今年春の京都の目玉といえば、中村壱太郎さんと尾上右近さんが出演する南座3月の花形歌舞伎特別公演『曽根崎心中物語』。遊女のお初と恋人の徳兵衛の悲恋を描いた近松門左衛門の代表作だが、今回ふたりはお初と徳兵衛を役替わりのダブルキャストで演じる。大胆な挑戦は、若いながら芸に秀で、切磋琢磨してきたふたりだからこそできること。揺るぎない信頼関係で結ばれた彼らがつくり上げる情熱の物語とは。
──『曽根崎心中』は、かつて壱太郎さんの祖父・坂田藤十郎さんがお初を演じて一大ブームとなった成駒家にとって大切な演目です。’24年2月には、松竹座でお初・壱太郎さん、徳兵衛・右近さんで演じられていますが、壱太郎さんの徳兵衛、右近さんのお初は今回が初役ですね。
壱太郎 今年で6回目になる南座3月の花形歌舞伎は、平成世代の若手で幕を開ける公演で、毎年ダブルキャストや役替わりをやっているんです。今回のように恋人同士の役替わりは珍しいことですけれど、徳兵衛を演じることで、お初の見方もまた変わってくると思うので楽しみですね。
右近 僕は子供のころ、藤十郎のおじさまにかわいがっていただいた思い出があって、おじさまが『封印切』をされたときには舞台袖で25日間、拝見したこともありました。だからお初もいつかやってみたいとは思っていましたけれど、「部外者で、しかも江戸っ子の僕が上方の役をやるのはどうなの?」って思っていたし、「うちの畑は、うちで耕すから大丈夫」っていわれても仕方ない状況で。でも、壱さんはいつも「やろうやろう」っていってくれて。
壱太郎 それは僕自身が遊牧民的に生きているからじゃない? 例えば僕が江戸の花魁の揚巻(『助六由縁江戸桜』に登場する女方の大役)をやるなんて思ってもみなかったけど、(市川)團十郎のお兄さんが南座での襲名披露で抜擢(ばってき)してくださったり。本当にいろいろなかたの相手役をさせてもらっているんですね。それが自分の役者観に影響していて、自分の家とは関係ない作品でも「自分でやるならどうやるだろう」という目で見るようになった。逆に自分の家の芸を誰かがやったからといって何かが変わってしまうとも思わないし。むしろ新しい発見があるんじゃないかと思ってケンケンを見てますね。
──江戸と上方の歌舞伎はかなり違うんですね。
右近 僕は音羽屋の人間で、音羽屋はカチッと型通りにやることを大事にするから、子供のころ、上方歌舞伎を見たとき、衝撃を受けました。ゆるさとかぬくもりがあって、お客さまとの距離感も近い。型はあるけれど、様式でアプローチするというより、心でアプローチする感じ。
壱太郎 そう、「情」だね。そこが本当に強い。だから感情だけじゃなくて、その人の匂いとか体温が伝わるような芝居になるんだと思う。
右近 だけど考えてみたら、歌舞伎の世界って、常に「先人たちとのダブルキャスト」かも。
壱太郎 そういう山を越えていくしかないんだね。
──『曽根崎心中』は、映画『国宝』でも話題になりました。壱太郎さんは踊りや演技の指導もなさったそうですが、「ほんまもんが見れる!」と劇場に足を運ぶお客さまも多いでしょうね。
壱太郎 それもあって、今回は父(中村鴈治郎)が『曽根崎心中“物語”』として、新たなかたちで監修を務めます。テンポよく、よりテーマがわかるような演出で、お初と徳兵衛の愛、壱太郎と右近の愛、歌舞伎への愛……すべてがつまった物語になっています。
右近 上演時間も短くなっているよね。とはいえ、3回公演の日もあるので、これはキツい。
壱太郎 ケンケンが言い出したことだけどね(笑)。お初・徳兵衛・お初。もしくは徳兵衛・お初・徳兵衛。3回目はどんな気持ちになるのか。
右近 お初と徳兵衛が溶けて合体して、違うキャラクターになってるかも(笑)
花形歌舞伎 特別公演
劇場:南座
上演期間:’26年3月3日(火)~ 25日(水)
深く愛しあう遊女・お初と醤油問屋の手代・徳兵衛。しかし徳兵衛には、お初を身請けする金はないうえに、友人にだまされて無実の罪を着せられる。お初はこの世では結ばれないことを悟り、死ぬ覚悟を徳兵衛に迫る……。江戸時代に実際に起きた心中事件をもとに近松門左衛門が書いた世話物の名作を中村壱太郎と尾上右近が現代に蘇らせる。
撮影/酒井貴生(aosora/人物) 伊藤 信 福森クニヒロ 内藤貞保 ハリー中西 取材・原文/佐藤裕美 西村晶子 天野準子 ※エクラ2026年4月号掲載