今、韓国文学がアツい!50代にこそ響く「韓国文学」の魅力に迫る
韓国発のエンタメは私たちの生活に浸透してきたが、文学も今、注目の的。日本語訳本の刊行数が増加し、ハン・ガンのノーベル文学賞受賞を機に勢いを増している。初めての人もきっと興味をそそられる韓国文学の魅力を探る。
ブームの仕掛け人に聞いた!韓国文学の現在地とは?

韓国書籍専門書店『チェッコリ』店主 キム・スンボクさん
キム スンボク●ソウル芸術大学卒業後、日本に留学。’07年に出版社クオンを設立、エージェントとして韓国書籍を日本に多数紹介。東京・神保町の韓国書籍専門書店『チェッコリ』店主でもある。
「日本の小説に影響を受けた、アラフィーの作家たちが元気です」

韓国の本が日本で増加した理由
ハン・ガンの小説を日本に紹介したことで知られるキム・スンボクさん。ハン・ガンがノーベル文学賞を受賞した際は、うれしさだけでなく驚きもあったという。「私たちの書店にお客さまが“よかったですね!”と花束を持っていらしたんです。その多さに驚くと同時に、“韓国文学が日本に浸透しはじめている”と感じました。その後ハン・ガンのすばらしさ――過去のトラウマを考えぬく姿勢や説明しすぎない文章の魅力がたくさんの人に伝わっていくのを実感して、“ノーベル賞の効果はやはりすごい”と思いましたね」
この15年で約20倍増加したといわれる日本語訳の韓国の本。その背景にはいくつかの画期的なできごとがあったという。「ひとつは韓国ドラマ人気。コロナ禍には『愛の不時着』が盛り上がりましたが、あの時期に配信で見てハマり、“そこから小説に興味をもちました”というかたが多いんです。Kポップの影響も大きい。BTSなど韓国のアーティストはインタビューで愛読書について語ることが多いのですが、ファンが彼の心理を知りたくてその本を購入するので、爆発的に売れる。インフルエンサーとしてはトップです」
社会への影響も大きかったのが『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ著)の大ヒット。韓国では’16年に、日本では’18年に刊行された小説だが、“普通の女性”の生きづらさを描いて共感を呼び、ほかの多くの国でも読まれた。
「作者のメッセージがわかりやすく伝わる小説。それまで韓国には“純文学が王道”という雰囲気がありましたが、この本が売れてフェミニズムの機運が高まったことで、純文学と大衆文学の境界がくずれた気がします。最近はエンタメ性の強い小説がどんどん出てきていますね」
日本のカルチャーが好きな作家たち
ハン・ガン世代に実力派がひしめく一方で、若手の台頭も目覚ましい韓国の文学界。キムさんによると“日本文化や日本人作家の影響を受けた”と公言している作家がとても多いという。
「ハン・ガンは’70年生まれですが、彼女の世代は日本のアニメや漫画を見て育ち、Jポップを歌った人たち。日本文化に触れられなくなった時期もありましたが、ゆるやかに解禁された’90年代以降は村上春樹や江國香織、吉本ばなななど多くの日本人作家の作品が読まれ、文学好きに大きな影響を与えています。例えば『ノルウェイの森』を読んで“歴史や社会の問題ではなく自分のことを書いていいんだと思った”といっている作家もいます。とはいえ韓国の作家が“自分のこと”を書くと、背景にある骨太な問題も表れるのですが。最近私は“韓国文学に影響を受けている”という日本の作家や詩人の声をよく耳にします。日韓が影響しあってそれぞれの文学がある今は、とてもいい時期なのではないでしょうか」
その世界観に深く浸りたい「ハン・ガン」作品5選

ハン・ガン
’70年、韓国・光州(クァンジュ)生まれ。父は著名な作家のハン・スンウォン。延世大学国文科卒業。’94年にソウル新聞の新春文芸に短編小説が当選し、小説家デビュー。ノーベル賞受賞前はソウルで書店も経営。交流のある韓国書籍専門書店『チェッコリ』店主キムさんいわく「ていねいな人という印象。本のイベントを開催したり歌を歌ったり、マルチな表現者です」。

