天保3年より代々、仁和寺御室御所の造園を担ってきた佐野家。昨年16代目が亡くなり跡を継いだばかりの当代に、心に響く桜を全国から厳選してもらった。
桜ファンの間でも日本一と呼び声の高い弘前城の桜。満開の桜の下にたたずむと空が見えないほど豊かに咲く。お堀に一面花びらが散る景色も、一生に一度は見たい見事さ
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早春から陽春に移り、桜前線が日本列島を北上しはじめると、日ごとに心が躍り、落ち着かなくなる。人はなぜこれほどまでに、桜を愛し、心待ちにするのだろう。
「桜守といわれた父は私財まで投げ打つほどの情熱家で、数多くの桜を育て、亡くなる前の年まで現場に出向いていました。父からは、おまえは本業の造園に専念しろ、桜にかかわるのはわしが死んでからにせえといわれていましたが、同行して一緒に植樹したり世話をした桜には特別な思いがあります」
最も一般に知られる桜といえば染井吉野だが、華やかさはあっても深みに乏しく、先代が心を寄せていたのは昔から自生していた山桜や彼岸桜、大島桜だった。
「古木には故事来歴があり、なかには精気や妖気があるものもありますが、父はとりわけ色香のある姥桜が最高やといってました。私が今までで最も神々しいと思った岐阜県・根尾の淡墨桜も古木で、花のない時期でも風格があって、絶対的な存在感が感じられます」
根尾谷の淡墨桜
日本三大桜のひとつで、国の天然記念物に指定されている樹齢1500年以上を誇る巨木桜。彼岸桜の名花とされる品種で、薄いピンクのつぼみが満開になると白色に、散りぎわには淡い墨色を帯びてくることから淡墨桜と名づけられたといわれている。
「儚さや移ろいを象徴する桜の美学を体感でき、一本だけで圧倒的な存在感を放つ名桜です」。
孤高の一本桜、根尾谷淡墨桜。見ごろは3月下旬〜4月中旬。
岐阜県本巣市根尾板所字上段995
弘前城
津軽藩士が京都から持ち帰って植えたのが始まりといわれる圧倒的なスケールの桜。「行政と地元の人たちが手厚く世話をしているおかげで、病気ひとつなく花を咲かせています」。
染井吉野、八重桜など52品種、約2600本の桜が咲き誇り、北国の春の到来を告げている。ライトアップされた夜桜も圧巻の美しさ。
天守のわきにある枝垂れ桜。見ごろは4月下旬〜5月上旬。
青森県弘前市下白銀町1
黒田百年桜
Photo:福島右門/アフロ
京都市京北の集落、宮町の氏神である春日神社のわきにたたずむ一本桜。当代・佐野さんの祖父と父が30年におよぶ執念により苗づくりを成功させ、昭和42 年(’ 67年)に「黒田百年」と命名。「父が亡くなる前、最後に見にいった思い出の桜です」。
一重と八重が混じり咲く山桜の変種で、花は紅色大輪。夜にはライトアップもある。
見ごろは4月下旬。
京都府京都市右京区京北宮町宮野
植藤造園
Photo:アールクリエイション/アフロ
造園の敷地内には庭師で桜守だった16代目が造った庭があり、100種類以上の桜が植えられている。
「全国から集め育てた桜や、円山公園の『祇園しだれ』の子桜、父が90歳を超えてから見つけた新しい品種もあり、長い期間にわたり花を楽しめます」。
心静かに楽しむのならば自由に立ち寄って見ることができる。
玄関のわきにたたずむ枝垂れ桜。見ごろは3月下旬〜4月上旬。
京都府京都市右京区嵯峨山越中町
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「桜には情景を楽しむ桜と、花を見る桜があります。弘前城の桜景色は育てているかたがたの熱い思いを感じます。黒田百年桜は、京都市内から北へ車で40分くらいのところにある山桜の変種で、手毬のように硬く咲く非常に珍しい八重一重という種類です」
春になると全国至るところが桜の園と化すが、その土地の風土や人たちの思いをくみ取って見ると楽しみはさらに増す。
「見上げた山、ふと入った路地、お城や神社仏閣など、日本ではあらゆる場面で桜に出会うことができ、孤高の一本桜もあれば群生として美しい桜もあります。見たいように楽しむのでいいですが、日が昇って1時間以内の朝露にぬれた桜は格別です。ご自分の好きな桜を決めて、毎年眺めて成長を見守るのも素敵な楽しみ方です」
佐野藤右衛門 profile
さの とうえもん●京都・嵯峨野にある造園業「植藤造園」代表取締役社長。本名は佐野晋一。佐野藤右衛門は庭師の名跡で、当主が襲名する。桜守として京都のみならず全国の桜をめぐった先代(父)亡き跡を受け継ぐ。
撮影/野呂希一(弘前城、根尾谷の淡墨桜) 構成・原文/西村晶子 ※エクラ2026年4月号掲載