アラフィー女性に読んでほしいおすすめ本を、文芸評論家・斎藤美奈子さんがピックアップ。今回は、東京23区を舞台にコラムニスト視点で描いた短編集『東京四次元紀行』ほか、コラムにまつわる本をご紹介。
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『名作うしろ読み』『ニッポン沈没』『文庫解説ワンダーランド』『日本の同時代小説』『中古典のすすめ』『忖度しません』『挑発する少女小説』ほか著書多数。
東京23区の区名を冠した、著者の最初で最後の小説集
コラムニストという肩書きがこれほどぴったりくる人はいなかった。安倍元首相銃撃事件やその後の政治動向について、彼ならどう書いただろう。
6月24日に65歳で他界した小田嶋隆はそう思わせる人だった。
『東京四次元紀行』は小田嶋隆の遺作となった本である。しかもこれは初めての小説である。
ひと言でいえば、東京23区の区名を冠した23話の物語とそれ以外の9話で構成されたショートストーリー集。3話以上の連作も含まれているものの、多くは1話完結。小説ではあるのだが、わずか7〜12ページでホロリとさせたりクスッとさせたりする技は、コラムニストの本領発揮といえる。
時代も主人公もバラバラながら、描かれている人物は皆、世の潮流にうまく乗れなかった人々だ。寄る辺ない若者、夫に見切りをつけた妻、友だちのいない少年少女。そこに時折「私」がからむ。
巻頭に収録された一番長い物語は6話にまたがっている。
1983年、「私」が運転中の車の助手席に突然乗り込んできたチンピラがいた。それが健二だった。2年後、健二は覚醒剤取締法違反で逮捕され、「21歳の指定暴力団準構成員」と報じられた。さらに数年後、新宿で見かけた健二は女装者になっていた。そして当時の「私」はアルコール依存症だった!(「残骸─新宿区」)。
ここを起点に物語は健二と内縁の妻・静子との切った張ったの壮絶な関係に焦点を移し(「地元─江戸川区」「傷跡─千代田区」)、さらに二十余年後、45歳になってホームレス寸前に追い込まれた健二を描く(「穴─墨田区」)。
一方、健二と別れた静子は自立して経済力もつけていたが、福島の実家に預けたままの娘・彩美と会う勇気がない(「トラップ─世田谷区」)。しかし、ジャズのサックス奏者を目ざす彩美はたくましかった。学歴の箔(はく)をつけるために都立高校を受験した彼女は母に迫るのだ。〈高校を出るまでの学費と、この楽器を買うためのお金を都合してくれたら、私は、二度とあなたの世話にはならない〉(「サキソフォン─杉並区」)。
救いのない男の物語が、思いがけない娘の登場で、希望の見える結末に変わるマジック。収録された物語の多くが「ヘタレな男と肝の据わった女の物語」と要約できるのは作者の趣味? 人間観?
全体を貫くトーンは、ユーモアではなくペーソスだろう。
〈この国の社会は、一度ドロップアウトした人間を決して受け容れない。ひとたびでも水の中に落ちた競技者は、二度と陸地を歩けない決まりになっている〉
そんな社会に小田嶋隆は最後まで異を唱えていた。敗者や弱者に寄り添いながらも、少し突き放したクールなまなざしが印象的だ。
『東京四次元紀行』
小田嶋 隆 イースト・プレス ¥1,650
〈いくつかは、起承転結や序破急のカタチにおさまらない、失敗した落語のマクラみたいなものになるだろう〉と序文では牽制(けんせい)しつつ、あとがきでは〈小説は、読むことよりも書くことの方が断然楽しいジャンル〉だと告白する、著者最初で最後の小説集。23区への目くばりは東京っ子らしく、さすがに的確。小説でしか書けなかっただろう体験も織り込まれていると想像されるも、文学臭を排している点が好感度大。
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『小田嶋隆のコラムの切り口』
小田嶋 隆 ミシマ社 ¥1,650
小田嶋コラムの特徴は「仏頂面でおもしろく書く」ことで、本書はその真骨頂。「分析を装い、本音をぶち込む」「会話に逃げる」など、コラムの書き方を伝授するふりをしながら自身のコラムを開陳する、高等技が駆使される。’20年刊。
『大東京23区散歩』
泉 麻人 村松 昭/絵 講談社文庫 ¥1,210
著者は小田嶋隆と同い年で、同じく東京生まれ東京育ちの名コラムニスト。ただし芸風はご陽気で、同じ23区ネタでも泉流だとこうなる、という見本。表題どおりの散歩ルポだが、目のつけどころはポパイ世代らしくマニアック。’16年刊。