『源氏物語』の作者として有名でも、生い立ちや人柄はあまり知られていない紫式部。最近の“紫式部本”を読んだ文芸評論家・斎藤美奈子さんが「意外とおもしろい人」と語る、天才作家の人物像は?
二大巨頭、紫式部と清少納言は本当にライバルだった!
「最近の“紫式部本”では下の4冊がおすすめ。最初に小迎さんの漫画でざっくりと式部の人生をつかみ、次に研究者の山本さんと倉本さんの本で深掘りし、加えて作家の奥山さんの本で新解釈を知るという順番がいいかも」と斎藤さん。
紫式部の人生は回顧録『紫式部日記』などの資料でおおまかにわかっているが、斎藤さんの言葉で説明するとこんな感じだ。
「母も姉も友も亡くし、学はあるが偏屈な父と質素に暮らしていた式部。27歳で父の転勤先の越前についていくが、そこにも文を送ってきた20ほど上で変わり者のドンファン・藤原宣孝と“まぁいいか”と結婚。正妻ではなかったが娘を授かり、新しい人生を始めた2年後に宣孝が死去。落ち込んでいたとき読んだ物語に夢中になり、自分でも書くようになる。それが『源氏物語』で、今でいうとアラフォー以上でデビューですね」
若い人は“ナゴン”派でも、エクラ世代はやっぱり“シキブ”派では?
こじらせ人生は、大人だからこそ共感できる!
『源氏物語』が評判になり、式部は当時の権力者・藤原道長の娘で一条天皇の中宮・彰子(しょうし)のサロンに招かれるが、そこに立ちふさがった壁が『枕草子』であり清少納言だった。
「清少納言は一条天皇が愛した中宮・定子(ていし)に仕えた人。その著書『枕草子』には定子サロンの様子がいきいきと描かれ、定子亡きあとも“明るく華やかだった”と伝説化していました。一方、式部が仕えた彰子のサロンは上品でおとなしめ。12歳で入内した彰子はなかなか懐妊せず、焦った道長がサロン活性化のために式部を招いたという見方も。おもしろいのは、サロンの雰囲気に影響したかのように納言と式部の性格が対照的なこと。いわば陽キャと陰キャですが、そこには育ちの差もあったと思います」
結婚したのは“身元引受人”が必要だったから !?
大半の人が“女は勉強しなくていい”と考えていた平安時代、ふたりの育ち方はどうだったのか。
「納言は“頭がよくて偉いぞ”と周囲にいわれ、のびのびと育った。だから『枕草子』も“思ったことをいってやれ”という感じです。一方、式部は弟より勉強ができたのに父親に“知識をひけらかすな”といわれて育ち、表に出るのが苦手でもどかしい人という印象。『源氏物語』からも彼女のこじらせぶりがうかがえます」
精神的な苦難を何度も味わって、“愛こそすべて”とは思わなかったのだと思う
明快な『枕草子』は若い人でも共感できるが、複雑な人生模様を描いた『源氏物語』はエクラ世代こそ堪能できるのでは、と斎藤さん。
「いろいろな“紫式部本”を読んで感じたのは、紫式部には物事をクールに見る目や習慣があったということ。例えば宣孝との結婚は“愛こそすべて”ではなく、身元引受人が必要という割り切りが感じられます。たぶんそれは式部が何度も精神的苦痛を味わったから。そう考えると『源氏物語』は彼女の経験や文学的素養が相まってできた、奇跡のような小説だと思います」
斎藤美奈子厳選!“紫式部本”
全体像を知るための最高の入門書!
『新編 人生はあはれなり…紫式部日記』
小迎裕美子 紫式部
赤間恵都子/監修
KADOKAWA ¥1,320
「紫式部について知りたいとき最初に読むのにぴったりの漫画。紫式部の人となりや時代背景が勘どころよく描かれています」。生活のため宮中に出仕したが性格が合わず実家に逃げ帰ったという『紫式部日記』などにある話が表情豊かに描かれ、現代人にも通じる式部の気持ちを見つけられる。
貧しい学者の娘がなぜ世界最高峰の文学作品を?
『紫式部と藤原道長』
倉本一宏
講談社現代新書 ¥1,320
「『源氏物語』は色恋だけではなく権力闘争も描かれた話。式部はそれを道長に取材させてもらい、彼から当時貴重だった紙も与えられたという見解で、その理由にも説得力があります」。大河ドラマの時代考証を担当する歴史学者が、式部と道長の交差する人生と協力関係を考察する。
式部はキャリアウーマンのハウツーを教えたかった?
『紫式部ひとり語り』
山本淳子
角川ソフィア文庫 ¥968
平安文学研究の第一人者が紫式部自身による語りという形で書いた評伝。「式部が退いたあと彰子に仕えたのが彼女の娘・賢子(けんし) 。娘にキャリアウーマンとしてのノウハウを伝えたくて職場での苦労や公的な仕事の話を『紫式部日記』に書いたという視点が新鮮。文章も今どきの感覚です」。
源氏物語の新解釈も知っておきたい
『フェミニスト 紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
奥山景布子
集英社 ¥1,980
平安文学研究者出身の作家がルッキズム、婚活など今どきの言葉から『源氏物語』を読み解き、紫式部像を探った一冊。「女性学などの視点から見た源氏物語論ですが、“かつて主観的な読みといわれて相手にされなかった意見を、今こそいいたい!”という作者の強い思いが感じられます」。
あわせて読みたい! 編集部おすすめ
紫式部=フェミニスト説の先駆け
『紫式部のメッセージ』
駒尺喜美
朝日選書(版) ¥2,860
著者は近代日本文学や女性学の研究者。’91年刊行の本書は資料をもとに「式部は同性に愛を感じていた」「紫の上はアイデンティティを喪失していた」などと論じて話題に。
式部と権力者の秘密を大胆に想像
『小説 紫式部』
三枝和子
河出文庫 ¥792
紫式部こと香子は不本意な結婚のあと中宮・彰子に出仕。藤原道長に言い寄られるなどの経験をしながら物語作者としての道を進んでいく。香子の男たちへの複雑な心理に注目!
平安時代物語はサブカルだった!?
『神作家・紫式部のありえない日々 1~3』
D・キッサン 一迅社
1 巻¥700、2〜3巻 各¥825
シングルマザーの式部が同人誌を書いていたら宮中にスカウトされ、執筆を続けながら中宮・彰子の教育係に! 史実と想像をミックスさせて描く、キャラが魅力的なコメディ。
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