スペイン・バルセロナに立つ、未完の大教会。それがサグラダ・ファミリアだ。今年にはイエスの塔が完成して話題になっている。ここで48年にわたって現地で彫刻を手がけてきた外尾悦郎さんが、その魅力を語る。
朝焼けのバルセロナも美しいⒸAP/アフロ
バルセロナの街とサグラダ・ファミリア教会。奥に見えるのは、地中海。サグラダ・ファミリアは『聖家族』を意味し、この教会はイエスと聖母マリアとその養夫ヨゼフに捧げられている。正式名称は『聖家族贖罪聖堂』。罪を贖う貧しき者たちのための聖堂という意味がある。一番高いイエスの塔は172.5mもある。
「ガウディは本当に人間を幸せにするものを造ろうとしていたと思います。そしてまた人間が造りえる最高のものを神に捧げようとしていました。建築や彫刻などの造形だけでなく、光や音も組み合わせて」と外尾さん。
バルセロナの街に奏でる巨大な楽器のような存在に
彫刻家・外尾悦郎
僕は夜のサグラダ・ファミリアが好きです。観光客がいなくなった教会には昼とは違う魅力があるからです。昼間はおとなしくしていた巨大な石の生き物が、野性を取り戻したように見えて、その中にいると、この建物とより親しくなれた気持ちになります。
実は、建築家のアントニ・ガウディが構想したのは、バルセロナの街に音楽を放つ大きな楽器のような建物でした。ミサに音楽を添えるのではなく、音楽の中でミサを行うことを考えたのです。内部に84本の長いパイプ状の鐘を下げて、それを鳴らします。長い鐘は20mにもなる計画です。その音を街全体に届けるために、塔に開けられた窓の上部には庇(ひさし)をつけて、音が水平に流れ出ていくようにすることも考案しました。
ガウディが描いた図面は今ほぼ残っていません。ガウディの死後、スペイン市民戦争の混乱時期に焼かれてしまいました。しかし、ガウディは模型を残しています。三次元で考えるべき建築だったからです。僕はガウディが手がけた『ロザリオの間』を修復するうちに、ガウディの考えていたことがつかめるようになり、彼の視線をたどりながら、48年間も彫刻の仕事をしてきました。それは、自分では想像もできない経験になっています。(談)
音×光×造形が奏でる「和音」
Ⓒアフロ
外尾さんが造った『生誕の門』の15体の天使のうち、最初に彫刻した『ハープを奏でる天使』。
「初めはハープに金属の弦を張っていましたが、その後全部切り取って、見る人の想像力にゆだねることにしたんです」と外尾さん。この門と地下聖堂は、ユネスコ世界遺産に登録されている。
森の中にいるような、光の殿堂
ⒸSOTOO KIKAKU
聖堂の内部。樹木の幹と枝のような形の柱が並ぶ。
「ガウディは自然の摂理を取り入れた建築を考えました」と外尾さん。その思想に倣(なら)って、現代の建築家が解釈したモダンな形の柱が天井を支えている。
「ここを歩くと木々が立ったまま石化している巨大な森にいるような気分になります。頭上や斜め上から、木漏れ日が射すように、光が降るわけです」。天井のメダイヨンにはキリストを表すXとPや十字架が描かれている。
機能・構造・象徴を常に一度に解決するガウディの天才性
ⒸSOTOO KIKAKU
『十二使徒の塔』は内部にらせん階段が設けられ、観光客も登ることができるが、実は鐘楼として造られ、鐘を吊るすための空洞になっている。
らせん階段の幅は、ある基準数値をもとにしたもの。ガウディは明快な基準数値をもっていた。
「そのことは『ロザリオの間』の柱を採寸して気がつきました」。
ⒸSOTOO KIKAKU
ガウディは「聖堂の側壁の要石に職人の紋章をつけなさい」と指示していた。外尾さんは測量器具や現場で水を飲むために使うツボなど、職人の道具をあしらったデザインを考えた。JMJはイエス、マリア、ヨセフの頭文字。
「おそらくガウディは、職人一人ひとりの意欲と、職人たちの頭に描かれる三次元的な構造こそが最大の図面だと考え、彼らの力を100%以上引き出していたのでしょう」。
ⒸSOTOO KIKAKU
