時の積み重ねをポジティブにとらえ、しなやかに生きているエクラ世代の女性たち。世界を舞台に戦ってきたテニスプレイヤーの伊達公子さんもそのひとりだ。前中後編の中編では、昨年発表された伊達さんの再婚やその暮らしぶりについてうかがった。
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52歳で再婚に踏み切った理由ときっかけとは?
プライベートでは、’16年に離婚。そして昨年、52歳の誕生日に再婚したことをインスタグラムで報告した。
「一緒に暮らして5年半たっていたのですが、籍を入れるか入れないかについてはずっと話していました。この年齢だし、お互い子供がいるわけでもない。姓が変わるなど、いろいろと細かいことが生じる中で結婚に踏み込むことのメリット、デメリットは何か。時期のずれもありましたね。向こうが籍を入れることに積極的な時期には、私が『うーん』となり、こっちがその気になったときは、向こうがそうではなかったり。最後の最後は彼から『入籍する日をこの中から選んで!』と唐突でした。だから、バーンと背中を押されて勢いで、というのが正直なところです。ふたりとも計算高いわけでもないし、積極的に籍を入れる理由もない。だからこそ『どうする、どうする』という時期が長かったので、そんなふうにポーンと押されないかぎりは、ずるずるしてたんじゃないかと思います」
背中を押す要因のひとつにコロナ禍も影響していたのだろうか?
「彼はそういってますね。それまでは私も仕事でしょっちゅう海外に行っていたので、ふたりで過ごす時間がそこまで多くなかった。コロナ禍で家にいる時間が長くなる中で、結婚してもいいかなと思うようになった、と。本音かどうかはわかりませんが(笑)」
お相手はミシュランで星を獲得している有名レストランの統括支配人。食べることが好きな伊達さんと食の好みが一致していることも大きかったのだろうか。
「そうですね。年々、食べることが自分の人生において心の豊かさをつくり上げる大きな要素になっているので、そこは共通しているところです。彼の職業柄、仕事のときは味に当然厳しく、何が入っているかもすぐにわかるのですが、家の料理に関してはアバウトでも大丈夫とわかり、今は気楽に料理しています。彼自身は料理をしないのですが、家で作ったものを食べていると調味料に何を使ったか言ってくるのでさすがだなぁと感心すると同時に、ごまかせないので恐ろしいです(笑)。でもオンオフの切り替えがある人なので手抜きをいっぱいしています」
「30代と50代とでは、相手が私に求めるもの、私が相手に求めるものは違います」
ふたりで暮らしはじめてから、彼はコーヒーをいれられるようになり、ほぼ毎朝、豆からひいていれてくれるそうだ。
「緊急事態宣言でお店を休業したときは、家にあった分厚い料理本を見ながら、初めてお肉を2回くらい焼いてくれました。絶品でしたよ〜」
テニスのファーストキャリアとセカンドキャリアが違ったように、結婚においても1度目と2度目では見える風景が違っているのだろうか。
「30代と50代とでは、相手が私に求めるもの、私が相手に求めるものは違いましたね。今はテニスの勝負からは離れているので、そういう意味でもピリピリすることは確実に減っています。30代はエネルギーもあって、私の場合はすべてにおいてエネルギーを放出したいというところがありました。前の夫は飛行機嫌いで移動も好きではなかったので、どちらかというとエネルギーを外に出したくないタイプ。求めるものは違っていたけれど、若かったからスポーツを一緒にするのは楽しかったですね。今も私はエネルギーを外に向けるタイプですが、行った先で蓄えることができるようになりました。例えば、温泉とか自然とか、自分の好きなものがあれば充電できます」
嫌いになって別れたわけではないので、前の夫とは良好な関係を続けている。
「前の彼が『けんかした?』って聞くから『しないよ、だってけんかにならないもん』というと『おかしいなあ』っていってます(笑)。実際、私がブーブーいってても、今の夫は流している感じ。常に穏やかな人だから、怒っているのがばかばかしくなってくるんです」
国内の移動が多くなった最近は、伊達さんが家を空けることも増えつつある。
「久しぶりに5日間の出張が入ったときに『やっとシングルライフが戻ってくるねー』といったら『寂しいよー』といいながら顔がニコニコしてるんですよ(笑)。お互い好きなことをやりつつシェアできるところもあって、その距離感がちょうどよいのでしょうね」
エクラ世代にも初婚、再婚を問わず、信頼できるパートナーを見つけたいという人は多い。2度とも自分に合うパートナーを見つけている伊達さんに、そんな人を見つけるコツを聞いてみた。
「前の結婚も楽しかったから、もう結婚はいやだとは思わなかったですね。この先お互い自分らしく生きていくための決断が離婚だったので。だから、決めたときにはもう吹っ切れていて『はい、次行きます!』みたいな(笑)。だけど、ただただ『パートナーが欲しい』というのではなく、私の場合はどういう人生を設計していて、どうありたいかがすごく明確だった。若いころは『好き』が勝りますが、この年齢になると、どんなに好きな人でも、2、3年すればある程度落ち着くこともわかっている。自分らしくいられる時間をちゃんと確保するためにも“食”は私にとっては絶対的な要素だったし、スポーツもしたい。そういった自分らしく生きるための条件がクリアだったので、友だちにその条件を伝えてまわりから見つけ出すという感じでしたね。1回だけの自分の人生だから、生きたいように生きたほうがいい。『自分らしく』という軸は常にぶれないようにしていたかもしれません」
(後編へつづく)