亡き姉の記憶から想像が広がる散文

『すべての、白いものたちの』
ハン・ガン 斎藤真理子/訳
河出文庫 ¥935
白いものたちとは、おくるみ、うぶ着、寿衣(死者に着せる白い衣)など。本書の中心にあるのは出生直後に亡くなった実姉への思いだ。“自分が生きていること”を根源から見つめた作品集。繊細な文章の力も味わいたい。
ハン・ガンの名を一躍広めた鮮烈な小説

『菜食主義者』
ハン・ガン きむ ふな/訳 クオン
¥2,420
突然肉食を拒みはじめたヨンヘを見つめるのは彼女を理解できない夫、ヨンへに複雑な欲望を抱く義兄、ヨンへの保護者的な存在の姉。3人を通して描かれるヨンへの姿は、生きるために殺すことについて鋭く問うているよう。
音楽好きな素顔が見えてくるエッセー集

『そっと 静かに』
ハン・ガン 古川綾子/訳 クオン
¥2,420
幼い息子と音楽に合わせて踊ったことなど、音楽をテーマに思いをつづったエッセー集。「紙のピアノ」にはかつての母とのすれ違いが描かれ、せつない。巻末のQRコードにアクセスすれば著者の自作の朗読を聞くことも。
女性ふたりの対話で描かれた“あの悲劇”

『別れを告げない』
ハン・ガン 斎藤真理子/訳
白水社 ¥2,750
作業中に指を切断した友人・インソンに頼まれ、作家のキョンハは済州島のインソンの家に向かうが、大雪の中たどりついて体験したこととは。済州島4・3事件で深い傷を負った人々の悲痛な思いが響き渡る力作長編。
過酷な経験とその後を描いた鎮魂の書

『少年が来る』
ハン・ガン 井手俊作/訳 クオン
¥2,750
’80年の光州事件を題材にした小説。軍部の弾圧で絶命した少年やその遺族、後遺症で苦しむ女性などを語り手に、事件の実相をあぶり出していく。痛めつけられた心と体、終わらない苦しみについて考えさせられる。
“ポスト”ハン・ガン!? 今、注目するべき女性作家3名
ハン・ガンのノーベル文学賞受賞を機に勢いを増している、韓国の文学。“ポスト”ハン・ガンと注目してほしい女性作家をご紹介。
ピョン・ヘヨン

ピョン・ヘヨン
’72年、ソウル生まれ。日常に潜む恐怖や不条理を独特の想像力で描く作家。『モンスーン』は韓国で有名な文学賞を受賞した作品が複数入った一冊。表題作には団地で暮らす夫婦が互いに疑念を抱く様が描かれている。
©キム・ビョンクァン
©キム・ビョンクァン
『モンスーン』

ピョン・ヘヨン 姜 信子/訳
白水社 ¥2,200
キム・スム

キム・スム
’74年、蔚山(ウルサン)生まれ。韓国で実際に起きた事件を背景にそれに巻き込まれた人々の思いを描いた作品が多い。『Lの運動靴』は’87年の民主化運動で死亡した男子大学生Lがその日履いていた靴を28年後に修復する話。
©Hungku Kim
©Hungku Kim
『Lの運動靴』

キム・スム 中野宣子/訳 アストラハウス
¥1,980
キム・エラン

キム・エラン
’80年、仁川(インチョン)生まれ。セウォル号事件を背景に、喪失を描いた『外は夏』が代表作。“普通の人々”を見つめ、寄り添うように描くことで知られる。邦訳最新作『唾がたまる』は20代の著者を思わせる人物が登場する短編集。
『唾がたまる』

