自由で軽やかで、見る人の心を惹きつけてやまない山本容子さんの作品。一方で、意外に知られていないのが制作過程。銅版画はどうやって生まれてくるのか? 山本さんの技法と創作の秘密に迫った。
刷り上がった作品が乾いてから、彩色にとりかかる山本さん。「グアッシュの白が引き立つよう、今回使ったのはアルシュの版画用紙のクリーム。この色は今では入手困難になってしまったので貴重です」。
職人的な工程を経て得られる自由自在な作品の世界
創刊以来、『エクラ』1月号では山本容子さんの銅版画作品のカレンダーが恒例の付録となっていて、大好評。でも、「銅版画とは何か?」と問われると、よく知らない人も多いのでは?
「皆さん小学校で木版画を習いますよね。あれは彫り残した部分を刷る凸版。銅版画は凹版。線を刻んだ部分にインクを詰めて、それを刷るのがまず大きな違いですね」と山本容子さん。
そもそも、なぜ“銅”なのだろう?
「軟らかすぎず硬すぎず、彫りやすくて刷りにも耐える適度な素材なんです。ドイツのデューラーのような銅版画草創期の作家は、じかに彫っていくエングレービングも行っていました。これには金工職人のような彫金技術が必要です。私の技法は、17世紀以降にさかんになった、腐蝕によって版をつくるエッチング。銅は腐蝕しやすいので、エッチングにも向いているんですよ」
なぜ、酸を使って腐食させる必要が?
「エッチングでは、金属板にグランドと呼ばれる防蝕剤を塗り、それを掻き落とした部分の銅が腐蝕を経て線刻となります。直刻ではタッチに変化をつけるのがむずかしいのですが、この腐蝕をはさむエッチング、特に私が大学以来続けているソフトグランド・エッチングは防蝕剤が樹脂状で軟らかいので、多彩なタッチを使うことができます」
’70~’80年代に手がけた大型作品の銅版。ルカ君も、オレンジ色に染まった自分の姿に興味津々
では、山本さんの銅版画制作の流れを追ってみよう。今回は愛犬ルカ君と付録のカレンダーのテーマにもなった『プラテーロとわたし』をモチーフに。
「最初に作品のイメージに合わせて、紙と道具を決めます。ルカの白がきわだつよう紙はクリーム、今回は鉛筆と金属活字も使いましょう。銅の板にソフトグランドをローラーで塗って、一日寝かせます。紙も版に合わせて切り、ひと晩水に浸けて礬砂(どうさ)を抜いておきます」
絵を描く前から意外に大変。
「グランド塗りは創作の一部でもあります。厚みによって線の印象が変わるし、塗りムラも“味”になる。ソフトグランドはとても繊細で、指紋や押し当てた布目なども腐蝕を経て版に刻まれてしまうほど」と話しながら、山本さんは金属活字を押すところから着手。
「私はトレーシングペーパーをグランドの上にかけて描きます。まずは黒の強い部分をどこに置こうかなと、下描きなしで遊ぶように描き進めます」
鉛筆の線は軽やかで細い。それが腐蝕によってじわりと膨らんでいく。
版画紙と描画道具を選ぶところから始まる、銅版画づくり
代表的な版画紙はフランスのアルシュやドイツのハーネミューレのもの。素材はコットンパルプ。
9Hの鉛筆やニードルの右隣、持ち手が赤いのは銅版画専用道具のビュラン。版の縁を削るやすりなども。
ソフトグランドをローラーで銅板に塗る作業。塗ってから一晩ほど寝かせる。版の裏は壁紙シールで覆って防蝕する。
「職人ならムラにんるのは避けるけれど、私は汚れやムラもおもしろいから作品に取り込みます」と山本さん。
乾いたグランドの上にトレーシングペーパーをかけて描画。金属活字を使って文字を取り込むのが山本さんらしい。
線が細いほど腐蝕に時間がかかる。「音符などの主線と毛の線の軽いタッチ、活字を使った強い黒で画面構成を考えました」。
腐蝕作業は専用の作業場で。「私が使う腐蝕液は希硝酸。有毒ガスが出るので作業場のわきに換気扇を備えています」。
ソフトグランドは繊細なタッチまで反映できる分、はがれやすい。局所的に腐刻が進んでいないか、頻繁にチェックする。
腐蝕がすんだらベンジンをしみ込ませた布でソフトグランドを拭き取って剝がす。塗膜の薄さに注目。
縁をやすりなどで削って完成した銅版。「刷る際に紙を 傷めないよう、縁を均ならすのも版画家の仕事です」
プレス機の圧を経て立ち上る、柔らかで繊細な線の美しさ
実は腐蝕の作業中も気を抜けない。
「腐蝕の最中は10分おきに様子を見にきます。泡が版の上にたまらないよう、バットを揺らしたり。室温が低いほうが腐蝕をコントロールしやすいので、夏でもセーターを着て作業します」
その後、グランドを剝がし、版の縁を整え、インクを詰めて手で均(なら)すまでの手ぎわのよさは職人的で圧巻!
「銅版画家って、アーティストと職人の両方の性格がある。絵が描けて版をつくれても、思うように刷れなければダメなのよね。金属やグランド、腐蝕液などの素材の特性を使った職人的作業の積み重ねだから、イメージをかたちにする全体の見極めがとても大切です」
版が通る瞬間、プレス機はぐっと重くなる。高圧で刷られた紙をめくると、山本さんの世界が魔法のように現れた。
「ときどき、“なぜ直(じか)に描かないんですか?”と聞かれることがあります。でも銅版画らしさって、確かにある。腐蝕を経たエッチングの線もそうだし、版の押し跡も魅力のひとつ。何も描いていない面にも少しインクが載っているから、刷ると版画紙のまっさらな状態とは明らかに違う。グランドのムラがあればなおさら。充実した余白は、それだけでひとつの世界なんです」
刷り上がりの瞬間を目(ま)の当たりにすると、確かにそう感じられる。
「私が銅版画に出会ったのは京都芸大の2年生のとき。この重たく大きなプレス機から繊細な作品が出てくるのを見たそのときの感動の大きさが、四十数年たった今も続けている理由ですね」
華麗な手わざでインクを詰め、丁寧に刷り上げて、作品の完成へ
インク詰めの最終作業。「ゴムべらで練ったインクを版に載せて均し、レーヨンのタンポで余分なインクを落とします。最後は手のひらの外側を使って油膜を払うように均します」。
インクを詰めた版の上に、余分な水気をきった版画紙をのせ、フェルトをかぶせて専用のプレス機で刷る。「版にかかるとぐっと重くなるのですが、止めずに回し続けるのがコツです」。
プレス機を通した後、紙をめくると、定着したばかりのイメージが浮かび上がる。「この重たい機械から、軽やかなものが出て来るところが魔法みたいでしょう」と山本さん。
刷り上がった作品はすぐに水貼りして乾かす。乾いてから、グアッシュで着彩する。ルカ君の瞳に白でハイライトを入れると、いっそう生き生きして見える。
カレンダー収録作品をエクラプレミアム通販で購入できます!
今年の付録のカレンダーは、ノーベル賞詩人J.R.ヒメネスの『プラテーロとわたし』の世界がテーマ。お気に入りの作品が見つかったら、ぜひ本物の銅版画で自宅に取り入れて。
カレンダーの表紙にも登場した銀色のロバ、プラテーロを異時同図的に描いた作品。「その歩みを表した音符を、左の新作で描いています」。
こちらはカレンダーの裏表紙に登場する、ヒメネスとプラテーロの姿。横長の画面の一部を刷ったパートプリントなので、飾りやすい。
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