親元で暮らしたくても暮らせない事情がある子供たちを、家庭的な環境で預かり、愛情をもって見守る──。そんな社会貢献が、今の日本でも求められている。里親経験者の星野優子さんは、現在3人を長期養育中。2歳で迎え入れた子供は19歳に。経験者の体験談から「里親制度」について考える。
「里親」の名も知らず男の子を迎え入れることに
東京都に住む星野優子さん夫婦は、現在19歳、11歳、9歳の3人の子供たちの里親として暮らしている。里親が養育できる子供の年齢は原則18歳までだが、19歳の男子は「措置延長」という形をとって、満20歳まで預かることを考えているという。
「今いる3人の前にも、4〜19歳まで預かった男の子がいました。彼は私たちが初めて預かった子で、成人し自立しています。でも、今もしょっちゅう訪ねてくるんですよ」と星野さんは困り顔ながらも、うれしそうに目を細める。
星野さん夫婦が、里親になることを決意したのは二十数年前。まだ里親制度が今ほど広まっていなかったころ。電車通勤時に「フレンドホーム制度」についての吊り広告を見かけたのがきっかけだった。
「私たちは早くに結婚したものの、子供がいませんでした。それならそれでもいいと思っていたんですが、広告を見てピンときたんです。『週末や長期休みだけ施設にいるお子さんを預かるならできるかも』と」
早速夫に相談し、役所に問い合わせをすると、児童相談所からすぐに家庭訪問があった。
「当時と今とでは制度や手順も少し違うかもしれませんが、児童相談所の人が訪問にいらして、『フレンドホームもいいですが、長期の里親制度で預かってみませんか?』とおっしゃったんです。当時は何もわかってなくて(笑)、家も建てたばかりで子供部屋は一応あるし、それもいいかな、なんてお受けしました」
子育ての経験がないため、ある程度意思疎通ができる5歳前後の子供を希望することだけを条件として伝えた星野さん。決定まで時間がかかるかと思いきや、登録から約1週間で男の子を紹介された。
「彼は、長期休みにも実親さんが迎えにこられないで施設に残る子だったんです。寂しいのもあったのか、私たちのことをすぐ『パパ、ママ』と呼んでくれて。うれしくてかわいくて、お迎えすることを決めました」
子供たちが初めて家に来たときの靴は、今も宝物。
夏休みはきょうだいでひまわり栽培
真実告知と訪れる葛藤。「どこから生まれてきたの?」
“長男”を預かったとき、児童相談所から「就学前までに真実告知を」とすすめられた。それでも、なかなか勇気が出なかったという。
「4歳を過ぎての委託ですから、施設で育った記憶は本人にもあるはず。でも、希望もあったのか、私たち夫婦が実親で、忙しいから施設に預けられていたのだと、記憶をすり替えている様子もありました」
彼が10歳になるころ、きょうだいをつくってあげたいと、新しく当時2歳の子供を受け入れることに。すると長男の態度が変わった。
「不安もあって弟をすごくいじめるんです。これはちゃんというしかないと真剣に話をしました」
施設から来たのはあなたも同じ。児童相談所の人に紹介されたあなたがすごくかわいかったから、うちに来てもらったんだよ──そう伝えた。
その後、地域の里親親子とキャンプに出かけたりするうちに、似た状況で育つ里子の友だちも増え、長男の気持ちは落ち着いていったという。
「真実告知をするのは大変ですが、子供に嘘をつくとあとあと返ってくる。だから、やっぱりどこかでちゃんと伝えないといけないですね」
「反抗期はみんな、口をそろえて『産んでないくせに!』。私も『それが何か?』って返して。もうただの親子げんかです(笑)」
その後預かった子供たちもある年齢になると「産んだときどうだった?」などと聞いてくる。そのたびに星野さんは「ごめん、産んでないからわからない」と正直に答えた。
「本当の親はなぜ育ててくれなかったの?」といわれると胸が痛んだ。「何か事情があったんだね。でもあなたを大切に思うから、かわいがってくれる人に預けたんだと思うよ」とだけ答えた。
思春期になると、子供たちは決まって、気持ちが荒れるときが訪れる。
「反抗期はみんな、口をそろえて『産んでないくせに!』というんです。私も『ええ、産んでないけど何か?』って返して。もうただの親子げんかです(笑)」
それぞれに葛藤を抱える子供たちを見るのは、つらい。できるだけフラットに明るく、星野さんは必要な事実を告げ、愛情を注ぎ続けた。
母の日には子供たちからカーネーションの贈り物が。
子供たちの誕生日会は、必ず全員集まってお祝いをする
成人した子も「うちの子」。きょうだい仲がいいことがうれしい
里親は養子縁組と違って法的な親子になることはできない。名字も実親の名前だが、星野さんが預かる子供たちは、みんな「通称名」として“星野”を名乗ることを選んだ。学校や地域で、親子として見られることを子供たちが望んだからだ。
「卒業証書や受験票、パスポートなど公式文書には本名が記載されますが、高校の卒業式では校長先生が『星野』と書いた別紙も作ってくださるなど、配慮していただきました」
子供から「本当の子になるにはどうしたらいい?」と聞かれたことも。
「里親は特別養子縁組とは違うので親子にはなれません。長男は不登校になったり家で暴れたり、大変な時期もありました。家庭裁判所に申し立てをして養子にすることも考えましたが、今は『家族は家族だからいいよ』といってくれています」
「子供たちが私を“お母さん”にしてくれました。子供たちに与えてもらったことのほうがどんなに大きいか」
成人して家を離れても「星野家は実家」。たびたび訪れては弟や妹をかわいがってくれるという。だからこそ、星野さんはいつも家庭を必要とする子供たちを温かく迎え入れる。
「大変なことは山ほどありますが、子供たちが来てくれたことで、人生がどんどん豊かになりました。あの子たちが私を“お母さん”にしてくれたことを思うと、子供たちに与えてもらったことのほうがどんなに大きいか、といつも心から感謝しています」
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