映画『ファーストボイス』。“当たり前”を疑い、声を上げた女性たち。【綾瀬はるかさんスペシャルインタビュー】

40年前、何をしていましたか? 振り返ると遠い昔のような、つい最近のような。その頃の日本を舞台にした映画『ファーストボイス』が、現在公開中だ。

『ハラスメント』を裁く日本初の裁判に着想を得た本作で、〝勝ち目のない無謀な戦い〟に挑む弁護士を演じるのが、綾瀬はるかさん。劇中では、当時の自分が蘇るような懐かしさと共に、時代の変化に驚くばかり。チャーミングなヒロインを演じた彼女は、いったい何を感じたのだろう?

男性中心の世の中で、声を上げた女性たち

綾瀬はるかさん スペシャルインタビューで撮り下ろした、オリジナル写真。綾瀬はるかさんの近影。

綾瀬はるかさんが主演している、現在公開中の映画『ファーストボイス』。エクラ世代の私たちに、ぐぐっと刺さる作品だ。

 舞台となるのは、日本がバブル景気に有頂天になっていた時代。令和の今、その頃の日本を紹介するテレビ映像は、たいていディスコで踊りまくっている若者たち。だけどもちろん、あんなお祭り騒ぎがすべてじゃない。光が強ければ、影も濃い。昭和が幕を閉じようとしていたあの頃、男性中心の世の中は私たち女性たちにとって、どうにも息苦しいものだった。

ベージュのトレンチコートを着た女性が、抱っこ紐で赤ちゃんを抱き、小学生くらいの女の子と手を繋いで歩いている。背景には人々や建物が写る、明るい日中の街並み。

 綾瀬さんが演じる朝日道子は、弁護士。3人の子どもを育てながら家事もこなし、仕事にも一生懸命。忙しすぎて裁判所に遅刻ギリギリで駆け込んだり、ヘアは寝癖のまんまだったりする。

そんな彼女を頼ってきたのが、ファーストサマーウイカさん演じる上原恵。上司による理不尽なハラスメントで職場を追われた女性だ。勇気を振り絞って上司と会社に対して訴えを起こそうとするものの、『そんなの勝てるはずがない』と、誰も相手にしてくれない。たどりついた朝日道子弁護士だけが、『やりましょう』と賛同した。それが日本初のハラスメント裁判の、最初の一歩だった。

映画『ファーストボイス』の劇中の一幕。綾瀬はるかさん演じる朝日道子弁護士の様子。

「違和感を大事にすることが、まず一歩踏み出すことにつながる」

綾瀬はるかさん スペシャルインタビューで撮り下ろした、オリジナル写真。綾瀬はるかさんの近影。

「脚本を最初に読んだとき、〝朝日先生がいてくれて、良かった!〟と思いました。朝日先生は目の前の依頼人の話にちゃんと耳を傾けて、その人の気持ちにすっと寄り添ってくれる。そしてどんな無謀なことでも、力になろうとしてくれる。こういう人が闘ってきてくれたから、社会は少しずつでも良くなってきたんですよね。

しかも、この作品が実話から着想を得たフィクションだと伺って、びっくりしました。たった40年弱ほど前のことなのに、こんな時代だったなんて! 今も、コロナ禍の影響で在宅ワークが増えたり、働き方や生き方がどんどん変わりつつありますけど、この先の未来、どんどん良い方向に変わっていって欲しい。今の私たちの常識だって、何年か経ったら、〝えー! こんなことが常識だったの?〟って思うのかもしれないし(笑)」(綾瀬さん)

映画『ファーストボイス』の劇中の一幕。綾瀬はるかさんや木村多江さんなどが映っている。

 常識なんて、その時その場にいる人間たちの都合次第。社会が受け入れているから、周りの人達が従っているから、みんながそれに乗っかっているからといって、その常識が正しいとは限らない。

「だから、違和感を持つって大事なことだなって思いました。これがフツウだから、これが多数派の常識だからって、諦めたり考えるのを止めたりすることもある。でも、〝ん?〟って、その違和感を大事にすることがまず一歩、踏み出すことにつながるのかなって」(綾瀬さん)

