歌舞伎俳優・尾上右近の魅力に迫る!古典と現代を行き来する当代随一の期待の星

その勢いが止まらないどころか、今年に入ってますます加速している。正月公演という大舞台で『京鹿子娘道成寺』を演じたのを皮切りに、二月松竹座、三月南座の近松作品への主演、そして六月博多座『東海道四谷怪談』と躍進と挑戦の連続だ。実力、人気ともに、今最も熱くそして期待される歌舞伎俳優。テレビやSNSからではわからない俳優・尾上右近の魅力を、超絶の盛り上がりだった1月の歌舞伎座千穐楽を特別に撮影した舞台裏写真と各界のファンの熱い声援とともにお届け!

演劇評論家・渡辺 保が語る「なぜ今、尾上右近を観るべきなのか」

「なぜ今、尾上右近を観るべきなのか」演劇評論家・渡辺 保が語る!
撮影 伊藤彰紀(aosora)

僕は戦前から80年以上、歌舞伎を観ていますが、今ほど若手がそろっている時代はないと思います。巳之助、歌昇、壱太郎(かずたろう)、新悟、米吉、隼人、虎之介、鷹之資(たかのすけ)、染五郎、團子(だんこ)と……こんなに魅力的な若手がそろっている時代はありませんでした。その中でも尾上右近はきわだっています。輝いていますね。

一番優れていると思う点は、イキが非常にいいことです。「イキがいい」ことはセリフの緩急とか、間のよさにもつながるのですが、右近は非常にいい呼吸をもっていて、それゆえ芸がシャープなんですね。だから観ていて気持ちがいい。爽快さがあるんです。

以前、『三人吉三(さんにんきちさ)』のお嬢吉三をやったとき、「月も朧(おぼろ)に白魚の~」の名セリフを音吐朗々と歌い上げたときには、度肝を抜きました。

僕が子供のころ、最初に観た歌舞伎は、六代目尾上菊五郎の舞台でした。六代目はしゃがれ声の悪声ですが、セリフ回しがうまくて観客の心をぱっとつかむんです。シャープさに引きずられて観客が舞台にのめり込んでいくんですね。僕は6歳くらいでしたけれど、子供心にも、このおじさんの芸がシャープだということがわかりました(笑)。六代目と出会わなければ、僕は歌舞伎を好きにならなかったと思う。

右近には、そんな六代目に通じるイキのよさがあります。右近の曾祖父は六代目菊五郎で、彼も六代目を崇拝しているから似たところがあるんでしょう。まだまだ未完成ですが、芸を磨けば観客の気持ちを自由につかまえることができるようになると思います。

そのためにもまずは自分のニン(仁)を見極めることが大事です。「ニン」というのは、その役にふさわしい雰囲気とか“らしさ”のことで、役者のニンが役にぴたりとはまったとき、驚くほど作品の世界が開けます。そしてその芸を極めていくことで体ができていく。一方、ニンにはまった役をやらないと、そういう体がつくられません。

僕が見る限り、右近のニンははっきりしています。二枚目と女方です。『忠臣蔵』だったら判官と勘平、そしてお軽です。年をとったら戸無瀬をやる。そういう役者なんです。でもきっと彼は「師直もやりたいし、由良之助もやりたい」っていう人だと思います。

彼はまだ冒険の途中で、いろいろなことに挑戦して、みんなを驚かせたいと思っている。今の時代がそれを求めているのはわかるけれど、僕が右近のマネージャーだったら、そういうことはさせない(笑)。だってほかの芸能と違って、歌舞伎では、なんでもできることは美徳じゃないですから。

人によっては、一生、女中役の人がいるかもしれないけれど、例えば「あの人が出てきたら、この料理屋は格式のある料理屋だとわかる」となったらたいしたもので、「女中役はあの人にかぎるね」といわれることが大事なんです。歌舞伎役者はみんなそういう生き方をしているわけです。だから自分が何者なのか早く知ることが大事で、自分探しの旅は、そろそろ終わりにしていいんじゃないかと。

これだけの才能はなかなかないですからね。姿もいいし、声もいいし、踊りもうまい。以前、彼が『酔奴(よいやっこ)』を踊るのを観て驚きました。日本舞踊というのは、歌詞の言葉をそのままに表現した当振(あてぶり)なので、ともすると説明的になってしまうのですが、右近は説明ではなく、踊りにしてみせたんです。それだけ腕があるということです。

