建築家の夫が独身時代に購入した約61㎡のマンションに幾度かのリノベーションを加え、現在は家族4人暮らしに。決して広くはない空間で、豊かに、美しく暮らすポイントとは。
Profile
田中裕之さん・あやのさん
田中裕之建築設計事務所を主宰し住宅や店舗の設計を手掛ける裕之さんと、設計と不動産の仕事をするあやのさん、2歳と0歳のお子さんの4人暮らし。裕之さんは読書とDJ、あやのさんは籐巻きなどの手仕事が趣味。
61㎡、2LDK、4人暮らし。購入後すぐのリノベーションでスケルトン(構造体だけを残した状態)にして、ほぼ現在の間取りに変更。広いリビング&ダイニングと図面左の寝室を緩やかにつなぎ、移設にコストがかかるキッチンやバスルームはおおよそ元の位置のままに。図面右の寝室は夫の裕之さんと2歳のお子さんが、左の寝室は妻のあやのさん、0歳のお子さんが使っている。
リビングダイニングは広くとって、自由度を高く
田中さん家族が暮らすのは、大きな公園にほど近い閑静なエリアのマンション。約61㎡ながら、扉を開けると大きな窓のあるリビング&ダイニングがゆったりと広がり、選りすぐりの家具やアートが上質な空気感を紡いでいる。
「大きい家に住みたい気持ちもあるんですけどね(笑)。でも住まいとしての実験を重ねてきたこの家は好きですし、空間の心地よさは、広さで決まるわけじゃないという思いもあります」(裕之さん)「キッチンに立ちながらリビングに声が届きますし、お掃除ロボットで全体をさっと掃除できる。この広さだからこその良さもありますよね」(あやのさん)。
住まいは一般的なマンションに多い縦長の形。2つの寝室を両端に振り分け、水回りの位置も片側に集約することで、広いリビング&ダイニングを確保している。
「コンパクトな空間の中にも、自由度の高い広いリビング&ダイニングを作って、家具の置き方次第で空間の使い方を変えられるようにしました」(裕之さん)
玄関から廊下を抜けた先に広がるダイニングは、右手のキッチンとの動線がスムーズになるようにテーブルをレイアウト。奥の廊下との間はカーテンで区切っている。ブラケットライトを取り付けた寝室の壁の一部を斜めにして、空間の広がりを演出
明るい窓辺はリビングエリア。素足が心地良いラグやソファなど肌触りのいいアイテムを散りばめて、リラックスできる場所に
日当たりのいい窓辺には、くつろげるソファとラウンジチェアをレイアウト。ラグを敷くことで視覚的に区切られ、ワンルームの中にリビングエリアが生まれている。
「ソファで日を浴びてのんびりしたり床で子どもと遊んだり、小さな場所ながら色々な過ごし方ができる。家の中でも好きな場所です」(あやのさん)
リビングの壁に合わせてサイズを選んだ飛騨産業のソファ。張り地とクッションは素材を揃えながら色をワントーンずらし、変化をつけた
ソファの背面に飾ったアーティストの冨井大裕さんによる作品。「アートという答えがない物が身近にあると、日常的に問いかけをもらえる」と裕之さん
ラグやラウンジチェアのファブリックの質感が、空間に柔らかさを添える。ラウンジチェアは1950〜60年代のオランダのヴィンテージ
ダイニングテーブルはキッチンとつなげて配置。腰かけると、正面に窓の光やリビングにいる家族を眺められる。空間に対してテーブルを横長に置き、ワンルームをさりげなく分けた。
隣に置いたカウンターシェルフは、ゆるやかな“く”の字に。軽やかな印象になるだけでなく、使い勝手も重視したレイアウトだ。「壁に対してあえて角度をつけることで、回り込む裏側を作れる。子どもの物などは、ここに収納しています」(裕之さん)
大理石とスチールを組み合わせた特注のカウンターシェルフは、中央のヒンジで角度を変えられるデザイン。片側は壁に対して斜めに置き、裏側は隠す収納に。カウンター上には真鍮と無垢材を合わせた裕之さんのオリジナル照明やヴィンテージのオブジェをディスプレイ
空間に広がりをもたらす素材使い
限られた空間を広く見せる工夫が、ポイントごとの素材選び。例えばリビングに面した寝室の間仕切りは、ガラス入りフレームを選んだ。「寝室は隠したい場所ですが、視線が抜けて広がりを感じられることを重視しました」と裕之さん。玄関横の寝室は柔らかなカーテンで仕切り、圧迫感を抑えつつ目隠しに。
ダイニングテーブル横の収納棚は、背面にミラーを使った。視覚的に広く感じられる上に「光を拡散して空間を明るくしてくれるんです」(あやのさん)。
リビングと寝室の間仕切りは、視線と光が抜けるガラスをはめ込んだスチール製。レザーのヘッドボード、濃いグレーに塗装した壁などクールな雰囲気に柔らかなカーテンを合わせてメリハリをつけた
ダイニングのオープンシェルフは、背面にミラーを使って視覚的な広がりを演出
飾る物はガラスで統一し、形に惚れ込んで集めたガラス食器やボトルを見せて収納
ダイニングチェアのひとつは、カイ・クリスチャンセンがデザインしたヴィンテージ。経年変化で味わいを増したレザーが個性に
オブジェやアートで彩り、美しく整えられた住まい。物であふれないよう、夫婦でルールを決めているという。
「基本的には一つ買い足したら一つ減らして、空間に収まるだけにする。洋服もそうですし、家具やオブジェもそう。リビング&ダイニングは“共用部”と呼んで、家族みんなが気持ち良く過ごせるように意識しています」(裕之さん)
物単体で選ぶのではなく、空間や組み合わせる物、ライフスタイルとの相性を吟味して選ぶ。その過程が、美しく規律のとれたインテリアを叶えている。
家具工房と共作したチェストには、アーティストのキャロライン・ウォールズの作品と稲熊家具製作所のランプを。「木と金属の組み合わせが好き」で、メタルの小物もアクセントに
手に触れる、小さな部分が空間の心地よさを左右する
もう一つ、おふたりが大切にしているのが、扉のつまみや手すりといった手に触れる部分。ステンレスの手すりにはあやのさんが手仕事で籐を巻き、収納の手かけには革を巻き込んで、ディテールまで心地よく仕上げている。
「肌に触れる部分は、その空間の質をダイレクトに決める部分だと思うんです。面積の大きな床はもちろん、取っ手や手すりなど小さな部分もきちんとケアをする。そうすることで空間全体の質が上がり、日常の心地よさが増すと思っています」(裕之さん)
籐を巻きつけたスチールの手すり、靴職人に依頼して革を巻きつけたマグネットやクローゼットの手掛け。触れた時に心地よさを感じるよう、形や質感を吟味してデザイン
「洗面スペースにスチール素材を使ってみたらどうなるか試したくて」と、スチールのポールにミラーと照明を組み合わせたオリジナル家具を設置。トイレには友人のアーティスト、佐々木健さんの油彩画を
玄関の靴収納はガラス張りの上段には普段使いのもの、下段にはストックや子どもの靴を隠して収納
玄関とリビング&ダイニングの間は視線や空調対策のため、フレキシブルに開閉できるカーテンで仕切っている
間取りや家具選び、その置き方、そして小さな部分に至るまでの実験とこだわり。暮らしに真摯に向き合う二人の視点が、親密で、贅沢な住まいを作っている。