〝ん?〟と感じて、その違和感を行動に移すには、勇気がいる。今いる集団から一歩抜け出すことは、孤独で無謀な冒険かもしれない。断崖絶壁からたった一羽、海に飛びこむファーストペンギンみたいに。でもその一歩から、世の中は動いていく。

雑誌との何げない出合いに、背中を押されて

綾瀬はるかさん スペシャルインタビューで撮り下ろした、オリジナル写真。綾瀬はるかさんの近影。

 そんな綾瀬さん自身は、ハラスメントを特に意識したことは、ないという。

「16才からお仕事していますけど、そういうハラスメントは経験していないんです。ぼやっとしてるのかもしれないけど(笑)。でも、実家で親戚が集まると、当たり前のように女性たちが台所に立っていた。そういうのは女性がやるものだって、自然に刷り込まれていたのかもしれないです」(綾瀬さん)

日本で男女雇用機会均等法が生まれたのは40余年前の1985年。法律ができても日本の企業は、しぶしぶ受け入れた総合職の女性たちを活用するのが全然得意じゃなかった。97年に改正法が施行されて、ようやくぼちぼち、女性が働くことが当たり前になったのだ。

とはいえ、今でも生きづらさ、働きづらさを感じている女性は多いはず。なんといっても世界のジェンダーギャップランキングで、日本はかなり下位(2026年度/145ヵ国中117位)をさまよっているのが現状だ。

映画『ファーストボイス』の劇中の一幕。ファーストサマーウイカさんが演じる女性が、働いている様子。

 作品の中に、職場を追われて傷心の上原恵が、書店で一冊の雑誌を手に取るシーンがある。その雑誌に載っている記事を見て、彼女は勇気百倍、〝自分は間違っていない〟と確信し、提訴することを決意する。その雑誌は、集英社の女性月刊誌『MORE』。1977年に創刊し、当時は働く女性の味方として、社会的に大きな使命を果たしていた。2026年、惜しまれながら紙版が休刊してしまったが、エクラ読者も愛読していた人は多いはず。

「私も何度か取材していただいてお世話になりましたし、一読者として読んでいました。ファッションやメイクだけじゃなく、社会問題などいろんな情報がたっぷり載っていて、『MORE』でお勉強すること、多かったです」(綾瀬さん)

 実はこの記事を書いているライターの私も、当時『MORE』で記事を書いていたひとり。世の中を変える引き金になったメディアに末席ながら関わっていたことが、ちょっと誇らしい。この映画の制作過程では、当時の『MORE』の編集者たちも、力を貸しているという。

「その人の立場に立って想像するということが、どれだけ大事なのか」

綾瀬はるかさん スペシャルインタビューで撮り下ろした、オリジナル写真。綾瀬はるかさんの近影。

 さらに本作で注目して欲しいのは、朝日弁護士はじめハラスメント裁判に参加する女性たちの描き方。従来なら、ゴリゴリの理論派女性弁護士が世の不正をただす! といったステレオタイプの描き方が多かったが、綾瀬さんはじめ本作の原告側女性陣は、それぞれみんなソフトで、しかも個性的。前田哲監督は中心人物となる朝日弁護士役を、綾瀬さんに当て書きで作り上げたという。

映画『ファーストボイス』の劇中の一幕。綾瀬はるかさん演じる朝日道子弁護士が赤いスーツを着ているキャッチーな場面。

「朝日弁護士は、なんかこう〝やってやる!〟みたいな人じゃなくて、静かな、たおやかな中にそういう強さがある人。名声やお金目当てではなく、本当にその人のための優しさからくる強さがあるから、ステキだなと思いました」(綾瀬さん)

対立する男性陣を演じているのは、工藤阿須加、水川かたまり、鈴鹿央士に迫田孝也、酒向芳などなど、個性派俳優の面々。有能な女性社員を煙たがり、嫌がらせをして追い出そうとする上司や、いざとなったら役に立たない元同僚、人当たりはいいけど平気で裏切る経営者などなど、嫌われ役を実にうまく演じている。だから余計に腹が立つ。