だから自分の行く道を探し当てて、「これで行こう」と決めて修行すれば、どんどん芸が深くなって大成しますよ。『道成寺』も『弁天小僧』も勘平ももっともっとよくなる。彼が勉強家なのは知っているけれど、人間をどう表現するかというところをもっと追求してほしい。そうして当たり芸をもって、自分が座頭の歌舞伎座をいっぱいにできる──そういうスター役者になってほしいと願っています。

演劇評論家・渡辺 保
わたなべ たもつ●’36年、東京生まれ。演劇評論家。慶応大学卒業後、東宝株式会社に入社。’65年『歌舞伎に女優を』で評論デビュー。東宝退社後は、多数の大学にて教鞭をとる。著書多数。公式サイトで展開している歌舞伎劇評「今月の芝居」も人気。
 

(写真)女形舞踊の中でも大曲中の大曲といわれる『京鹿子娘道成寺』。僧の安珍に恋をして裏切られた清姫が、道成寺の鐘に隠れた安珍を蛇になって鐘ごと焼き殺したという伝説をもとに作られた。主人公の白拍子(しらびょうし)花子は、扇や手ぬぐいなどの小道具を持ち替えながら、約40分にわたって、さまざまな場面を踊り分けるため、心技体すべてがそろわないと踊れない舞踊で、これまでも六代目尾上菊五郎、六代目中村歌右衛門、七代目尾上梅幸など数々の踊りの名手がこの演目に挑んできた。『道成寺』を踊ることは右近さんにとっても長年の夢で、そんな念願がかなった今年1月。歌舞伎座という歌舞伎の聖地で、『道成寺』でトリを勤めるというのは、歌舞伎俳優の家の出身ではない俳優としては異例なこと。それだけ彼の実力が認められたということでもある

’24年1月千穐楽。尾上右近が歌舞伎座を“征服”した一日

’24年1月千穐楽。尾上右近が歌舞伎座を“征服”した一日
撮影 伊藤彰紀(aosora)

今年1月27日、新年から歌舞伎座で行われていた『壽 初春大歌舞伎』が千穐楽を迎えた。最後の『京鹿子娘道成寺』に出演のため、楽屋で化粧にとりかかる右近さんは、連載の撮影時のにぎやかさとは違い、口数も少なくもの静かな雰囲気。お気に入りのお香を焚くと、慣れた手つきで顔をつくっていく。凛々しい素顔から可憐な花子へ変貌するのに、ものの30分もかからなかった。美しい衣裳をまとい、いざ舞台へ。主役の登場で客席から大歓声が湧き起こる。まばゆいばかり照明の中に立つその姿は、自信にあふれて輝き、楽屋での静けさから一転、舞台上でダイナミックに躍動する。切れのある舞い、うっとりするような色っぽさ、完璧な引き抜きによる美しい早替わりと、スピード感あふれる展開は彼ならでは。やがて愛らしい花子が憎しみに支配され、蛇の本性を現すと、観客の高揚感もピークに達していく。ラストは右近花子が鐘に上って幕に。いつまでも鳴りやまない拍手とどよめきが、この日の舞台の興奮を伝えていた

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撮影 伊藤彰紀(aosora)
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撮影 伊藤彰紀(aosora)
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撮影 伊藤彰紀(aosora)
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撮影 伊藤彰紀(aosora)
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撮影 伊藤彰紀(aosora)
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撮影 伊藤彰紀(aosora)

3人が激白!「私が“右近推し”する理由」

ファンを公言しているお三方が語る右近さんの魅力。三者三様のあふれる愛と無限の期待。彼の芸がみんなの妄想をかきたてる⁉

芸に対して畏(おそ)れをもっているケンケンが大好きですーー女優 波乃久里子
撮影 伊藤彰紀(aosora)

波乃久里子が語る、尾上右近の魅力とは?

芸に対して畏(おそ)れをもっているケンケンが大好きですーー女優 波乃久里子

ケンケン(尾上右近さんの愛称)は親戚筋ということもあって、甥の勘九郎、七之助同様、子供のころからどうしても気になってしまいます。私が彼を大っ好きな理由は、芝居に対して「畏(恐)れ」をもっているからです。

一昨年、『荒川の佐吉』で辰五郎をやったとき、緊張して大変だったっていうんです。お団子を食べるシーンで手が震えて、串が口に入らなかったそうで、「お姉ちゃま、僕どうしようかと思ったよ」って。かわいいでしょう?(笑)ますます好きになりました。

私は、芸を畏れている人が大好きなんです。亡くなった弟(十八代目中村勘三郎)も本番前はいつも手が氷みたいに冷たくて震えていました。心臓の音が自分に聞こえるくらいでなきゃダメだっていってましたから。

