ステキで危うい「推し活」の世界を描く『イン・ザ・メガチャーチ』【斎藤美奈子のオトナの文藝部】

朝井リョウの『イン・ザ・メガチャーチ』を紹介。三者三様の推し活ライフを描いた長編作に、あなたは共感できる? 本作に関連したエピソードを収めたエッセー集『そして誰もゆとらなくなった 』や、推し活の効用を科学的に分析した『「推し」の科学  プロジェクション・サイエンスとは何か』もあわせて読みたい。

朝井リョウの『イン・ザ・メガチャーチ』 推し活 小説 斎藤美奈子のオトナの文藝部

『イン・ザ・ メガチャーチ』

朝井リョウ
日本経済新聞出版 ¥2,200
アイドルグループの運営に参画することになった中年男性。意識高い系で周囲になじめない大学生、推しを失って生きる気力をなくした35歳の女性。三者三様の推し活ライフを通して、大げさにいえば生きる意味を問う長編小説。澄香の推しの道哉に、自分は父親のようになるのがイヤでアイドルを目ざした、といわれた久保田が生き方を見直すといったエピソードも印象的だ。

仕掛ける側と仕掛けられる側から「推し活」の本質に迫る

言葉としても実体としても、今やすっかり定着した感のある「推し活」。ありていにいえば、アイドルなどに沼るファン行動のことだけど、その本質はどこにあるのだろうか。

朝井リョウ『イン・ザ・メガチャーチ』は、この推し活を仕掛ける側と仕掛けられる側の両方から描いた小説だ。

久保田慶彦はレコード会社に勤務する47歳。洋楽の全盛期には第一線で活躍していたが現在は経理財務部に追いやられており、7年前に離婚して、今は夢も希望もないひとり暮らしである。

久保田の娘の武藤澄香は19歳。両親の離婚後、母の実家がある大分に引っ越し、今は地元の大学に通っている。卒業後は留学するつもりだが、社会問題への関心が強く、学校では浮きがちだ。

父と娘は月に一度、ビデオ通話で話すだけの関係だった。そのふたりが別々に、オーディション番組での投票を経て結成された9人組のボーイズグループBloomeと深いかかわりをもつことになる。

久保田はファンダム(熱心なファン集団)を加熱させる運営チームの一員として。澄香は友人の「推し」だったメンバーに入れ上げるかたちで。互いの行動を知らないまま推し活をさせる側とする側になったふたりの生活はここから変化し、キラキラと輝き出す。

一見、音楽業界の舞台裏小説のように見えて、まったく違うのは「推し活」という行為の構造と、ファンの心理をとことん掘り下げている点だ。

久保田のチームのリーダーは〈このチームの目的は、顧客獲得と商品の販売ではないんです〉という。〈信徒獲得と教義の布教のために、気質や没頭度で消費者を区分けし、熱量の最も高い層を目掛けてプロモーションを仕掛けていく〉。

宗教的熱狂をつくり出す、チャーチマーケティングと呼ばれるその手法に澄香はまんまとハマり、デビューシングルにバイト代や学費を注ぎ込む一方、「ちゃみする」の名で布教活動に励むのだ。

〈愛する仲間がいるって、信じられるコミュニティがあるって、なんて心強いんだろう。/誰に何と言われようと、この温かい連帯の中にいられることが本当に嬉しい〉という澄香の独白に偽りはなく、プラス思考に転じて充実した日々を手にした彼女は幸せそうだ。

しかし半面、この熱狂は芸能や宗教だけでなく政治にも応用可能だ。実際、3人目の主人公として登場する隅川絢子は、推しだった俳優が自殺したことで生きがいを失い、陰謀論にハマって怪しげな政治活動にのめり込んでいく。

〈人は物語に弱い。パフォーマンスそのものよりも、その前後の物語に注目している人がすごく多い。そして、物語に魅入られたファンは離れづらい〉

ステキで危うい、めくるめく推し活の世界。エクラ世代にも実は多い推し活の実践者は共感し、そうでない人は未知の世界の意外な深さを知るだろう。

あわせて読みたい!

『そして誰もゆとらなくなった』

『 そして誰もゆとらなくなった 』 朝井リョウ 小説 斎藤美奈子のオトナの文藝部

朝井リョウ 
文春文庫 ¥825
’09年、大学在学中に作家デビューし、’13年に『何者』で直木賞を受賞。作家生活10年を超えた作家の’22年のエッセー集。未体験のことにチャレンジした話題を中心に展開、サバイバルオーディション番組が好きでダンス教室に通ったという、『イン・ザ・メガチャーチ』に関係しそうな話も。

『「推し」の科学 プロジェクション・サイエンスとは何か』

『 「推し」の科学  プロジェクション・サイエンスとは何か 』 久保(川合)南海子 集英社新書 ¥946

久保(川合)南海子 
集英社新書 ¥946
「推し」とは好きで応援している対象のことだが、ファンとしてただ愛好するだけでなく対象に対して何か能動的な行動をとるのが「推し活」。その観点から、腐女子(BL愛好者)の間の二次創作、原作を再現した2.5次元の舞台、コスプレやモノマネなどを通して推し活の効用を科学的に分析する。

文芸評論家・斎藤美奈子
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『出世と恋愛』『あなたの代わりに読みました』『ラスト1行でわかる名作300選』ほか著書多数。近著に『絶望はしてません ポスト安倍時代を読む』(筑摩書房)。

photography:Maho Kurakata ※エクラ2026年2・3月合併号掲載

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