戦後の日本に“洋服のおしゃれ”を手引きした森英恵さんは、やがて国際舞台へ進出。日本の美や伝統、日本女性の繊細な美しさをシンボルマークの蝶々に託した作品に世界が魅了された。彼女はファッションのみならず、アートやカルチャーを伝播する時代の担い手でもあった。
【25歳】「ひよしや」創業 映画衣装デザインを数百本手がける
「ひよしや」開店のころ、1950年代半ば 撮影:石井幸之助(写真提供 森英恵事務所)
新宿駅にほど近いビルの2階にあった「ひよしや」。進駐軍の将校夫人らにひいきにされ、最盛期だった日本映画の衣装制作の依頼がドッと押し寄せた。2、3時間の睡眠で働き、「女ナポレオン」と呼ばれていたころ
Ⓒ日活『太陽の季節』
石原裕次郎のデビュー作『太陽の季節』、小津安二郎監督『秋刀魚の味』など衣装を手がけた映画は一年間で約50本、延べ数百本におよぶ。当時は衣装担当の名前がクレジットされない裏方仕事。女優の私服の注文も相次いだ
【32歳】初めてパリへ
(写真提供 森英恵事務所)
1961年、デザイナーをやめようかと悩んだとき、1カ月の休暇をとり、友人でモデルの松本弘子(右)とパリへ。語学学校へ通い、美術館やコレクションをめぐり、自分のためにシャネルのスーツを仕立てた
【39歳】NY進出。日本製高級服が大人気に
(写真提供 森英恵事務所)
視察に訪れたニューヨークで、森さんは3つのショックを味わった。日本製の服が安物として扱われていたこと。オペラ『蝶々夫人』の日本女性のみじめな描き方。インタビューに来たジャーナリストが自分をきもののデザイナーだと思っていたこと。震えるほど腹が立ち、「必ずニューヨークのデパートの高級品売り場に、日本の布地を使って日本人の自分がデザインした服を並べてみせる!」と決意。4年後、NYで日本の伝統美をテーマにしたコレクション「MIYABIYAKA」を発表し、大成功。高級百貨店ニーマン・マーカス(写真は社長のスタンレー・マーカス氏と)など取引先を拡大し、’70年には現地法人を設立した
森英恵《イヴニングドレス》(部分)、HANAE MORI HAUTE COUTURE、制作年左から1989年春夏、2002年春夏、1989年春夏 撮影:小川真輝(写真提供 森英恵事務所)
鬼しぼりちりめんなど日本の伝統的な布地を使い、華やかな東洋の美を表したコレクションにはジャーナリストも大挙押し寄せた。この写真はパリ時代のものだが、ドレスの中に再現される、静謐な水墨画のような世界や幻想的な日本の四季。森英恵にしかできない「東西の融合」があった
【43歳】雑誌・ビル……ファッション通信の礎をつくる
アートディレクション:横尾忠則、『流行通信』 NO.195 1980年4月号 島根県立石見美術館
’66年に森さんが創刊した『森英恵流行通信』は、のちに『流行通信』の名に変わり、ファッションという垣根を越えて多くのクリエイターに刺激を与えるアートカルチャー誌に発展。映像分野でも海外コレクションを取り上げる『ファッション通信』なども傘下の会社によるもの
《森 英恵 ファッション・デザイナー「ハナエ・モリ」ビルのショーウィンドー〈肖像の風景〉より》1982年 Ⓒ奈良原一高アーカイブズ 島根県立美術館所蔵
’78年、表参道に建てたハナエ・モリビルは、ブティックのみならず、本格フレンチやフランスのチョコレート店、地下にヨーロッパの蚤の市のようなアンティークショップなども。森さんは国内外のカルチャーの伝播者でもあった。ウインドーのディスプレイにも力を入れており、道ゆく人の目にとまる、街の風景でもあった
【51歳】東洋人初、日本人唯一のパリ・オートクチュールへ
ハナヱ・モリオートクチュール2004年秋冬コレクション〈ファイナル・コレクション〉のフィナーレ ウェディングドレスを着た孫娘の森泉と(写真提供 森英恵事務所)
モナコ公妃となったグレース・ケリーの招きでモナコでショーを開催し、その帰りにパリでも発表。この手応えからパリ進出を決意し、メゾンをオープン。パリ・オートクチュール組合に東洋のデザイナーとして初めて加盟を認められる。オートクチュールを引退する’04年まで、世界中から注目を浴びるファッション界のトップに君臨した
《column》あの衣装も、この衣装も
ご成婚時の雅子さまのローブデコルテも Ⓒ朝日新聞社/Getty Images
美空ひばりの最後の10年間の衣装も担当 Ⓒ朝日新聞社/Getty Images
バルセロナ五輪の日本選手団ユニフォームも ⒸGetty Images/David Madison
故・佐藤栄作元首相の寛子夫人、レーガン元大統領のナンシー夫人など多くのトップレディ、美空ひばりやソフィア・ローレンなど国内外のスターに森英恵のデザインは愛された。女性を美しく見せるだけでなく、JALの客室乗務員やシンクロナイズドスイミングの小谷実可子のユニフォームなど、機能美を追求する仕事も多く手がけた。
『生誕100年/森英恵/ヴァイタル・タイプ』
生誕100周年を記念した展示が
故郷、島根で開催する没後初となる大規模展覧会。映画の衣装、オートクチュールのドレスのほか、写真や映像などを含め約400点を通して、森英恵の生き方とものづくりの哲学を紐解く。「働く女性を応援してきた、森英恵のつくる服の質のよさに注目してほしい。間近に見られる貴重な機会です」と学芸員の廣田理紗さん。メトロポリタン美術館収蔵のドレスも特別展示。
Data
島根県益田市有明町515
開催期間/~12月1日
開館時間/9:30~18:00(最終入場は17:30)
定休日 火曜 観覧料/当日一般¥1,300
アクセス/東京からは萩・石見空港からがおすすめ。東京・羽田空港から萩・石見空港までは約90分、空港から美術館がある益田市内まで車で約10分と、アクセスがいい。一日2便ある。
島根県立石見美術館(島根県芸術文化センター内)
屋根も壁面も、地場産の石州瓦で覆った赤茶色の美しい建物。メンテナンスフリーなガラス質の表面で、建築家・内藤廣いわく「数百年はこのままの状態を保つ」。美術館は大小4つの展示室をもち、スケールの大きな企画展を開催。美術館創設の準備段階から森英恵にアドバイスを仰ぎ、ファッションのコレクションに力を入れるほか、職員の制服も森英恵がデザインしている。