キム・エラン 古川綾子/訳
亜紀書房 ¥2,420
韓国文学の“今”を読み解くキーワード
韓国文学の背後にある社会の現状や最近の流れを理解すれば、より読書体験が深まること必至!
ライター、翻訳者 伊東順子
いとう じゅんこ●愛知県生まれ。’90年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。’17年同人雑誌『中くらいの友だち―― 韓くに手帖』(皓星社)を創刊。著書に『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』『続・韓国カルチャー 描かれた「歴史」と社会の変化』(ともに集英社新書)など多数。
その後の人生をも左右してしまう!?【受験戦争】
青春小説はもちろんのこと、SFやエッセーなどでも重要な要素として描かれることが多いのが受験戦争。
学歴重視の韓国では、名門大学を卒業後大企業に勤めるのが成功とされるからだが、「試験の方法は変わってきています」と伊東順子さん。
「最近は名門国立大学でもAO入試(自己推薦型入試)で入る人が6割。早めにAOで決まる人が多く、一斉入試に挑むのはそれにもれた人たちです。ただこの方法には大きな問題も。AO入試で重要視されるのがポートフォリオ(履歴書)で、そこに海外留学経験やコンクールの受賞歴などをたくさん書くことが大事。つまり、子供にお金を使える裕福な親をもつと有利なんです。もとの一斉入試に戻そうとする動きもありますが……。
そんな受験システムから生まれる悩みも、いろいろなエンタメに反映されていますね」

(左から)
『どれほど似ているか』
キム・ボヨン 斎藤真理子/訳
河出書房新社 ¥2,530
10編のSFのうち「0と1の間」は受験に狂信的な母と価値観が違う娘の話。タイムマシンをモチーフにわかりあえないふたりの対立を浮き彫りにしている。
『ミカンの味』
チョ・ナムジュ 矢島暁子/訳
朝日新聞出版 ¥1,760
中学校の映画部で仲よくなった女子4人。高校入試を前に個々の事情があらわになって……。『82年生まれ、キム・ジヨン』の著者が厳しい試練の中での友情を描く。
かけ離れた次元から現実を見直したい?【SFの世界】
今、韓国文学で“一番盛り上がっている”と評判なのがSF。ゾンビものや青春もの、フェミニズムや環境問題を含んだものなど多彩な作品が登場。
「韓国のSFは、設定は未来などでもヒューマニズムや人間くささを感じさせるものが多い。それが大きな特徴だと思います」(キム・スンボクさん)

『派遣者たち』
キム・チョヨプ カン・バンファ/訳
早川書房 ¥2,970
主人公は地下で暮らすテリン。正体不明の菌類に汚染されて住めなくなった地上に憧れるが、それを阻むものが。人類以外との共存や自我について考えさせられる長編小説。
『カクテル、ラブ、ゾンビ』
チョ・イェウン カン・バンファ/訳
かんき出版 ¥1,760
4編のうち表題作は父に憎悪の混じった愛情を抱いていた娘が、ゾンビ化した父に母とともに向き合う話。残忍なシーンもあるが、母娘の気持ちを想像すると思わず涙が。
『千個の青』
チョン・ソンラン カン・バンファ/訳
早川書房 ¥2,200
車椅子ユーザーの姉とロボット研究者の夢をあきらめた妹。ふたりと千個の単語しか知らないロボット騎手が出会ったことで生まれた奇跡とは。 青春と連帯を描いた感動作。
映画やドラマだけじゃなかった【熱くて暗い】
韓国のドラマや映画でよく目にするのが残虐な場面や怖い場面。
「つらくなる場面を徹底的に描く傾向は最近のミステリーにも。『記憶書店』や『破果』もそう。これらの舞台は現代ですが、歴史ミステリーなども出てきました。今、楽しみなジャンルです」(キムさん)

『破果』
ク・ビョンモ 小山内園子/訳
岩波書店 ¥2,970
主人公は60代の女殺し屋・爪角(チョガク)。仕事で以前ならありえなかったミスを犯すが、それは忍び寄る老いのせいなのか? 彼女の迷いや男たちへの怒りがリアルで共感を呼ぶ。
『記憶書店 殺人者を待つ空間』
チョン・ミョンソプ 吉川 凪/訳
講談社 ¥2,310
15年前、妻と娘の命を奪った犯人が“古書マニア”だと気づいた大学教授のユ・ミョンウ。古書店を開いて犯人をおびき出すが……。ラストまで緊張しっぱなしのミステリー。
大都市・ソウルの永久不滅のテーマ【不動産問題】
小説にかぎらず、韓国のエンタメの背景によく出てくるのが、マンションなどの集合住宅や不動産の問題。
独自の賃貸システム“チョンセ”や“半チョンセ”は資産形成の方法ともつながり、うまくいくと暮らしをランクアップできるので、誰もがシビアに考えている。
「独裁政権時代、都市開発の情報は大統領周辺の人たちが独占していたのですが、民主化によって情報の公開が進みました。それによって一般の人々が不動産投資に参加するようになり、競争が加熱しました。韓国は“不動産階級社会”といわれますが、家が階層を表すことで、貧富の差が明確となり、それが教育や就職にまで影響することに。社会に光と影を与えている問題ともいえます」(伊東さん)

