スケールの大きな時代物から人間味あふれる世話物まで、幅広い芸域が魅力の尾上松緑さん。若くして数々の古典作品でも主要な役を勤め、古風な女方で魅了する中村時蔵さん。10月の歌舞伎座「錦秋十月大歌舞伎」で上演中の『義経千本桜 渡海屋・大物浦』(よしつねせんぼんざくら とかいや・だいもつのうら)で共演するお二人に話を聞いた。
おのえ・しょうろく●1975年、東京都生まれ。初代尾上辰之助の長男。屋号は音羽屋。1980年1月、国立劇場で初お目見得。1981年2月、歌舞伎座で二代目尾上左近を名乗り初舞台。1989年6月、日本舞踊・藤間流家元として六世藤間勘右衞門を襲名。1991年5月、歌舞伎座で二代目尾上辰之助を襲名。2002年5・6月、歌舞伎座で四代目尾上松緑を襲名。近年は『荒川十太夫』、『俵星玄蕃』、『無筆の出世』と講談の歌舞伎化にも取り組んでいる。12月には、歌舞伎座で『忠僕元助』を上演。
なかむら・ときぞう●1987年、東京都生まれ。中村萬壽の長男。屋号は萬屋。91年6月、歌舞伎座で初お目見得。94年6月、歌舞伎座で四代目中村梅枝を襲名し初舞台。2024年6月、歌舞伎座『妹背山婦女庭訓』「三笠山御殿」のお三輪ほかで、六代目中村時蔵を襲名。近年は、『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』のルールー、歌舞伎NEXT『朧の森に棲む鬼』のツナ、スーパー歌舞伎『もののけ姫』のエボシ御前役など新作にも出演している。
■敗北の武将、「碇知盛」の悲劇性に胸を打たれる
――「渡海屋・大物浦」は、歌舞伎の名作『義経千本桜』の中でもドラマチックでとても人気のある場面です。松緑さんが勤められるのは、身分を偽って源義経への復讐の機会を狙う平家の武将・知盛。そんな知盛と行動を共にし、幼い安徳帝に仕える乳母の典侍の局(すけのつぼね)を時蔵さんが勤められます。松緑さんは知盛を演じるのは久しぶりだそうですね。
松緑 前回は、名古屋・御園座(2012年)なので14年ぶりです。
時蔵 あの時、僕は義経役でしたけれど、それ以来なんですね?
松緑 そうなんです。知盛は祖父や父も勤めた役で、非常に思い入れの深い役です。私が初めて演じたときは、父はすでにおりませんでしたので(五世中村)富十郎のおじさんに見ていただきました。祖父と父、それぞれ異なる知盛の魅力を受け継ぎ、富十郎のおじさんのお言葉を改めて考えながら芝居を作っていきたいと思っています。
また、今回は典侍の局が時蔵さんということで、普段から舞台を一緒にすることは多いですし、とても気心が知れている間柄なので、私と時蔵さんが芯に立って、お客さまに喜んでいただける舞台を作っていきたいです。
時蔵 そうですね。僕が歌舞伎の中で一番好きな芝居は「渡海屋・大物浦」なんです。最初に出演したのが14年前の名古屋御園座の舞台で、松緑のお兄さんの知盛が最後に碇を背負って海に飛び込むシーンを「かっこいいな」と思って見ていましたので、時を経て、こうして歌舞伎座で、典侍の局としてご一緒させていただけるのは本当に感慨深いです。
今回、僕が勤める典侍の局は、10年ほど前に初役で勤めたときに、初めて(坂東)玉三郎のおじさまに教えていただいた非常に思い入れの深い役です。スケールが大きい芝居ですので、その世界観を作り上げながら、お客さまの心に残るような芝居ができたらなと思っています。
