今もっとも勢いのある若手歌舞伎俳優・尾上右近さん。2015年から自らがプロデュースし、開催してきた自主公演『研の會』が、十回目の今年、FAINALを迎えた。2026年9月5日、6日に大阪・国立文楽劇場、10月2日、3日に東京・明治座と計8公演をたったひとりで満席にし、自身が得意とする舞踊3演目をエネルギッシュに上演。会場は終始、興奮と熱気に包まれた。そんな中、話題となったのが『鷺娘』のラストを飾った衣裳。右近さんが親交のあるデザイナー・丸山敬太氏にお願いして作ってもらったものだった。二人のコラボレーションはどのようにして進んでいったのか、リポートする。
撮影/田口真佐美
派手な衣裳で、『鷺娘』の世界観を壊してしまうのが心配でした
その集大成として上演されたのは、「尾上右近らしく踊りを3つそろえた」と本人が語るように意欲的な3作品。浄瑠璃にのって芸の世界を生き抜く厳しさを描いた『藝阿呆』、儚さと美しさと情熱で圧倒した『鷺娘』、約100回の毛振りで締めくくった魂の『鏡獅子』。そんな充実した公演の中で、ひときわ客席がどよめいた瞬間があった。それは『鷺娘』のラスト。いっとき暗転した後、舞台がパッと明るくなると、そこには宙乗りで天高く舞い上がった鷺娘の姿が! 真っ白な衣裳は、赤や黒の羽根でドラマチックに彩られた長い裾で飾られていた。右近さんがこのためにデザイナーの丸山敬太氏に特別に発注したものだった。
丸山敬太さんによるデザイン画
「『鷺娘』は人間に恋をした白鷺が、娘に姿を変えて一途な恋心を踊るという、女方舞踊の結晶のような美しい作品で、江戸時代から続く人気演目です。映画『国宝』でもすっかり有名になりました。ただ、ひとくちに『鷺娘』と言っても土台こそ決まっているものの、先輩方はみなさん、自分なりにお作りになっていて、いろいろな型があるんですね。幕切れも死ぬ型と死なない型があって、過去には宙乗りをしている先輩もいらっしゃいました。それで『研の會』でやるなら、自分なりの『鷺娘』をお見せしたい、派手なクライマックスで終わりたいと思って、宙乗りをすることにしたんです。炎の中に自ら飛び込んでいくような情熱的でもあり、刹那的でもある、そんな幕切れをイメージしていました」と右近さん。そして以前から親交のある丸山敬太さんにぜひとも衣裳をお願いしたいと考えた。
「敬太さんはコロナ禍 の2021年にファッションと日本の伝統芸能を掛け合わせたショーに出演させていただいたときからのおつきあいなのですが、以前から歌舞伎がお好きでよくご覧になっているので、いつか新作歌舞伎をやるときには衣裳をお願いしたいと思っていたんです。 今回は新作ではないですが、派手、飛ぶ――と考えたとき、あ、敬太さん! と思って(笑)。ドリカムのステージ衣裳なども作っていらして、舞台映えするものをよくわかってらっしゃるし、何より古典芸能へのリスペクトがある。素敵なものを作ってくださるに違いないと思いました。それですぐに電話をしてお願いしたら、二つ返事でOKしてくださったんです。スケジュールとか、細かいことも聞かず、『はい、わかりました』って。それがすごくうれしかった」
一方の敬太さんも右近さんからのオファーを心から喜んでいた。
「右近さんはお仕事でもお世話になっていますけれど、とにかくめちゃくちゃ推している役者さんなので、『僕にできることだったら何でもやりますよ』という気持ちで、即効お引き受けしました。衣裳全部を制作するということではなくて、既存の鷺娘の白い着物の裾につけるものをデザインするということだったので、それだったらできるんじゃないかと思って。