『ソヨンドン物語』
チョ・ナムジュ 古川綾子/訳
筑摩書房 ¥1,870
不動産売買で成功した親とその恩恵を受けた子、憧れのマンションを手に入れたのに悩む夫婦など、不動産をめぐる悲喜こもごもを描いた連作短編集。
『こびとが打ち上げた小さなボール』
チョ・セヒ 斎藤真理子/訳
河出文庫 ¥1,430
舞台は’70年代のソウル。「こびと」一家は都市開発のため住まいを追われ、経済成長下の社会の底辺で生きのびていく。’78年刊行で今も売れ続けている小説。
がんばらない、ありのままが合言葉【身近な幸せ】
韓国でよく売れているのが“肩の力を抜いていいんだよ”というメッセージの本。
「韓国の人たちは、がんばらなければという意識が強いだけに疲れることも。だからそういう本が売れている気がします。韓国で東野圭吾さんの『ナミヤ雑貨店の奇蹟』がヒットしたのもその流れかもしれませんね」(伊東さん)

『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』
ファン・ボルム 牧野美加/訳
集英社 ¥2,640
ヨンジュがソウル市内に開いたのは小さな書店。そこにさまざま悩みを抱いた人たちが集まり、次の一歩を考えはじめる。’24年本屋大賞翻訳小説部門第1位の小説。
『あたしだけ何も起こらない“その年”になったあなたに捧げる日常共感書』
ハン・ソルヒ 藤田麗子/訳
キネマ旬報社 ¥1,595
結婚へのプレッシャーが消えて生まれたモヤモヤ、頑固になることへの恐れなど、エクラ世代あるあるをユーモラスにつづったエッセー集。著者はまるで身近な友人のよう。
『心がそっと傾く』
ナ・テジュ 黒河星子/訳
かんき出版 ¥1,760
詩集『花を見るように君を見る』が大ヒットした詩人の最新作は、BTSのRMが愛読していることで知られる作品も収録。愛や人生について素直な気持ちで考えたくなる。
ライター、翻訳者 伊東順子さんに聞きました
文学、ドラマ、映画……
物語の背景にある韓国社会事情とは?
韓国在住30年以上の伊東順子さん。彼女が考える韓国社会最大の特徴は「休戦状態とはいえ戦時下にあること」だという。
「昨年12月に尹(ユン)大統領が非常戒厳を宣布しました。すぐに解除はされましたが、改めて韓国は休戦状態とはいえ、準戦時下の国であることが思い知らされました。ふだんはみんな忘れていますが、やはり頭のどこかに緊張感がある。日本とはまずそこが違いますね」
朝鮮半島を南北に分断して起きた朝鮮戦争の前には、日本の支配下に置かれていた韓国。独立後は独裁政権が長く続いたため、その歴史は民主化への歩みと重なる。
「済州島4・3事件や光州事件など、口にするのがタブーとされたほど多くの犠牲者を出した民主化運動を経て、今の韓国がある。林立するタワマンやかっこいい俳優などキラキラした部分に目がいきがちですが、そこにいたるまでには苦難の歴史があり、それを描いたエンタメもたくさんあります。また、急速な経済発展がもたらした弊害もありました。’14年に起きたセウォル号沈没事故では、それが浮き彫りになりました」
250人もの高校生の命が奪われ、日本でも連日ニュースになったこの事故。当時韓国社会で広がったのは「沈みゆく船をテレビで見ているだけで子供たちを救えなかった」という大人たちの自責の念であり、国への怒りだったという。
「沈没の原因は船の過積載や船員の経験不足などでしたが、そこから見えたのは自由競争の弊害。大人たちは“子供たちがその犠牲になった”と感じ、事故への対応が信じられないほど遅れた国に憤ったんです。つまり、民主化が進んで経済が発展しても“国民に対する国の責任感は足りていなかった”と気づいた。この事故をいろいろなかたちで書いた作家は多く、“セウォル号以後文学”という言葉も生まれたほどです」
今もさまざまな問題を抱え、経済は停滞ぎみといわれる韓国。ただエンタメやファッションに関しては相変わらず活気があり、日本への影響も大きい。そんなこの国の底力について、伊東さんは著書『韓国 現地からの報告』で“とても勤勉な人々、それを可能にする強靭な肉体、その基本にある健全な食生活”と述べている。
「韓国には上昇志向の強い人が多い。今の暮らしをよくしたいと思うから、受験も仕事も資産形成も女性の権利向上もがんばるんです。デジタル化が進んでいるのも、中高年を含めた一般の人たちが“便利ならマスターすべき”とスマホなどを使いこなしているから。このことに関しては、日本の中高年は及び腰な印象があります。韓国の人たちはがんばりすぎて衝突を招くこともあるけれど、意欲的だからいろいろな面で発展していく。そんなお隣の国の文化に触れることは、自分の頭で違いや共通点について考えることにつながります。特に小説はそれを助けてくれるのではないでしょうか」
韓国文学ラバーが熱く魅力を語る「私のおすすめの、この一冊!」
「ここ10年ほどは女性作家が元気」といわれる、韓国の文学界。韓国文学好きがチョイスした作品を読むと、元気の理由が見えてくる!
作家 金原ひとみさん

