【女性起業家に学ぶ、“初めの一歩”の踏み出し方】年齢と経験を重ねたのち、新たに事業を起こした起業家たちが歩んだ道のりに、挑戦のヒントが。株式会社 BEAT BRAND DESIGN 代表取締役・渡邉和子さんが企業したきっかけとは。
人生はいつからでも変えられる。 夢を追う勇気を応援したい
株式会社 BEAT BRAND DESIGN 代表取締役 渡邉和子さん(56歳)
Profile
'91 化粧品会社ポーラに入社。20年以上、ブランディング・マーケティング業務や化粧品開発に従事。広告宣伝部長、商品企画部長、マーケティング執行役員などを務める。
’21 劇症型心筋炎を発症。休職した後、復職。
’23 親友を亡くす。
'25 ポーラを退職。4月、BEAT BRAND DESIGNを設立。
命のはかなさを痛感して人生の焦点が変わった
着実にキャリアを築いてきたエクラ世代の大半は、安定した環境に身を置いている。それゆえに、新しい挑戦をするためには思いがけないきっかけが必要なのかもしれない。
’25年の春、長年勤めた化粧品会社のポーラを退職して56歳で起業した渡邉和子さんの場合も、そう。複数のブランド開発やマーケティング事業を牽引し、「大きなやりがいを感じていた」という前職を手放した背景には、2つのできごとがあった。
「ポーラ時代、めったに体調をくずすこともなく仕事に没頭していた私は“鉄の女”と呼ばれるほどの猛烈社員でした。ところが52歳のとき、劇症型心筋炎を発症し、一時は心停止状態に。1週間ほど生死の境をさまよった末に意識を取り戻し、病院の天井を見つめながら最初に浮かんだことは、『あんなにがんばってきたのは、いったい何のためだったのだろう』という思いでした」
死を間近にして、自分の働き方に疑問を抱かずにいられなくなった渡邉さん。それでも休職を経て、復帰。会社に迷惑をかけてしまったぶんを取り戻さなければと仕事に向きあっていたとき、今度は、最愛の親友をがんで失った。
「その3年前、念願の起業を果たしていた彼女は『夢をかなえたから悔いはない』と笑って人生を終えました。私は生きながらえ、彼女は逝ってしまった。命拾いしたありがたさと大事な人を亡くしたやりきれなさ、そして夢を追う意味がない交ぜになりながら、今までと同じ生き方でいいわけがない、別の人生を歩んでみたいと強く思ったのです」
組織に期待される役割を全うするあり方から、いかに自分らしく生きるか。人生の焦点は大きく変わった。しかし実際は、会社をやめる踏ん切りがなかなかつかなかったという。
「結局数年かかってしまいましたね。仕事自体は本当に楽しかったし、気心の知れた仲間に囲まれ、手放すには惜しい収入もありました。今日、明日のことだけを考えれば、現状維持を選びたくなってしまう。でもある日、毎年恒例の会議中にふと、来年も再来年も、同じ場にいることを想像したとき、きっと自分は満足できないと直感したんです。その瞬間、ようやく決心がつきました」
会社をやめる決断をしたものの、次の道はすんなりとは決まらなかった。“やりたいこと探し”に行き詰まった渡邉さんは、同じように会社員を卒業して起業した先輩を訪ねた。
「何をしたらいいのか決められない、ということも含めて、現状を細かく説明しました。近い道をたどった経験者のアドバイスに耳を傾け、自分の思いを言葉にするうちに、やりたいことの解像度が少しずつ上がり、できたらいいなと考えていた事業が『これじゃない』と気づいて。結局、自分が自信をもって取り組めるのは、長く携わったマーケティングとブランディングだったんですよね。50代まで積み重ねてきた経験を、あえてリセットする必要はない。むしろ、その蓄積の中にこそ、次のステージにつながるヒントがあるのだと感じました」
立ち上げた「BEAT BRAND DESIGN」は、企業や個人事業者向けにブランド戦略やマーケティング支援などを行っている。恵まれた環境から転身してひとりで立つ現在地に、「めちゃくちゃ満足しています」と渡邉さんは笑う。
自分のペースで仕事を進められ、成果がよくも悪くもすべて自分に返ってくる。そのシンプルさを、生きやすいと感じているからだ。
「病気を経験して、体力的に無理なく働きたいという思いも独立を選んだ理由のひとつでした。組織にいれば、スケジュールひとつにしても周囲に合わせなければならないし、評価はやっぱり気になるもの。自覚はなかったけれど、どこか窮屈さを抱えていたのかもしれません。起業してからは『今日は仕事したくないな』と思う日が一度もないんです。これだけでも一歩踏み出してよかったな、と」
やらなかった後悔は一生残る。修正しながら進めばいい
同世代のキャリア女性の起業支援にも力を注ぐ。クライアントの「やりたい」「こうなりたい」という思いに伴走し、それがかたちになる瞬間が「最高に楽しい」という。決まりきったノウハウを押し付けるのではなく、これまでの歩みや考え方といった“根っこ”をていねいにヒアリングすることを信条にしている。
「『夢を追う勇気を応援する』。これがわが社のミッションです。別の生き方をしてみたい、もっとこういう仕事がしたい、それもその人の立派な夢。すでにキャリアも経験もある大人の女性が夢を追うのは、まわりが思う以上の勇気が必要です。成功の保証はなく、投資が必要な場面もあるでしょう。それでも、入口に立った人、立とうとしている人を、私は全力で応援したい」
人生の後半戦。現状維持を選ぶのもひとつの道。でも、このままでは満足できないと思うなら……。やりたいことの解像度を上げて動き出して、と渡邉さん。
「私自身そうでしたが、まじめに仕事をしてきた人ほど、『準備が整ってから』『資格をとってから』と考えがちです。でもそれは、踏み出す怖さをごまかす理由にすぎません。準備が完全に整う日は永遠にこないといってもいい。足りないまま始め、修正しながら進めばいいのです。たとえうまくいかなくても、それは後々必ず役に立ちます。一方で、やらなかった後悔は一生残ってしまう。『あのときやっておけばよかった』と思い続けて生きていくのは、とてもつらいことではないでしょうか」
人生後半をしなやかに生きる“不死鳥”を増やしたい
「親友のように、笑って死ねる人を増やしたい」と語る渡邉さんが、事業計画を練っていたころから温めているプロジェクトがある。その名も「100羽の不死鳥プロジェクト」……!
「前職で病気から復帰したとき、“不死鳥”と呼ばれるようになりまして(笑)。不死鳥は寿命を悟ると自ら火に飛び込み、灰の中から生まれ変わる架空の存在ですが、まさに私たちアラフィー女性が目ざすべきしなやかな生き方ではないかと。会社員なら定年が見え、フリーランスや主婦でも、なだらかな下り坂を進む世代です。そもそも人生はいつ幕を閉じるかわからない。その中で、新しい姿で羽ばたく不死鳥を一緒に伴走しながら増やしたい。それが今の私の夢でもあるのです」
一歩を踏み出すための、3カ条
1. やりたいことの“解像度”を上げる
2. 今日と明日だけを見ず、数年先を想像して
3. すべてが整う日はこない。“修正主義”でいく!
撮影/大木慎太郎 取材・原文/熊坂麻美 ※エクラ2026年2・3月合併号掲載