ただ、不安もあったんですね。『歌舞伎の衣裳をやりたい』ということは、ずっと言い続けていましたけれど、いざ本当にやるとなると、敷居が高いというか、やっぱり怖くて。坂東玉三郎さんの『鷺娘』を何度か拝見していますけれど、それはもう儚いというより、静かな狂気みたいな……。そういうみんなが考えるイメージから、あまり逸脱したものを作ってしまうと、これまで積み上げられてきた『鷺娘』の世界観を壊しかねない。それが恐ろしいなと。でも、右近さんはとてもクレバーな方なので、彼と話せば何か明快な落としどころがみつかるだろうと思って、とにかく一度会って話がしたいとお願いしました」。
日本を代表するファッションデザイナーの丸山敬太さん
炎が立ち上っていく中で、情念を昇華させていくようなイメージで
打合せでは、どんなことが話されたのだろうか。
「右近さんが『鷺娘』にはこんなバージョンもあるし、(中村)歌右衛門さんはこんな演出だった……といろいろな資料を見せてくださって、その上で今回は『研の會 FANAL』なので、とにかく『僕らしい鷺娘をやりたい』『ラストは衣裳の裾が舞台いっぱいに広がるイメージで、派手な演出で終わりたい』って。でも、私の中では『鷺娘』というと、静謐の中にも狂気があるイメージだったので、派手派手しい雰囲気とは合わないんじゃないかとお話したんです」。歌舞伎を知っているからこその畏れ。それに対する右近さんの答えは、「いや、むしろ歌舞伎はそういうものだから」というものだった。
右近さんは言う。
「たとえば歌舞伎では、恋人と別れる悲しい場面で華やかな音楽をかけたり、誰かの身代りにして死なせた子どもを葬るときのメロディがすごく明るかったり、逆説的な表現というものがしばしばあるんですね。だから『鷺娘』も実らぬ恋に白鷺は絶望するわけですけれど、その表現がただ悲しみに暮れるということだけではなく、別の表現があってもいいと思いました。それで敬太さんに『儚く美しいだけじゃない、同時に僕は情念の炎が見えるくらい舞台で暴れまくるから大丈夫です』って(笑)。『むしろ敬太さんの衣裳のデザインありきで、そこに向かって踊りを構築していくから心配しないでください』と伝えました」
「それを聞いて、迷いが吹っ切れました」と敬太さん。
さらに、そのときに右近さんが見せてくれたひとつの日本画にインピレーションを得たという。「日本画家の速水御舟さんの『炎舞』という有名な作品です。暗闇で燃え盛る炎に誘われた蛾が、幻想的に飛び回る様子を描いていたもので、右近さんが『この絵のような世界観を思い描いている』というのを聞いて、一気にイメージが湧いてきたんですね。炎が立ち上っていく中で、情念を昇華させていくような感じになればいいのかなと思いました」。
衣裳の方向性が固まり、敬太さんは2パターンのデザイン画を作成。最終的には白と黒と赤の羽根で彩られたドラマチックなデザインに決まった。
「衣裳の羽根に見立てたモチーフには、シルク、リネン、コットンなど、様々な素材を使っています。羽根の形に生地を切り取り、3枚程重ねて縫い合わせ、その上に1枚1枚ペイントを施しています。ベースのグラデーションにはぎ合わせた生地に、大量の羽根モチーフを1枚ずつバランスよく縫い付けていく。かなり手間がかかって、もっと簡単にすれば良かったと後悔したけれど、もう後戻りできなくて(笑)」
制作途中の鷺娘の衣装ディテール。ひとつひとつ手作業によるもの
制作時間も少なく、時には徹夜の作業に。
「他のアーティストの方の舞台衣裳だと、もっと大掛かりということもあって、1年も前からスケジュールが決まっていて、何度も打合せをして、衣裳合わせも何度かやって……という感じですけれど、歌舞伎の方のスケジュール感って全然違っていて。『鷺娘』は6月くらいに依頼されて、2回くらい打合せして、9月にはもう本番みたいな(笑)。その間、右近さんは舞台に立っているから詳細を詰める時間もないし。歌舞伎俳優の方々はお稽古も数日しかしないと聞いていましたけれど、『本当にこんな感じなんだ!?』ってびっくりしました(笑)」。
日々鍛錬の中で生きている歌舞伎俳優の肝の据わり方に衝撃
従来の鷺娘のお衣裳。お衣裳合わせでの一コマ
