【尾上右近が、熱くナビゲート! 歌舞伎はモダンだ】『藝阿呆』を語る

尾上右近さんが歌舞伎について熱くナビゲートする『eclat』の人気連載「歌舞伎はモダンだ」。今回は、自主公演『第十回 研の會』でも上演する『藝阿呆(げいあほう)』について語ります。

尾上右近さん

〈あらすじ〉舞台には義太夫の語り手、三代目竹本大隅太夫(たけもとおおすみたゆう)と相三味線を勤める二代目豊澤團平(とよざわだんぺい)。ふたりの名人が語りと演奏で波乱に満ちた大隅太夫の人生を物語り、それに呼応するように歌舞伎俳優が舞い踊る。大隅太夫は大阪の鍛冶屋の息子に生まれたが家業に興味がもてず、浄瑠璃の世界へ。無我夢中で稽古に励み、若くして頭角を現すが困難が待ち受ける。やがて最期のときが訪れる。

今年9月に大阪で、また10月に東京で、自主公演『第十回 研の會』を開催します。『研の會』はこれがファイナル。最後は尾上右近らしく舞踊を3つそろえたいと思い、自分のアイデンティティでもある『春興鏡獅子』、映画『国宝』でも話題となった『鷺娘』、そしてこの『藝阿呆』を選びました。

『藝阿呆』といってもご存じないかたがほとんどでしょうね。もともと義太夫の作品で、明治時代に活躍した文楽の語り手の名人・三代目竹本大隅太夫にまつわるエピソードを語りと三味線で聞かせるというものです。

大隅太夫は波乱万丈な人生を送った人でした。才能はあるものの、かなりの低収入が続いたり、病を患ったりと不運続き。それでも頑に芸に命をかけた彼の人生を通して「芸とは何か」を描いたのがこの作品です。

作者はあらゆる芸能に通じていた昭和の作家・安藤鶴夫(あんどうつるお)。彼が脚本を作り、竹本綱太夫(たけもとつなたゆう)の語り、竹澤彌七(たけざわやしち)の三味線という当時の名コンビが作曲、演奏。昭和35年にラジオで放送された珠玉の演奏は今でもCDに残されています。芸を極めたふたりだからこそのあうんの呼吸、醸し出す芸道の厳しさ。この名演奏が立ちはだかって、その後、誰も手を出せなかったほどです。それゆえ、限られた人だけが知る作品となりました。

そんな義太夫作品に踊りをつけて歌舞伎にしたのが十七代目中村勘三郎さんでした。十七代目は綱大夫、彌七のおふたりと仲がよく、歌舞伎座で「四の切」(『義経千本桜』)を一緒にやったときは、自分はひと言もセリフをいわず、おふたりの文楽の演奏に合わせて演じていらっしゃいました。舞踊『藝阿呆』も歌舞伎座で衣裳もつけずに素踊りで1カ月間、踊ったそうです。しかもラジオで収録した音源で! めちゃくちゃ攻めてますよね(笑)。

その後、十八代目の中村勘三郎のおじさまが歌舞伎座の舞踊公演で『藝阿呆』を1日だけ踊られたことがあって、僕は子供のころに観ることができました。やはりラジオの音源でしたが、演奏の温度感、グルーヴ感がものすごく印象に残って。のちに音源を手に入れてからは、ジョギング中などに何度も何度も聞いています。

例えば大隅太夫が若いころに歌舞伎の『吃又(どもまた)』という演目を猛稽古する場面があります。冒頭に「ここに土佐の末弟」というフレーズがあるのですが、「末弟」の「い」が若い大隅太夫はうまくいえない。相三味線を勤める師匠から「あかん!」「その『い』の字を止めんのや」とダメ出しが続きます。大阪弁でどこか滑稽味もあるのですが、この一文のために朝から晩まで稽古していたというのはまさに藝阿呆の極み。

ワークライフバランスが重視される現代には、まったくそぐわない芸道ですが、一生を通じてお客さんの前に立って、自分なりの芸を来る日も来る日もずっと考えて続けている姿に僕自身も奮い立たされるところがあって深く聞き入ってしまうのでした。

生演奏にこだわった『藝阿呆』。問題は楽譜がなかったことです!

『研の會』で『藝阿呆』をやろうと思ったとき、清元の家に生まれた僕としては、録音の音源ではなく生演奏にこだわりたいと思いました。やっぱり生でしか出せない波長というものがあって、それこそが演劇においては重要なものだと思ったからです。そこでまずご出演をお願いしたのが、現在、文楽で大活躍されている竹本織太夫(たけもとおりたゆう)さんです。織太夫さんはすごい知識と熱量の持ち主で、以前から「いつか『藝阿呆』をやりたいんです」という話もしていたので喜んで引き受けてくださいました。

ただ生演奏でやるにあたって大きなハードルがあって。それは綱太夫・彌七の演奏がアドリブに近いものだったため楽譜がなかったことです! だから生演奏でやるにはまず楽譜に起こさないといけない。複雑な曲なだけにめちゃくちゃ大変です。

今回それをしてくださったのが三味線奏者の竹澤團七(たけざわだんしち)さん。文楽で現役最年長の92歳!! 実は團七さんは、彌七さんのお弟子さんで、『藝阿呆』のラジオ収録時にカバン持ちでついていったと。そんな思いから、「僕が楽譜を起こしてあげるよ」といってくださいました。團七さんには、『研の會』でも三味線を弾いていただくことになり、感謝しかありません。

そして踊りは、尾上流のお家元・尾上菊之丞先生に新しく振りつけていただきます。演奏つきのラジオドラマに、体を使ってナレーションを入れるようなアプローチになると思うのですが、どんな踊りになるのか。本当に楽しみです。なによりうれしいのが、僕が上演することで『藝阿呆』の楽譜が残り、再びこの作品に光が当たることです。僕がやったことが結果的に歌舞伎や伝統芸能のためになっているとしたら、こんな喜びはないと思っています。

尾上右近
尾上右近
尾上右近

自身が歌舞伎俳優を目ざすきっかけとなった『春興鏡獅子』にて文化庁芸術選奨演劇部門新人賞を受賞。映画『燃えよ剣』では日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞し、大河ドラマ『豊臣兄弟!』では足利義昭を好演。舞台・映画・芸術の各分野から評価され、演技力と将来性の両面で注目を集める花形歌舞伎俳優。

ジャケット¥209,000・タンクトップ¥22,000・パンツ¥104,500・靴¥247,500/コム デ ギャルソン(コム デ ギャルソン・オム プリュス) ソックス/スタイリスト私物

撮影/伊藤彰紀(aosora) スタイリスト/祐真朋樹 ヘア&メイク/西岡達也 取材・文/佐藤裕美 ※エクラ2026年10月号掲載

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