メロディに乗せたラブストーリーの数々は、時代を超えるマスターピース。今も新たな風景を探す希代の作詞家・松本 隆に聞く、大人の人生、その軌跡の描き方。63歳で迎えた転機とは。
仕事を続けていけるのは、すばらしいこと。過去と今の自分をつなぐことには、意味がある
63歳でひとり、未知の街へ。孤独を経て知った新しい自分
変化の風を、自分から呼び込む。松本さんの次の転機は’12年、生まれ育った東京を離れ、神戸へ移り住んだこと。63歳、単身での転居だった。
「前年に東日本大震災が起こり、自分も還暦を過ぎたから、ここで一度東京を外から眺めてみたいと思った。神戸を選んだのは、風通しのいい街に住みたかったから。これまで故郷から都会に出てきた人の歌をいくつも書いてきたけど、自分は東京しか知らずにいたから、ちょっと偏っているような気もしていて、いい機会かもしれないなと」
想定外だったのは、家族がついてこなかったこと。神戸で最初に行ったのは料理教室で、「中高年の男性ばかりの教室だったので、すぐ行かなくなってしまったけどね」と、思い出して苦笑する。自炊をあきらめ、なんのつてもないまま、ひとり街をさまよった。
「人間、ある程度生きてくると、いろんな人に頼っていたんだということがわかる。親に頼るのをやめたとしても、家族だったり、仕事仲間だったり……。で、ひとりになって客観的に見つめてみると、自分の弱さを感じるのは、やっぱり孤独になったときだった。この環境で、自分は果たしていつまで切り抜けられるだろうか?と……。でも、『なんとかなるんじゃないか』と思う、楽観的な松本隆もどこかにいて」
持ち前の好奇心でおいしい店を探していくうちに、一軒、また一軒と行きつけができ、顔見知りが増えていった。翌年には学生時代から憧れを抱いていた京都にも居を構え、ここでも歩き、出会いながら行動半径を広げていく。心の中の風街の範囲は、もはや赤鉛筆では囲みきれないほど大きくなった。
関西で新しい生活を営みながら迎えた’20年は、作詞家生活50周年というアニバーサリーイヤー。コロナ禍だったため、その翌年に日本武道館で行われた記念コンサートには楽曲を提供した歌手や音楽仲間など多くの人々が集つどい、祝福を受けた。
「楽屋が楽しかったね。いろんな人がいて、あっちこっち行き来していて。僕に与えられたのはロックであり、ポップスであり、詞を書くというフィールドだったけど、どの仕事でも続けていけることはすばらしいと思う。あのときも、過去と今の自分をつなぐのは非常に意味があると感じた。僕はわりと過去にこだわりをもち続けるほうだけど、周囲にはナタで切って捨てていく感じの人も多かった。僕も確かに友だちは多くなかったし、はっぴいえんどは斜に構えたロックバンドだったから、当時の写真には笑顔のものがほとんどなくて、どれを見ても苦虫を噛みつぶしたような顔をしてる。でも、そんな青春があって、あくせく働いた作詞家時代があって、今、あちこちの街に仲よしがたくさんいて……なんだかいい人になっちゃったみたいだ」
照れ笑いの頰に、充実感がにじむ。
老成しても老人にならない。心は、高校生のまま
現在、松本さんは再び東京にも拠点を設けて、関西と行き来する日々を送っている。
「久しぶりに住む東京は新鮮だよ。ちょっとした浦島太郎の気分」風の向く方向へ。縛られないその様子は、今も青年のようだ。
「青年というか、自分としては高校生くらいのままで止まっているような気がする。もちろん、皮膚は衰えるし、髪も白くなるし、見た目だけじゃなく、今まで簡単にできていたことが、ある日突然できなくなるんだ。転びかけたとき、これまではちょっと体を動かせばバランスがとれたけど、本当に転ぶようになるんだよ! でもね、中身は変わらない。魂は自由」
その言葉に、ハッとさせられる。年齢を重ねれば相応に落ち着くもの、老成するもの、そう言い聞かせながら、私たちは自分にブレーキをかけ、今に安住しようとしていないだろうか?
「昔から皆、宗教みたいにそう考えてるよね。老成はいいんだけど、へたをすると一直線に老人になってしまう。人間は自分が思ったようになってしまうものだから、『私は老いる』と思っていると、あっという間に老いていく」
だから、松本さんはこれからも動き続ける。思い描く風街もまた、決して固定し古びたりしない。それこそ、風のように広がり、そこで見えた景色から、また新しい物語が生まれる。
「だから、皆さんも自由に生きていいんですよ……って、別に僕が太鼓判を押さなくてもいいんだけど。女性は料理の得意な人も多いから、どこででも暮らせるでしょう。うらやましいよ。オノ・ヨーコとか、エイジレスで素敵な人はたくさんいるじゃない?50代はまだ入口くらい。先は長いよ」
「魂が自由であればエイジレスで素敵な女性になれる」
まつもと たかし●’49年、東京都生まれ。’70年、ロックバンド「はっぴいえんど」のドラマー、作詞担当としてデビュー。これまでに2100曲超の作詞を手がけ、’17年に紫綬褒章を受章。’20年のデビュー50周年、’25年の同55周年にはライブやイベントの開催、トリビュートアルバムのリリースなどが相次いだ。
撮影/三部正博 ヘア&メイク/廣瀬瑠美 取材・原文/大谷道子 ※エクラ2026年5月号掲載