8月下旬には、実際に舞台を使っての衣裳合わせが行われた。この時点で、敬太さんの衣裳は、まだ3分の1程度しか完成していなかったが、実際にどんなタイミングで、どんな手順で敬太さんの衣裳を着物に装着するか、敬太さんをはじめ、衣裳さんや後見を勤める尾上菊三呂さん、尾上音海さんらと段取りを確認していく。
右近さんもじつは衣裳の下に宙乗りのためのハーネスをつけている。堅い装具をつけて、あんなに激しい踊りができるのだろうかと心配になるが、本人はいたって平然とした様子。
「立役では衣裳の下にハーネスをつけて踊ったことがあって、びっくりするくらいしんどかった(笑)。女方では初めてだけど、ハーネスをつけて踊るのは最後の15分くらいだし、なんとかなると思います」。
初めて新作衣装を身に着けたのは、大阪公演まで10日を切った日だった
一方、敬太さんのほうもいくつか修正点がみつかった。
「実際、舞台で宙乗りしてみると、裾の部分が小さく見えて、それで一回り大きくすることにしました。また、後ろには飾りが必要なくて、前と横にもっとボリュームがあったほうがいいんだなとわかったので、さらに羽根を足してバランスを変えて。歌舞伎は平面の世界なので、平面を積み重ねることで奥行きを見せていくんですね。だから上から降らせる雪も生きてくる。歌舞伎ならではの技法で、あらためてすごく面白いなと思いました。
とはいえ、歌舞伎は演出家がいるわけではないので、実際、照明がどんな感じなのか、どんなふうに衣裳が広がるのか、はっきりとよくわからないまま、あっという間に終わってしまって、ちょっとあせりました。
やっと舞台稽古で全貌がわかったのが、大阪・国立文楽劇場の前日のリハーサル。しかもそのとき、うまくいかなかったのに、やり直さなかったんですよ(笑)。右近さんも『大丈夫大丈夫』『明日はうまくいく』って。みんな肝が据わっているというか、日々鍛錬の中で生きているから全然動揺しないんです。すごく勉強になりました」。
大阪での初日。敬太さんは、客席で成りゆきを見守っていた。
「心配で生きた心地がしませんでした。でも、暗転した舞台がパッと明るくなったとき、客席からわあ~と歓声が上がって、『よっしゃ!』って。みなさん、ちゃんと成功させて、『お見事!』って思いました。
もちろん踊りも素晴らしかったです。今の右近さんの歌舞伎に対する深い思いがぎゅっとつまっていて。炎を連想させる衣裳も右近さんにぴったりで、強い強いエネルギーを感じる『鷺娘』でした。そしてその舞台に僕もちょっとでもかかわれたことはとても光栄でした。これからも何かあったら、ぜひ参加したいと思っています」。
数々の壁を乗り越えて、みんなの熱い思いとともに終了した『研の會』。ただ、これで終わりではない。来年からは第二ステージが始まるという。
「新作歌舞伎を作るのもいいし、今度は僕が人を育てる立ち位置でやってみたい。音海くんと僕が踊るとか、僕が後見をやるとか、そういうことをやっていこうかなと思っています。そのときに、また敬太さんとお仕事ができたらと思っています。第二ステージも期待していてください!」と右近さん。
場所は銀座六丁目。たぶんあそこでしょうか? どこまでも高く駆け上がっていく右近さんをこれてらも見届けたいと思います。
丸山敬太●ファッションデザイナー。1965年東京・原宿生まれ。1987年に文化服装学院ファッション工科・アパレルデザイン科を卒業。90年より独立し、DREAMS COME TRUEをはじめ、多くのミュージシャンやタレントのステージ衣装やCM、TVデザインを手掛ける。94₋95年秋冬コレクションに「KEITA MARUYAMA TOKYO PARIS」として参加し、メンズ・レディースの両のラインを発表。24年にブランドデビュー30周年を迎える。近年はファッションの枠を超えて、幅広く活躍している。
撮影/露木聡子 取材・文/佐藤裕美