――とても悲劇的なお芝居ですよね。どんなところに魅力を感じていますか。
松緑 歌舞伎に関わらず、敗北していく人物のドラマがとても好きなんです。そういう意味で、この知盛というのは英雄であり、なおかつ悲劇の人物でもある。碇を背負って海に沈む「碇知盛」の最期は、歌舞伎屈指の名場面でもあります。自分ももう50歳を過ぎましたので、しっかりとした骨格と格式というものをお客さまにご覧いただきたいと思っています。役者とスタッフ全員がひとつのゴールに向かって、みんなで力を併せてお芝居を良くしていきたいです。
時蔵 これは玉三郎のおじさまにも言われたことですが、「海を感じる」ということがとても大事だと思っています。平家が滅亡していくとき、背景には見渡す限り海があって、その中に取り残されている典侍の局と安徳帝。そこから感じ取れる悲劇性だったり、孤独だったり、絶望感だったり。そういう心情が荒れ狂う海とうまくマッチすると非常にいい作品になるのだろうなと。
もちろん芝居の背景に負けないぐらいの典侍の局としての懐の大きさ、スケール感がとても重要なので、そこにたどり着けるように真摯に取り組んでいきたいと思います。
2026年10月歌舞伎座『義経千本桜 渡海屋・大物浦』で渡海屋銀平 実は新中納言知盛を勤める尾上松緑さん。(C)松竹
時蔵くんは僕の手の内を全部知っている
――お二人は世代も違いますが、舞台だけでなく、プライベートでも仲がいいそうですね。そうした信頼関係はどのように築いてきたのでしょうか。
松緑 時蔵くんはちょうど一回り下なのですが、僕としては年下とは考えていないですね。心から信頼できる相手役だと思っていますし、もしここで10年、20年と共演がなかったとしても、昨日まで芝居をしていたようにできるのではないかという気持ちでいます。
彼は僕の手の内を全部知っていますから、「俺はこれしか持ってないから、このカードの中からどれかを切るよ」って言うと、「わかりました、じゃあ僕はそれに合わせて」ってやってくれる人なんですね。
時蔵 僕はお兄さんのこと、年上だなと思ってますよ!(笑)。僕は歌舞伎俳優の中で、ご飯に連れて行ってくれたり、飲みに誘っていただいたりして、プライベートな時間を一番長くご一緒してるのが松緑のお兄さんなんです。芝居を作るときの信頼関係というのは、なかなか楽屋内や板の上だけでは培いきれないものなんだなというのをお兄さんとの関係を通して実感しています。
だから僕もお兄さんに倣って、なるべく後輩をご飯に誘って「どう思ってるのか」を聞いたり、「自分はこう思っている」という話しをしたりしていて、やっぱりそれが板の上に出てくるんです。慣れ合いたいわけではないですが、そうやって信頼関係を構築することが大事だとお兄さんから教わりました。
松緑 やっぱり後輩たちも結婚したり、子供ができたりすると外で飲む回数が減りますからね。そんな中で時蔵くんとはよくご飯を食べに行ったりしています。普段から一緒にいるからこそ、後輩の彼からも遠慮なく「ここ、こうしたいんですけど」と言ってくれるし、僕も「ここをこうやりたいんだけどどうかね」「じゃあそれに合わせます」って言い合えるんだと思います。
――素敵な関係ですね。9月の歌舞伎座『京人形』でもお二人で踊っていらっしゃいましたが、そういう関係性を実感する場面はありましたか?
