彼女にとっては、世界中が美と発見の宝庫である。国内外で数々のビエンナーレや展覧会を成功させてきた現代アートのトップキュレーター・長谷川祐子は、極めて理知的ながら生きることの楽しみをのびやかに追求する魂の自由人。まだ誰も見ぬ美の姿を探し続ける人の、思索の原点とは。前中後編の前編では、キュレーターという仕事について語ってもらった。
見る人の心を動かす現代アートの世界的伝導者
「大天使ラファエルのポーズですね」
ふわりと宙に浮かんだような写真を見たご本人から、そんな言葉がこぼれた。いったい、この人の中にはどれほどの“美しいもの”がストックされているのだろう? 目の前で微笑みを浮かべる長谷川祐子さんは、現代アートの世界的キュレーター。見る者の心に新鮮な感動をもたらす第一人者として、その仕事の概念と価値を日本の美術界に広めた人でもある。
キュレーター、キュレーションという言葉が身近になったのは、ごく最近のこと。それまで日本でアートを扱うのは学芸員と呼ばれる人々で、専門とするジャンルの作品を主に美術館の中で管理、展示する人をさしてきた。対して、キュレーターは展覧会や芸術祭を企画し実現させるのが仕事。活動範囲は美術館だけにとどまらず都市や地域をもフィールドにし、コンセプトワークからアーティストの招聘、作品選びと制作進行、予算を含めたクライアントとの交渉なども担う。
「キュレーターはまずThinker(考える人)だと思います。そしてリサーチャーであり、グローバルに動く。いい作品を選ぶのはあたりまえ、作品や作家のことを知っているのもあたりまえ、お客さまのことを知っていることも重要です。どんなタイプのお客さまがいらっしゃるのか、そのかたの期待やリテラシーを理解したうえで、その少し先へと導いていく」
立派な作品だから見なさい、ではなく、あくまでも自発的に見たくなるように誘いかける。童話の『北風と太陽』でいうなら、太陽のように人の心を自然に動かすのがキュレーターだと長谷川さん。その手腕が発揮された仕事のひとつが、立ち上げからかかわり、現在は館長を務める金沢21世紀美術館である。’04年、古都・金沢に開館した現代アートの殿堂は、庭園の中にたたずむガラス張りのモダンな姿が特徴的。金沢を旅してここに足を運び、プールの上から底から世界をのぞき込むレアンドロ・エルリッヒの『スイミング・プール』などの魅力的な作品を体感した人も多いのではないだろうか。
「金沢に行ったのは’90年代の終わり。景気が悪化し、美術館でもお客さんの入らない現代アートに予算をつけるのはむずかしいといわれていたころでした。それを金沢のような伝統文化の街でやるのは不可能に近かったので、ならば確実に人が来てくださる方法を考えようと思ったんです。オープンでバリアフリー、かつ訪れるかたがきれいに見えるように透明感のある建物にする。最初から女性と子供がターゲットでした。成功すれば、男性はあとからついていらっしゃいますから」
美術館が今や金沢の観光名所のひとつとなったことからも、辣腕(らつわん)ぶりは明らか。現代アートのことなら彼女に、と国内外からのオファーは、今も引きも切らない。
(中編へつづく)
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