父(十七代目中村勘三郎)も晩年、出番前に緊張で震えて、「ああ、よかった。俺もまだうぶだった」って自分で自分をほめたそうです(笑)。芸に対する畏れがなくなって、なれ合いになってしまったら、役者もそこまでってことなんでしょう。

その一方、舞台では緊張している素振りも見せないのが役者なんですね。彼もいつも堂々としていて、周囲がよく見えている。それはよほどの訓練でしょうね。昨年、こんなことがありました。彼が自主公演で『夏祭浪花鑑』のお辰を初役でやったときです。紗の黒い着物が透けて、下のお腰が見えていて、私は客席で「あら、お腰の色が薄いんじゃない?」とちらっと思ったんです。そうしたらその一瞬の表情を舞台にいる彼は見逃さなかったんです。終演後に電話がかかってきて、「お姉ちゃま、あの場面、何か変なところあった?」って。「あなた、よくわかったわね。初役なのに余裕ありすぎるでしょう!?」っていったら、「だって変だなって顔をしていたから」って。緊張しているけれど、全部見えてるんです。すごいことですね。

彼は踊りも本当にすばらしいと思います。どこがすごいって目が違うんです。奴(やっこ)なら奴の目になっている。つまり心が動いてるということ。どんなにうまく踊っても目が石みたいな人がいるけれど、彼はちゃんと役の目になっている。以前、踊った『酔奴』、よかったですねぇ。彼の踊りで「奴」の人生まで見えました。あれだけ踊れる人は、なかなかいないと思います。それだけにどうしても採点が厳しくなってしまうんです。歌舞伎座の『道成寺』もお客さまは沸いているし、満足なんだろうけど、いや彼ならもっとできる、もっと花子になれるって期待させてくれる。偉そうで申しわけないですけど

今、彼はまさに火の玉みたいな人ですよね。何事にも前向きにぶつかっていくところが胸を打つし、負けん気魂で劇場の温度を上げることができる人です。でも、あの牙がなくなったら、もっとおもしろい役者になるかもしれないですよ。弟がそうでした。牙をいっぱいもっている役者でしたがある時期から、「芸技神(げいぎしん)に入(い)る」という芝居を見せてくれた。

そんな究極の芸を私は彼に求めているのかもしれないです。すごい才能をもっているのだから、早く牙なんかとって、その役だけに生きてほしいって。そして六代目菊五郎の血を引く者として、“本格”を目ざしてほしいんです。とはいえ、まだ31歳だから牙を抜いたらかわいそうね(笑)。しばらくは火の玉ケンケンで大いに劇場を沸かせてください。

女優 波乃久里子
なみの くりこ●’45年、神奈川県生まれ。父は歌舞伎俳優の十七代目中村勘三郎。’61年から劇団新派に参加し、多くの舞台で活躍。現在、『喜劇 お江戸みやげ』(三越劇場)に出演中。

神田伯山が激白! 尾上右近の魅力とは?

彼の舞台を観ると「生きてるな」って思うんですーー講談師 神田伯山

6年ほど前に伝統芸能の会で一緒になったときが右近さんとの初対面です。最初の印象は少しやんちゃな感じで、でも同時に品があって、彼が生きている伝統の世界と現代とを、スーッと行き来しているような不思議な魅力がありました。以来、右近さんのラジオに呼んでいただいたり、僕が主宰する会にも出ていただいたりと交流が続いています。

彼がほかの役者と明確に違うのは、「欲」が突出していることです。歌舞伎役者の家に生まれた御曹司のかたがたは鷹揚なかたが多くて、それが良くも悪くも芸にも出るのですが、そんな中で清元の家に生まれた右近さんは、役者としては良質な欲を隠さず舞台に立っていて、少年漫画のようなきらきらした輝きがあるんですね。それが見ていてすごく楽しいです。

自主公演内の踊りひとつでもAパターンで踊って、次はBパターンで踊らなくてもいいのに、違うパターンにまたチャレンジする。歌舞伎への愛と欲が強いから、いろいろ冒険したいんだと思います。

芸の幅も広くて、女方が美しいのはもちろん、二枚目も三枚目もできる。それも型をなぞるだけでなく、枠からちょっとはみ出すんですね。変に収まっていない。そういう若さが彼の芝居にはいつもあって、それが観ていて気持ちいいなと思うんですね。

