呼吸するように歌い、惜しみなく自らを投じて演じる。歌劇以上にドラマティックな人生を駆けぬけた至高の歌姫マリア・カラスに、今、望海風斗さんが自身を重ねる。
歌い、演じ、考える。私にもいろいろな可能性があるはず
『恋は野の鳥』『清らかな女神よ』『ある晴れた日に』……圧倒的なソプラノの歌声がスタジオの空気を震わせる中、次々とシャッターが切られていく。
「メイクをしていただいてドレスを着た瞬間から、別世界にワープしたようでした。いつもの自分ではないという感覚と、それ以上にワクワクする思いもあって」
ファインダーの中の望海風斗さんは、時には凛と正面を見つめ、時にはつややかな微笑を浮かべながら、ひとりの女性のたたずまいを胸に描く。その人はマリア・カラス。「完全に別世界の人であり、遠く、偉大な存在」と感じていた彼女を、この春、望海さんは舞台で演じる。
「パワフルな歌声をもつ、オペラ歌手の最高峰。その人を私が、どうやって?と、最初はやはり壁の高さを感じました。作品の中の彼女はオペラ歌手を引退した大人の年代ですが、それでも、舞台に出ていたころの華やかさがあり、孤高の芸術家としての表情もあり、プライベートでは恋多き女性であって、人間的なユーモアももちあわせていて……そうした彼女のさまざまな面を表現していけたらと」
「華やかさと孤高の芸術性をあわせもつ人。偉大なあなたに、どうしたら近づけるだろう」
「厳しさは、真摯に向き合ったからこそ。芸術にも人間にも、本物の愛情を示した人だと思います」
53歳の若さで没したカラスは、その早すぎる晩年、コンサート活動を行いながらニューヨークの名門・ジュリアード音楽院で指導を行っていた。舞台『マスタークラス』で望海さんが演じるのは、若い歌手たちにレッスンを行う彼女の姿。
歌い方、演じ方、そして芸術に対する信念まで、実際の講義をベースに紡ぎ出された台詞のひとつひとつが、同じく舞台人である望海さんの心に響いたという。
「生前のエピソードから、妥協のない厳しい人という印象をもっていました。でも台本を読み、それはカラスが芸術に真摯に向き合っていたからなのだなと……。私自身、舞台に携わる中で今、人に対して踏み込めず、もどかしさを感じる場面も多いですが、優しい言葉だけでは伝えられないこともあるんですよね。芸術に対しても人に対しても、深い、本物の愛情をもっていたかたなんだと、改めて」
若者たちに教えることで、「歌えなくなっても自分の中に残る情熱を燃やし続け、過去を肯定し積み重ねていこうとする」彼女の思いも感じた、と望海さん。年齢を重ねて失われるものがある一方で、大人には、より確かになる信念もある。そして、それは何かに挑戦することで新たに開花するのだろう。『マスタークラス』は、ミュージカルに取り組んできた望海さんにとって、初の台詞劇である。
「カラスは役としての呼吸をとても大事にしていた。当時はとても斬新だったそれを、彼女は戦って勝ち得たのでしょう。私も退団後、多くの作品に出演する中で、目の前の相手に誠実に向き合うことでお芝居が成立すると学ばせていただき、さらに勉強したいと思うようになりました。演じること、歌うこと、考え方……この世界にはもっといろいろな可能性があるんじゃないかと、欲が出ているんです」
舞台『マスタークラス』
〈これがわたし。あなたは、自分であなたを見つけなくちゃ〉。若き歌手たちを指導する40代のマリア・カラスは、いつしか芸術に捧げた己の人生を振り返りはじめ……。栄光と挫折、愛と不信に翻弄されながらひたむきに生きた歌姫の内面が浮かび上がる。3/14〜23、世田谷パブリックシアター。長野、愛知、大阪に巡演。
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