松緑 舞台は生ですから、何らかのハプニングが起こることもあります。たとえば僕が彼の胸元に入れる小道具の鏡が少し甘かったりすると、彼はすぐに気づいて、裏を向いて自分で入れ直してくれたり。別に目を見なくてもアイコンタクトができるのかなと。
時蔵 僕が思ったのは、やはりすごく踊りやすいということです。松緑のお兄さんもすごく気を遣われる方なので、こちらが踊りやすいように踊ってくださっていると思うんですけれど、呼吸が合うというか、これくらい気を遣わずにできる相手というのは、貴重かもしれないです。
松緑 距離感とかもわざわざ相談しないよね。真ん中から僕が一歩離れると、時蔵くんも「これくらい離れるんだな」って同じだけとってくれる。どちらかがズレてるっていうことは、時蔵さんと踊ってる時はないですね。
時蔵 まさに「ツーと言えばカー」の関係ですね(笑)。
2026年10月歌舞伎座『義経千本桜 渡海屋・大物浦』で、女房お柳 実は典侍の局を勤める中村時蔵さん。(C)松竹
■芝居に情熱を注ぐ辰之助さんたち後輩が頼もしい
――時蔵さんは、松緑さん世代と若い世代のちょうど間で、松緑さんの息子さんの辰之助さんをはじめ、若手俳優さんたちの指導や相談にもよく乗られているそうですね。
時蔵 はい。中間管理職と呼んでください(笑)。
松緑 息子のことは時蔵くんをはじめ後輩にお任せしている部分も多いです。というのも僕と息子は演じる役柄が違うんですね。息子は時蔵さんがなさるような女方であったり、立役でも若衆の役を演じることが多いので、「教えてやってほしい」ということを時蔵さんにお願いすることがあります。
時蔵 僕も松緑のお兄さんに本当に可愛がっていただいたので、やはり辰之助くんのことは可愛いし、女方を勤めるときには教えてあげられることは教えてあげたいなと思います。僕は父(中村萬壽)も女方だったので、ほぼ全て父に教わってきたので気軽に何でも聞けましたし、親身になって叱ってくれましたが、みんながみんなそういう存在がいるわけではないので、できるだけ親身になって後輩の話は聞くようにしています。
実は昨日も大雨の中、辰之助くんとご飯を食べに行ったんですよ。隼人くんや團子くんと一緒に。
松緑 そうなんだ。ありがとうございます。何を食べたの?
時蔵 ピザがいいというので、ピザ屋さんに行って。若い子たちも若い子たちなりにいろんなこと考えているんですよね。こんなに歌舞伎に情熱を注いでくれているなんて、先輩としては見ていて非常に嬉しいし、頼もしいなと思うし、できるだけ僕が教わってきたことを後輩にも伝えていけたらと思います。まあ、みんなだいぶ変わり者ではありますが(笑)。
――最近は、お二人とも若い世代の方々と組む機会が増えていますね。11月の通し狂言『仮名手本忠臣蔵』では、松緑さんは尾上右近さんと、時蔵さんは市川染五郎さんとの共演があります。
松緑 11月は「祇園一力茶屋の場」で、僕が平右衛門、右近くんがおかると、兄妹役です。右近くんとは今まで何度も舞台に一緒に出ていますが、ここまでしっかり組むのは初めてです。平右衛門とおかるは非常に仲の良い兄妹ですから、彼とミーティングしながら信頼関係を深めて、右近くんのやりやすい平右衛門を作っていきたいと思います。
時蔵 僕もここ1、2年、年下の子たちと組むことが増えました。それまではずっと先輩たちと組ませていただいていたので、非常に新しい感覚です。下の子たちがどういう芝居観を持っているのか、実際板の上に一緒に並んで立ってみないとわからないことも多くて、新しい発見が多いですね。11月は「道行」で、僕がおかる、染五郎くんが勘平で恋人同士を勤めます。僕も染五郎くんとがっつり組むのは初めてなので楽しみにしています
■ストレス解消は猫吸い&犬を膝に
――松緑さんは、ここ数年、講談を歌舞伎化した新作歌舞伎に取り組んでいらっしゃいますね。12月歌舞伎座では、講談シリーズとしては第四弾となる『忠僕元助(ちゅうぼくもとすけ)』にご出演されます。