今年3月に京都の南座で『河庄』を観たときも、ご通家のかたから見れば、「現代がすぎる」と思うのかもしれないですが、お客さまに喜んでいただきたい、「歌舞伎って、おもしろいでしょ」とわかってもらいたいというサービス精神を感じました。型にはまって演じることである程度収まりながらできるのに、それだけに決してとどまらない。そういう彼のエネルギーあふれる舞台を観ると、僕もすごく力が出るんですね。「ああ、生きてるな」って思います。寄席の芸人でもいるんですよ。ネタは三席くらいでずっと回している人。うまいんですよ。噛みもしないし、よどみもしない。でも芸が生きていないんですね。同じことをずっとやっているから流暢だけど心が入ってない。でも、右近さんの芸は全部生きている。血が通っている芸だと思います。それがすごくうれしいです。

だから今の時代に尾上右近という若獅子みたいな役者がいるのは、すごく幸せなことじゃないかと思います。彼は、由緒正しい家柄の生まれだけれど、はい上がろうとする野心がたくましいところがあって、「なんでもやって、俺たち世代で歌舞伎を盛り上げていこう!」という気概に満ちている。そういう良いとこ取りの精神こそ現代に求められる要素のひとつだと思います。

これから先、尾上右近をさらに売っていくには、歌舞伎以外のジャンルで、「ここがすごい!」みたいなものがあると突破口が開けるのかなと思います。清元は家の芸で歌舞伎の内側になってしまうので、外に開かれた二刀流がいいですね。例えばボディビルダーになるとか(笑)。楽屋でささ身ばっかり食ってるとか、女方なのに腹筋バッキバキとか。ちょっと人からいじられるような「隙」ができると突破口が開けるんじゃないかと思います。右近さんは共感してくれなそうですが(笑)。

講談師 神田伯山
かんだ はくざん●’83年、東京都生まれ。’07年、三代目神田松鯉に入門。松之丞を名乗る。’20年2月、真打昇進と同時に六代目神田伯山を襲名。ラジオパーソナリティとしても活躍。

丸山敬太が語る!尾上右近の魅力とは?

ぐいぐいと昇っていく彼を生で見られるなんて幸せーーデザイナー 丸山敬太

右近くんと出会ったのは、3年前、まだコロナ禍でした。ファッションとエンターテインメントをコラボレーションしたショーをやることになって、大好きな歌舞伎もひとつ入れたいと思いました。それでお付き合いのあった中村獅童さんにご相談したところ、右近さんを紹介してくださったんです。「彼ならケイタさんが求める今の空気感を理解してくれるから」と。

実際、右近くんに会ってみると、驚くほどクレバーで決断が速くて、お客さまがどうしたら喜んでくださるか、全部わかっている。彼と話すまでは、世の中が暗いときに、いかに心がわくようなショーができるか悩んでいたんですけれど、迷いが吹っ切れました。

実はそのとき右近くんが踊ったのが『道成寺』でした。ですから今年1月の歌舞伎座で『道成寺』を観たときは胸アツでした。

右近くんが出てくると、劇場の空気が変わるのがわかるんです。『道成寺』のときも近くの席の人が寝ていたんですけど、彼が舞台に出たとたん、その熱量に引っぱられてパッと目を覚ましたんですよ。「感じましたね、あなた」とほほ笑んでしまいました(笑)。魅力的な人はたくさんいるけれど、あの瞬間をつくれる人ってそうそういないんじゃないかと思います。

右近くんの舞台は、歌舞伎への情熱が伝わってきますよね。きっと彼にはやってもやっても偉大な先人たちに届かないというジレンマがあって、まだ足りない、まだ足りないと必死で食らい付いていっているんでしょう。だから今、ぐいぐいとすごい勢いで昇っていってるのだと思うし、大成していく姿を生で見られるのは本当に幸せなこと。僕にとって「推し活」みたいなものです(笑)。僕はいつか歌舞伎の衣裳をやりたいなと思っています。あんなにグラフィカルな世界観って、まずないので憧れですね。そのとき、ぜひ右近くんと一緒にできたらうれしいです。

デザイナー 丸山敬太
まるやま けいた●’65年、東京都生まれ。⽂化服装学院卒業。’94年、自らのブランド「KEITA MARUYAMA」を立ち上げる。ミュージシャンの⾐装デザインなども数多く手がけている。’24年、ブランドデビュー30周年を迎えた

歌舞伎俳優・尾上右近の魅力に迫る!古典と現代を行き来する当代随一の期待の星_1_13
撮影 伊藤彰紀(aosora)

今の尾上右近を見逃すな!最新出演情報
七月『七月大歌舞伎』歌舞伎座7/1~24/夜の部『裏表太閤記』
八月
自主公演『研の會』が開催予定。

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