、目分量だから人に教えるのはとても無理。彼女が好きなことを仕事にできてよかったと思います」(眞榮さん)
「娘を母という存在から解放してあげたいと思ったんです」眞榮さん
まっすぐな気性で思ったことを堂々と口にする眞榮さんと、そんな母のペースに押されながらも、最後は自分の意見をしっかりと伝える舞衣子さん。お互いに「母とは(娘とは)似ていない」というけれど、根っこの部分はそっくり。芯があって、決めたことは曲げない強さを備えている。
「確かにまいまいは、自分がこうと思ったことは絶対に変えないわね。だからあなたが決めたことには何もいいません。留学するっていわれたときも、離婚して家に帰ってくるときも、『はい、わかりました』で終わり(笑)」(眞榮さん)
「カフェでおしるこを食べながら『離婚して家に戻るから』といったら、『あらそう』のひと言(笑)。でも、ママも同じでしょう。おばあちゃまが亡くなって、これからどう暮らしていこうかというときに、『前から気になっていた高齢者向けのマンションに移ることに決めたわよ』って。決めるのは自分、そのかわり最後まで自己責任で、というのがわが家のルールなんです」(舞衣子さん)
’19年、3年間の自宅介護ののち、眞榮さんの母があの世に旅立った。自宅を処分することを決めたとき、眞榮さんは70歳。高齢者向け施設に入るにはやや早い年齢といえるし、眞榮さんには住み慣れた家を離れることへのためらいはなかったのだろうか。
「私の母は娘が大好きで、自分の友だちより娘の友だちと遊ぶのが楽しいという人。私はそれでよかったけど、まいまいのことは親という存在から解放してあげたかったんです。だから家を手放すことに迷いは全然なかった。この人は反対だったらしいけど」(眞榮さん)
「だって、ママは共同生活なんてしたことがないでしょう。すぐに人が集まってくるから、派閥でもつくって嫌われたらどうしようって(笑)」(舞衣子さん)
「派閥じゃなくて、親友はつくりましたけどね。彼女の趣味は歌舞伎・文楽・落語で、私とまったく同じ。まさか、70歳を過ぎてこんなに気の合う友人ができるなんて、うれしい驚きです」(眞榮さん)
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