『生誕の門』を構造的に補強している2本の柱を背負う亀の彫刻。
「『サグラダ・ファミリア』を亀のようにゆっくりとでも、休まずに造り続けていこう、という大切なメッセージを伝えるシンボルになっています」。
雨水が柱の中を通って亀の口から出るという機能もあり、海亀と陸亀の1対(つい)になっている。
まるでよくできた名著のように、何度訪れても新しい発見があり、深く読めば賢い知恵を得られる
ⒸSOTOO KIKAKU
『生誕の門』は、ガウディが1893年に着工し、外尾さんが15体の天使像を制作、’15年に門扉を設置したときに完成した。左から『希望』『慈愛』『信仰』の扉口。中央の扉のすぐ上には、イエス、マリア、ヨセフの聖家族の像がある。そのまわりを、楽器をもった天使たちが取り囲む。
「僕の生誕の門に関して、最初の仕事はここにある。15体の天使を彫ることでした。彫刻が設置されると注目されて、寄付金の集まり方が早くなりました」。
48年間、石を彫り続ける彫刻家 外尾悦郎が考える“ガウディの夢”
ガウディはこの教会の完成を見ることなく亡くなった。しかし、その意図は直弟子たちの時代を経て、外尾さんをはじめ、現在建築に携わる人たちに受け継がれている。
毎日、石を彫り続けていたからガウディが見えてきた
外尾悦郎さんの1日は、午前4時から5時の間に起きて、1時間近くストレッチをすることから始まる。なぜなら、外尾さんが毎日通っているサグラダ・ファミリアの現場は、床がでこぼこで、常に「工事中」。いつも足元が悪く、しかも階段だらけだからだ。
「ストレッチのあと朝食を食べて、歩いて30分くらいのサグラダ・ファミリアに出かけます。午前7時から7時15分には到着します」
京都市立芸術大学彫刻科を卒業後、中学と高校の美術の非常勤講師をやっていた外尾さんは、あるとき道端に積んであった石材から目が離せなくなった。石に触りたくてたまらなくなったという。理由はわからなかった。「石を彫れば何かがわかる」と考えた外尾さんは、ヨーロッパに向かう。石の文化がある国なら、石の彫刻ができるだろうと考えたからだ。
’78年、偶然に導かれてバルセロナの街に行きついた。外尾さんはさまざまな出会いによってサグラダ・ファミリアで仕事を得ることになったが、ひとつ問題があった。彫刻家は設計と指示に専念する監督役で、実作業は職人が行うという決まりだ。
「自分で石を彫りたいと主張したところ、プロジェクトごとに請け負うことになりました。これで僕が彫ることができるようになりました」
彫刻家が監督する仕組みは、見張らないと品質が保証できないというヨーロッパの現実からできたものだった。
「僕の最終目的は彫刻を造ることではないんです。僕は芸術家ではないですから。ガウディも同様に芸術家ではないと思います。ガウディは、僕が求めていた答えを先に探ろうとしていた先輩です」
30代のころ、外尾さんはガウディの資料がいっさい残っていないプロジェクトにかかわることになり、やりようがなくて途方に暮れたことがある。ヒントになるものがなく、ガウディに見放されてしまったとまで思った。
「ガウディを見るのではなく、ガウディの見ている先、彼の考えるだろうことを見ればいいのだと思いいたったとき、暗闇の中に光が見えました」
プロジェクトを完成させた外尾さんのところには、資料のない新たなデザインの依頼が来るようになった。
ガウディはゴシックやロマネスク、ギリシャなど、すべての建築を進化させた建築家だと外尾さんは考えている。外尾さんの言葉によれば、「建築の最大の敵である重力に逆らわず、謙虚に向き合うことで重力を親友に変えた建築家」だ。
すべての答えは自然の中に
ガウディは内部の柱を放射状に枝分かれさせて、大きな屋根を支えることを発想し、天井と柱の接合部分を対物面という曲線でなめらかにつないで、荷重の流れを滞りなくすることも考えた。
これらの考えはいつも自然から生まれてきた。ある種の草は倒れにくい。茎にすじがあるからだ。そこで、柱を12角形にし、根元から上のほうへ徐々に細かい多角形にすることで、この草の構造をまねた。
