病気を告げられたら、「支えたい」という人は多いと思う。そのとき、どんな言葉を書けたらいいのか…。私が受け取った「言葉」を書くことで、どなたかの参考になれば幸いです。
人は言葉で救われることもあれば、深く傷つくこともある。
乳がんの経験の中で、私は「言葉」の重みを感じた。
励ましのつもりが痛みに変わることもあれば、光になることもある。
今回は、そんな「言葉」がくれた希望と傷の記憶について、綴ってみたい。
【これまでの乳がん回想録は以下のリンクをご覧ください】
「がんばってよかった、と思えるように頑張りましょう」
手術当日の朝、不安と緊張のなかにいた。手術室担当の看護師が病室まで来てくれたときの言葉は、今でも覚えている。
「がんばってよかった、と思えるように頑張りましょうね」
はっとした。
単なる「がんばって」ではなく、その先の未来まで見てくれている言葉だった。目の前の恐怖しか見えていなかった私に、その先をイメージさせてくれた。
「いま頑張れば、“よかった”と思える日が来る、かもしれない」
——そう信じられるだけで、ずいぶん救われた。
一番傷ついたのは「可哀想に」
病気のことを打ち明けたとき、一部の人から返ってきた「可哀想に……」という言葉。病院の待合室でまったく知らない人から「若いのに可哀想」と言われたこともある。(当時36歳だった)
その人に悪気がないのは分かっている。むしろ、心配してくれているのも伝わってきた。しかし、その言葉が何よりも心に刺さった。
「可哀想」という言葉には、相手と自分とを線引きしている感じがする。
私はまだ、自分を憐れんではいなかった。
前にも書いたが、
治療方針や副作用を調べたり、職場への伝え方に悩んだり、実はとても忙しい。現実と向き合い、闘う場面も多い。憐れんでいる暇はないのだ。
それなのに、外から「可哀想」と言われてしまうと、自分で自分にそうレッテルを貼ってしまう。「あぁ、わたしって可哀想なのか…」と。すると、現実を生きる気力を奪われる気がした。
可哀想…という言葉は、相手の気力を奪う言葉だと知った。
言葉が見つからないときは、無理に言わなくてよい
「何て声をかけたらいいか分からない」
そういう時は、無理に励まそうとしなくてもよいのかもしれない。そばにいてくれるだけで、気持ちは伝わる。
「そうだったんだ。大切なことを打ち明けてくれてありがとう」
「治療の合間に会えるなら、家の近くまでいくよ」
「変わらず連絡していい?」
そんな声をかけたくれた友人たちもいた。
寄り添ってくれる言葉が、どれだけ心を温めてくれたことか。
誰かのために声をかけるとき、これらの言葉を思い出すようになった。
これはあくまでも私の経験談。その人との関係性やその方の性格によっても異なる。言葉に正解はない。
でも、その人に寄り添いたいと思って悩んだこと、悩んで紡いだ言葉は、きっと相手に届くだろう、と思う。