今話題の本を文芸評論家・斎藤美奈子さんがご紹介。今回は、全米で100万部のベストセラー『わたしたちの担うもの』ほか計3冊をピックアップ。
全米で100万部のベストセラー。脚光を浴びる詩人の初作品集
詩集はハードルが高い感じがしてちょっと……という人もいるかもしれない。でも、この詩集の来歴を知れば、読んでみたくなるのではないだろうか。
アマンダ・ゴーマンは’98年生まれ、アフリカ系アメリカ人の女性詩人だ。’21年1月、大学を出たばかりの22歳だった彼女はバイデン米大統領の就任式で自作の詩を朗読、その堂々たる姿と声も相まって一躍脚光を浴びた。『わたしたちの担うもの』は全米で100万部のベストセラーになった、アマンダの第1作品集である。大統領就任式のために書き下ろされた詩「わたしたちの登る丘」は巻末に収録されている。
〈朝が来るたびに、わたしたちは自問する。/どこに光を見出せるというのか?/この果てなくつづく暗がりに〉で詩は始まる。〈それでも知らぬ間に夜は明ける。/さあ、どうにかしてやり遂げよう。/これまでもどうにか持ち堪え、目の前には、壊れたわけではない、ただ未完の国がある〉。
朗読された場所が場所だ。トランプ政権によって分断された国を再建しようというメッセージにも思える。だがこの時期、世界は新型コロナウイルス感染症の流行の真っただ中にあり、米国の死者数は累計40万人に達していた。つまり人々は文字どおり〈果てなくつづく暗がり〉の中にいた。彼女の詩が感動を呼んだのは、それが世界に届く言葉だったからだろう。
このようにアマンダの詩は社会や政治と密接につながっている。本書の中でも目をひくのは「コロナ詩」だ。〈わたしたちはもうホームにはうんざりだった、/まさにホーム・シック。/耳(イヤー)にかけたあのマスク/もう一年(イヤー)もかけてかけていた〉(「ホームほど元気の出るものはない」)とか〈ぬくもり、休日、みんなとの集まり&人びとが残した痕跡、そんなものは、消毒液の臭う頭のなかで、錆びついてしまった〉(「灯台」)とか。
もうひとつ、この時期の米国を揺さぶったのは、アフリカ系の男性ジョージ・フロイドが警官に殺害された事件(’20年5月)に端を発するブラック・ライヴズ・マター(BLM)である。アマンダは書く。
〈あなたの怒りは反動的だと言われたら、/思いだしてほしい。怒りはわたしたちの権利だということ。/もう戦うべき時だと告げているんだ〉(「怒りと信念」)。
折しも11月には次の大統領選がある。カマラ・ハリス副大統領の立候補で、女性、アフリカ系、アジア系の大統領が誕生する可能性が出てきた。3年前、自らのルーツと重ねて〈痩せっぽちの黒人の少女、/奴隷の末裔にしてシングルマザーに育てられた娘も、/大統領になる夢を見られるような〉国と時代を、と呼びかけたアマンダの詩は、国境を越えて、日本の読者も励ますだろう。
『わたしたちの担うもの』
アマンダ・ゴーマン 鴻巣友季子/訳
文藝春秋 ¥3,245
作者は’98年ロサンゼルス生まれの若き詩人。人権や環境、歴史、ジェンダーなど、同時代のできごとを中心に多様な社会問題を背景にした作品が収録されている一方で、魚やつぼや建物やマスクや星条旗など、文字の配列やレイアウトに遊び心のあるアイデアも凝らされた、目にも楽しい作品集。なお大統領就任式で彼女が詩を朗読する姿はYouTubeなどの動画配信サイトで視聴できる。
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『いつか きっと』
アマンダ・ゴーマン/文
クリスチャン・ロビンソン/絵
さくまゆみこ/訳
あすなろ書房 ¥1,650
〈「どうしようもないことさ」と、みんなはいう。/でも、できることだって、あるはずだ〉。アマンダと人気イラストレーターがコラボした絵本。ひとりの少年が地域のゴミ問題に取り組む姿が描かれるが、貧困や人権などほかの事案にも応用できる、普遍的なメッセージが感じられる。
『カマラ・ハリス物語』
岡田好惠
講談社 ¥1,540
’64年、カリフォルニア州のオークランドで生まれたカマラは、大学卒業時には検察官になろうと決めていた。カマラの少女時代から副大統領に就任するまでを描いた評伝。児童書に近い本だが、米国の政治や司法制度に関するコラムも充実。類書の中では最もわかりやすい。
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『中古典のすすめ』『忖度しません』『挑発する少女小説』『出世と恋愛』ほか著書多数。最新刊は『あなたの代わりに読みました』(朝日新聞出版)。
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