松緑 そうですね。1年に1回ほどのペースで取り組んでいるんですけれど、今回は、念願かなって俳優の中村梅雀の兄さんとご一緒できるのですごくうれしいですし、梅雀兄さんからきっと何かを吸収できると思うので楽しみです。
時蔵 「女方が出てくる講談を選んでくれたらいいのに」とずっと思っているんですよ。僕の出番がないじゃないかと(笑)。
松緑 一緒に飲んでいても、いつも時蔵くんに「次の作品は女方が出ますか?」って聞かれて、「次のも出ないね」って(笑)。たまたま男性が中心の話が続いているだけなんですけどね。講談から歌舞伎にスライドできるものは限られるし。次も女性は出なさそうなテーマではあるんですけれど(笑)、女性が出る作品の時には時蔵さんにぜひ出ていただきたいなと思っています。
――一方で時蔵さんは、最近は歌舞伎NEXTやスーパー歌舞伎など、古典以外の作品の出演も増えていて、幅広い挑戦をされています。そんな時蔵さんのことを松緑さんはどんなふうにご覧になっていますか。
松緑 すごくいいんじゃないですか。もともと若い頃から彼はずば抜けてそういうセンスのある人だったし、時蔵さんが色々な経験をして何かを得て帰ってきた時に、また一緒に共演したら新たなものが生まれるんじゃないかと思います。
時蔵 いろいろ出演させていただいていますけれど、「女方」の中でできることの範疇にはとどめています。映像などに出たら女方ではいられないので、女方としてできる範囲の新しい挑戦は受けるようにしています。そうやって刺激を受けながら、また歌舞伎の古典に還元していければと思っています。
――ずっと舞台が続いて、ご多忙なお二人ですが、プライベートで息抜きになっている趣味やストレス解消法があったら教えてください。
松緑 僕はお酒が好きで、毎晩晩酌をしているんですけど、仲間とわいわい飲むのも好きでストレス解消になっていますね。たまに深く飲みたいときには、時蔵くんとか坂東亀蔵さんにつきあってもらって、休演日の前の日とかに飲みに行っています。
時蔵 僕はゲームが好きなので、気晴らしといえばゲーム。それと猫を飼っているので、猫をなでたり、匂いを嗅いだりしています(笑)。
――いわゆる「猫吸い」ですね!!
松緑 一度、猫が生まれたてのときに、うちに連れて来たことがあるんだけど、うちは犬がいるから、すごい警戒しちゃって。
時蔵 松緑のお兄さんのところは犬が3匹いるんですよ。
松緑 ミックス犬です。動物の存在は、やはりストレス解消になりますね。しんどい役をやっているときなんかは、もうずっとうちの子たちを膝に乗せて癒されています。
――そんな松緑さんをこっそり見てみたいです(笑)。では、最後に10月の歌舞伎座に向けてエクラ読者にひとこと、お願いいたします。
時蔵 はい。「渡海屋・大物浦」は、歌舞伎の演目の中でも人気のお芝居で、日本人らしい「滅びの美学」みたいなものが詰め込まれた重厚な作品です。心に残るお芝居だと思いますので、ぜひご覧いただきたいと思います。
松緑 エクラを読まれている世代の方々は、「忠義」や「滅びの美学」といった日本人ならではの感性をおわかりになると思うんです。そういう意味で、「渡海屋・大物浦」は、きっと見ごたえのある作品だと思います。また10月は第三部の「渡海屋・大物浦」だけでなく、一部も二部も古き良き日本人の魂みたいなものが感じられる演目がそろっていますので、ぜひ劇場に足を運んでいただければ幸いです。
2026年10月歌舞伎座『義経千本桜 渡海屋・大物浦』で渡海屋銀平 実は新中納言知盛を勤める尾上松緑さん。(C)松竹
2026年10月歌舞伎座『義経千本桜 渡海屋・大物浦』で、女房お柳 実は典侍の局を勤める中村時蔵さん。(C)松竹
『錦秋十月大歌舞伎』
2026年10月2日(金)~20日(火)
第一部 午前11時~
第二部 午後2時30分~
第三部 午後6時~
【休演】9日(金)
公演詳細はこちら
photography:Satoko Tsuyuki interview&text:Hiromi Sato