時代の巨匠のことを知ると、より感動を味わえる! 「作庭家」でめぐる京都の名庭

2018年9月10日
庭を目的に旅をする。庭にはそんな人を動かす力があります。そしてストーリーや作庭家の人柄を知ることで、庭園をより一層楽しむことができるのもまた魅力のひとつ。日本庭園案内人、鳥賀陽さんの解説とともに、時代が生んだ巨匠たちの代表作をめぐります。
解説するのは…
烏賀陽百合(うがやゆり)さん
京都市生まれ。大学卒業後、淡路景観園芸学校、カナダ・ナイアガラ園芸学校で園芸、デザインを学ぶ。近著に『しかけに感動する京都名庭園』(誠文堂新光社)。

【明治時代】水まわりの天才。明治のカリスマ―七代目 小川治兵衛

作庭家は…
七代目 小川治兵衛(おがわじへえ)

明治から昭和にかけて数多くの名庭を手がけた近代日本庭園の先駆者とされる作庭家。琵琶湖疏水の水と東山の景観を利用した雄大な自然の景色を造り、注目を集める。代表作に平安神宮・神苑や円山公園がある。

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無鄰菴
明治の元勲・山縣有朋の別荘。建物は敷地の端に造り、水の表情を生かした約3135㎡の広大な芝の庭を主体とする。1951(昭和26)年、明治時代の名園として国の名勝に指定されている。
京都市左京区南禅寺草川町31 ☎075・771・3909 8:30~18:00(入場は30分前まで、季節により変動あり) https://murin-an.jp/
水はよどまず流れはさらさらと
トレードマークは飛石&せせらぎ
作庭家の道を開いた最強のコラボ作品
明治から昭和初期に活躍した植木屋「植治(うえじ)」の七代目小川治兵衛の代表作といえば、「無鄰菴(むりんあん)」。明治の元勲・山縣有朋の別邸で自らが指揮をとって造った別荘だ。アイデア豊富な有朋は好みの庭を造るために大胆な構想を提案し、それを見事に実現したのが七代目小川治兵衛だった。境遇のまったく違うふたりだったが、お互いを刺激しあい、一庭職人だった治兵衛はこの仕事で一躍作庭家として注目を集めるようになる。
 有朋は好みがはっきりしていて、よどんだ水が嫌いだったので池は造らず、庭によくある苔も嫌い。そのことを踏まえて無鄰菴は造られており、琵琶湖疏水から引いた水の流れと西洋式の芝生で明るく広々とした庭を表現している。治兵衛はこの庭を造る前に、並河靖之七宝記念館の庭も手がけており、ここにも流れがある。このころは権力を象徴するかのような大名庭園が主流だったので、東山の景観になじむ治兵衛の庭は画期的なものだった。さらに川の向こう岸に渡れるように配された沢渡石と呼ばれる飛石も特徴のひとつで、のちに手がけた平安神宮の神苑でも見られる。
 施主の要望を巧みに自分のスタイルにしていった治兵衛は、最盛期は200人もの職人を抱えていたとのこと。培った技術、施主の意見を取り入れる柔軟性、そして人に好かれる性格もあって、次々と仕事が舞い込み、セレブたちから注文が殺到するカリスマ庭師になっていった。

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