ガウディは「オリジナリティとはオリジン(起源)、自分のもとへ帰ることだ」という言葉を残している。オリジンとは自然そのもの、さらにはその造物主である神であり、神がつくった自然に間違いはないと考えたのだった。
ガウディは、サグラダ・ファミリアで、象徴・構造・機能の三位一体を実現することにも挑んでいる。飾りに見えるものが、ほかの役割を担っているという意味だ。
例えば、『生誕の門』にある亀の彫刻は雨樋の出水口という機能と、屋根を支える柱の土台という構造、亀に託された「この教会をゆっくり休まずに造り続ける」ことの象徴的な表現が一体となっている。
こういった思想は、残されていた柱や彫刻の中に生きていた。建築物を丹念に「読む」ことによって、外尾さんはガウディの考えを身につけていった。
例えば、外尾さんはガウディが作った『ロザリオの間』の修復に当たって、そこにあった柱を計測して、教会全体のプロポーションを決める基準数値を発見した。「ガウディの図面は石の中にある」と直感した瞬間だった。
さらに、自らが石を彫ることによって、身体的にわかることも多かった。
「僕にとって最高の瞬間は、自分が彫っている石の中に入り込んで、一体化した経験です。そのときには、時間の経過さえもわかりませんでした。彫り終えた瞬間に、ポンという音がして石から吐き出されたように感じて、我に返りました」
そのような没入体験をするまで石を彫り続けた外尾さんが、確信していることがある。
ガウディが考えたこの教会にはいくつもの楽器で構成されているということだ。
「この生誕の門はグランドピアノです。細長い鐘を『十二使徒の塔』の中に合計84本下げて鳴らす構想になっているんです」
ガウディは、よいミサを考えたときに、「音楽に包まれるミサ」をイメージしたのに違いない。
「スタッフにいつもいっているんです。僕たちは芸術作品を造っているんじゃない。なんのためにそれが必要なのか。なぜこの色、このカーブでないといけないのか。その理由が何百年後の人にもわかるものでなければいけないと」
外尾さんに現在の仕事を聞いてみた。すると、まだ詳しくは発表できないがと前置きしたうえでこう答えてくれた。
「僕が修復にたずさわった『ロザリオの間』と対をなす、ある場所のための彫刻を制作しています。人間の闇の世界がテーマです。自分の最後の仕事になるかもしれないと思ってやっています」
外尾さんが手がけた“石たち”
ⒸSOTOO KIKAKU
外尾さんが手がけた『炎の象徴』。
「聖書には、神がそこにいることを示す炎の記述が多いんです。それをシンボル化して、受難の門の上、イエスの塔に沿うように設置しました」。
ⒸSOTOO KIKAKU
「音響のための模型を造ってみました」と外尾さん。中に吊るされた細長い鐘の音が美しく響き合う。
ⒸSOTOO KIKAKU
『ロザリオの間』の『爆弾を持った若者』の像。「若者の左手の後ろに、上を向いて笑う悪魔の顔が見えます」。
聖書とは関係ないが、ガウディは見る人に考えさせる彫刻を優先して造った。
ⒸSOTO OKIKAKU
『ロザリオの間』の入口上部にある『ロザリオの聖母マリア』の彫刻群。「この空間全部を修復するのに1年半かかりました」。
そとお えつろう●’53年、福岡県生まれ。京都市立芸術大学彫刻科卒業。’78年からスペイン・バルセロナの聖家族贖罪聖堂で彫刻を行う。現在、同聖堂美術工房主任。’05年、『生誕の門』の15体の天使像を完成させる。’08年『生誕の門』がユネスコ世界遺産に登録される。’14年ヨーロッパ建設金十字勲章/ガウディ・グレソール賞、’24年ラツィンガー賞(バチカン・ローマ教皇庁、アジア人初)、’26年、旭日双光章など受賞・受章多数。「私が好きなのは、アベニーダ・ガウディと呼ばれる通りを少し登ったところから仰ぎ見るサグラダ・ファミリアです」。
撮影/ローラン麻奈(外尾さん) 取材・文/石塚晶子 写真提供/ソトオ企画 ※エクラ2026年11月号掲載