【作家・小川洋子 × 俳優・井上芳雄 スペシャル対談〈前編〉】帝劇の歴史を小説で残す。取材で出会ったプロフェッショナルたち

初めに闇があった。そこにひとすじの光が射し、まばゆい世界が生まれる。

昨年2月、惜しまれつつ休館した演劇・ミュージカルの殿堂、帝国劇場。唯一無二の時空間に魅せられた観客のひとりである作家・小川洋子さんは燦然たる歴史をたどりながら縁ある人々に出会い、きらめきを物語に収めた。

帝劇で生まれ、帝劇で育ったミュージカル俳優・井上芳雄さんも、そのひとり。一瞬の幻が、人の心で永遠になる。演劇と物語、そして人生の不思議を語りあう。

人と人生が輝く、それが「劇場」

スペシャル対談 小川洋子(作家)×井上芳雄(俳優) かかわる人の言葉も劇場も、 とても小説的で演劇的

かかわる人の言葉も劇場も、とても小説的で演劇的

小川 私が初めて帝国劇場に行ったのは、’13年の『レ・ミゼラブル』でした。舞台芸術にはまったく縁がなかったのに、「こんなにすばらしい世界があるのか!」と、すっかり虜になってしまったんです。
そうしているうちに、帝劇が’25年2月で建て替えのために一時休館する機会に、元支配人のかたの発案で、帝劇の歴史を小説の形で残すという幸運に恵まれました。

井上 本当に劇場愛あふれる作品でした。バックステージを描く物語はたくさんありますが、ひとつの劇場の内部にここまで深く踏み込んでいる物語は、例がないんじゃないでしょうか。
マニアックな部分もあって、僕たちは光栄ですが、一般のかたがついてこられるだろうか?と心配になるくらい(笑)。

小川 フフフ。書き足りないくらい小説的な内容が帝劇の中に満ち満ちていたので、正直、取材している間が一番楽しかったです。
最初、「どんな人に話を聞きたいですか?」と聞かれたときは、帝劇にどんなかたがいらっしゃるのかもわからなかったので、まずは観客である自分にとって最も身近な劇場の案内係のかたから。そして売店係、稽古場のピアノ演奏者、通訳、本番中に俳優が移動するエレベーターのボタンを押す係など、実にたくさんのかたがたにお話をうかがいました。

スペシャル対談 小川洋子(作家)×井上芳雄(俳優) 

井上 ある作品に登場する、開演に遅れそうなお客さまを劇場まで運ぶ「背負い屋」って、本当にいるんですか?

小川 もちろん空想です(笑)。でも、客席で体調をくずしたかたを救護したり、家に帰るまでをケアする手順があることを知って。背負い屋は、帝劇のホスピタリティの象徴ですね。

井上 なるほど。帝劇に長くいる僕でも知らなかったことがたくさん書かれていて、こんなにも多彩なかたがかかわってくださっていたのかと驚きました。

小川 すばらしいのは、例えば幕内係(舞台にまつわる所用を担当)のかたに「どんなお仕事ですか」とたずねると、「帝劇の中で最も多く『おはようございます』と『お疲れさまです』をいう仕事です」とお答えになられたこと。
楽屋係のかたに掃除の要点をうかがった際は「前の役者さんの気配を消すことです」という返答でしたが、言葉のひとつひとつが、すでに小説的なんです。

井上 へえーっ。

小川 しかも皆さんがプロとして全力をつくすのは、いい舞台をつくるため。すべてのかたの目標がひとつなんです。

井上 そうですね。基本的に演劇は刹那的なもので、毎回、終わるたびに消えてなくなってしまう。ずっとあると思っていた劇場すら永遠ではないということを帝劇の休館で思い知りましたが、それすらも実に演劇的だと思います。
それでも、あの建物と空間で過ごした時間は、僕たち俳優や観客のかたがたまで含め、それぞれの人にとって特別で貴重なものだったんだと……。小川さんが小説にしてくださったことで、改めて感じることができました。

Information
小川洋子さんの新作短編集『劇場という名の星座』

小川洋子さんの新作短編集 『劇場という名の星座』

スターと裏方。観客たち。そして、姿をもたない無数の魂も、そこに――。取材を通し「一等星があれば目に見えない星もある。それらがつながりあっての舞台なのだと感じました」と小川さん。帝劇でデビューした“プリンス”の千秋楽の一日を描いた「一枚の未来を手にする」など、逸話とファンタジーを結実させた物語が浮かび上がる。
集英社 ¥1,925

小川洋子
作家
小川洋子
作家

おがわ ようこ●’62年、岡山県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。’88年『揚羽蝶が壊れる時』で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。’91年『妊娠カレンダー』で芥川賞、’04年『博士の愛した数式』で読売文学賞、’26年『サイレントシンガー』で毎日芸術賞ほか受賞多数。近年の作品に『掌に眠る舞台』(集英社)、『耳に棲むもの』(講談社)など。

井上芳雄
俳優
井上芳雄
俳優

いのうえ よしお●’79年、福岡県出身。東京藝術大学音楽学部在学中にミュージカル『エリザベート』でデビューし数々の作品に出演。読売演劇大賞杉村春子賞、菊田一夫演劇賞など受賞多数。ライブ活動、テレビ出演も。3/17まで『大地の子』、5/1より『アイ・ラブ・坊っちゃん』に出演。近著に『ミュージカル新時代』(日経BP)がある。

撮影/目黒智子 ヘア&メイク/金澤美保(MAKEUPBOX/小川さん) 川端富生(井上さん) スタイリスト/吉田ナオキ(井上さん) 取材・文/大谷道子 ※エクラ2026年4月号掲載

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