映画『ファーストボイス』の劇中の一幕。工藤阿須加、水川かたまり、鈴鹿央士に迫田孝也、酒向芳などなど、綾瀬はるかさん演じる弁護士と対立する、個性派俳優の面々。

 前例主義が根強い日本の司法の場では、この申し立てにほとんど勝ち目はない。味方になってくれた女性支援団体の中にも、いろいろな考えの持ち主がいて、まとまらない。そんな中、朝日弁護士はいったいどうやって闘っていくのか。この時代を知っている私たちエクラ世代だからこそ、ストーリーにどっぷりと入り込める。

 しかも、画面がとても懐かしいのだ。時代背景として、昭和のファッションやメイク、街の雰囲気などなど。エキストラの人たちまで全員が、みんな昭和チックな格好をしている。

「肩パッドの入ったボディコンのスーツとかハイヒールとか、ボリューミーなヘアとか、そういう格好をさせていただいて、すごく楽しかったです。華やかでカラフルで。着るだけで元気がでるような気がして(笑)。やっぱりパワーのある時代だったんだなって感じました。でも、裏にはそういう、女性が生きづらい部分がいっぱいあったんだなってことも、今回知りました」(綾瀬さん)

映画『ファーストボイス』の劇中の一幕。

 そして大事なのは、ハラスメントが決して他人事ではない、ということ。セクシュアル・ハラスメントに留まらず、国籍や出身地、学歴、容姿、能力など、ハラスメントの引き金はたくさんある。自分だっていつ、どんなきっかけで加害者になってしまうのか、分からないから怖くなる。

「裁判の最後に、朝日弁護士が口頭弁論で『想像してみてください』って言うんです。そこがすごく好きで(笑)。やっぱり、他人事だと思うとそのまま流してしまうけれど、もしそれが自分の大事な人だったら、家族だったら、そして自分自身だったら、受け流せるのか。その人の立場に立って想像するということが、どれだけ大事なのか、考えさせられました」(綾瀬さん)

 彼女の戦いがどうやって終わるのか、ぜひ映画館で見届けて欲しい。

映画『ファーストボイス』

映画『ファーストボイス』のポスター。

弁護士・朝日道子(綾瀬はるか)は3人の子どもを育てながら、困っている人を放っておけないお人好し。不当に職場を追われた上原恵(ファーストサマーウイカ)の話を聞いて、提訴することを決める。それが『ハラスメント』が裁かれる、日本で初めての裁判となった。朝日弁護士はどうやってその〝勝ち目のない無謀な戦い〟に挑んだのか。朝日の事務所で働く若手弁護士・藤野栞(松本穂香)、共闘する女性たちの心の葛藤や成長が、物語を盛り上げる。福岡セクシュアル・ハラスメント裁判に着想を得たフィクションだが、今見る私たちにも強く訴えるものがある。

他に出演者は峯村リエ、山田真歩、工藤阿須加、水川かたまり(空気階段)、鈴鹿央士、迫田孝也、酒向芳、木村多江、筒井道隆 監督/前田哲 

公式サイトはこちら
綾瀬 はるか
綾瀬 はるか
綾瀬 はるか

あやせ はるか
1985年生まれ、広島県出身。2000年に芸能界デビュー。映画『レジェンド&バタフライ』(23)『リボルバー・リリー』(23)『ルート29』(24)『人はなぜラブレターを書くのか』(26)『箱の中の羊』(26)TVドラマ『NHK大河ドラマ 八重の桜』(13)『義母と娘のブルース』シリーズ(TBS/18~)『天国と地獄~サイコな2人~』(TBS/21)『元彼の遺言状』(CX/22)『ひとりでしにたい』(NHK/25)など多数出演。

撮影/矢吹健巳(W) ヘア/ASASHI(ota office) メイク/田口麻美  スタイリスト/中澤咲希 取材・文/岡本麻佑

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