ホスピスドクターと考える、エクラ世代の「悔いなく生きる」方法

2017年6月1日
家族や自分について、大人なら誰しも心に秘めた悩みがあるはず。共感しながらともに考えてくれるホスピスドクター・小澤先生への相談の、いくつかの例をあげてみました。

悩み1.自分の存在を有意義にする仕事がしたい (A.Aさん・53歳)

15年前にがんが見つかり、治療のために天職と思っていた仕事を退職。その後、5年の間に6回の手術を受けました。なんとか回復し、自営なら時間の自由がきくかと、自分で店を始めましたが、無理がたたって心身の調子をくずし……。結局、お店は閉めました。
 同じ病気に苦しんだ人とたくさん出会い、その人たちの中の数人が亡くなりました。死の恐怖を身近で感じ、死の不安がつきまとっています。それを忘れるような、私の存在を有意義にする仕事がしたい。この経験を生かせる仕事はないか? 私にしかできない仕事って? 日々、考えています。

           

【回答】苦しみをわかってくれる人がいるとうれしい。そんな人になってください

 A.Aさん、ポジティブな人ですね。応援したいです。ずっと仕事をされてきたのですね。がんの治療のために退職され、5年間で6回の手術をされて、今は体の問題はないものの、精神的につらいのですね。死の恐怖を身近で感じられたのですね。お店を閉めたあと、今されている仕事も、本来の望みではないのですね。
 大変なとき、人はただ単に苦しむのではないと思います。苦しむ前には気がつかなかった大切な支えに気がつくとき、それがこれからを生きる力になるでしょう。
 そして5年間に6回の手術をされたA.Aさんにしかできないことがあります。それは、同じ病気で苦しんでいる患者さん、家族の力になってあげることです。
「苦しんでいる人は、自分の苦しみをわかってくれる人がいるとうれしい」のです。A.Aさんには理解できるその苦しみを、わかってあげてください。まだまだお若いですし、エネルギーのある人なので、闘病されている患者の会とか。同じように苦しんでいる人の力になれて、"人の役に立てる" とご自身で思えたら、きっと生きていてよかったと自己肯定できるはずです。誰かのために明かりをともせば、自分の前も明るくなります。

       

悩み2.母に告知しなかったことを後悔しています(K.Mさん・47歳)

 母は多発性骨髄腫という病気になり、わずか5カ月で他界しました。検査前、母は告知を希望しましたが、私は、余命2年と医師から告知されたことに愕然とし、母に真実を話すことができませんでした。
 入院中の母はいつも笑顔で明るく、レース編みなどを看護師さんにプレゼントしたり、私や私の子供たち、妊娠中の妹のことなど家族のことを心配してくれていました。一日も早く自宅に帰りたがり、退院する日を信じたまま他界しました。
 母が入院中に書いていたノートを読み、母は正体のわからない病気とひとりで闘っていたことを知りました。病気のことを母に伝えて、一緒に泣き悔しがり、ともに闘ってあげるべきだったのではないか。母にはやり残したこと、伝えたかったことがたくさんあったのではないか。余命をきちんと伝えていたら、母は自分の人生を全うできたのではないか。後悔と自責の念ばかりです。

   

【回答】お母さんはどんな思いでK.Mさんを今、見守っているでしょうか?

 お母さんは多発性骨髄腫という病気でわずか5カ月で他界されたんですね。告知を希望されたけれど、あまりの結果にK.Mさんは話せなかったんですね。告知をして心をひとつにして、一緒に闘ってあげるべきだったのではないか、と。後悔と自責の念が今もあるのですね。
 K.Mさん、亡くなったお母さんは今、どんな思いでK.Mさんのことを見守っているでしょうか。「お母さんだったら、今も後悔している私にどんな言葉をかけてくれるだろうか」と思いをめぐらせてみてください。
 きっとお母さんは、今でもいつも笑顔で明るく、向こうでも誰かにレース編みをプレゼントしたり、K.Mさんのことや家族の皆さんのことを心配してくれていますね。K.Mさんとお母さんは今もつながっています。

   

教えてくれたのは…

めぐみ在宅クリニック院長
小澤竹俊先生
’63年東京都生まれ。’87年東京慈恵会医科大学卒業。’91年山形大学大学院医学研究科医学専攻博士過程修了。救命救急センター、農村医療に従事、’94年より横浜甦生病院内科・ホスピス病棟に勤め、病棟長に。’06年めぐみ在宅クリニックを開院。医療従事者や介護人の人材育成のために、’15年に一般社団法人エンドオブライフ・ケア協会を設立。

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