作家 金原ひとみさん
かねはら ひとみ●’83年、東京都生まれ。’03年『蛇にピアス』(集英社)でデビュー。翌年同作で芥川賞を受賞。『ナチュラルボーンチキン』(河出書房新社)など著書多数。
「ふんわりとしたさわり心地の中にある恐ろしさ、底の知れなさがやみつきに」ーー作家 金原ひとみさん
金原さんが韓国文学に興味をもったのは『82年生まれ、キム・ジヨン』を読んだのがきっかけ。『もう死んでいる十二人の女たちと』は新聞の書評委員をやっていたときに取り上げた本で「非現実的な設定もあるけれど、リアルな感情から生まれていることがわかる物語ばかりだった」という。「地に足がついていないようでありながら、実際には別の世界に足をつけ、つま先立ちになって現実をのぞき込んでいることで“こんな角度から見るとこんなものがこんなふうに立ち現れてくるのか”と思わせる感じ。トリックアートや3Dのような、酔うのに似た読書体験をさせてもらいました。物語と現実との関係性が、日本の小説とも欧米の小説ともちょっと違う、独特の雰囲気が著者の小説にはあって、ふんわりとしたさわり心地の中にあるおぞましさ、恐ろしさ、底の知れなさがやみつきになります」
韓国文学を読むと「日本とは問題意識や精神性、想像力にとてもよく似ているところとまったく違うところがあるのを実感できる」とその魅力を分析。
「わかるようで意外とわからない、わからないようでよくわかる、という絶妙な近さと遠さを感じられるところが味わい深いと思います」
『もう死んでいる十二人の女たちと』

パク・ソルメ 斎藤真理子/訳
白水社 ¥2,200
光州事件や福島第一原発事故、女性殺人事件などがモチーフになった、8編からなる短編集。過酷なできごとや暴力が描かれているが、どこか幻想的な味わいも。独特の想像力が駆使された、著者の代表的な作品。
文芸評論家 三宅香帆さん

文芸評論家 三宅香帆さん
みやけ かほ●’94年、高知県生まれ。大学院在学中に『人生を狂わす名著50』(ライツ社)を出版。『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)が大ヒット。
「新しい関係が価値観を変えることがあるのかもと思えた」ーー文芸評論家 三宅香帆さん
三宅さんにとって“母と娘”はもともと興味をもっていたテーマ。いろいろと読んできたが、この小説のおもしろさは「母視点で娘への葛藤を描いているところ」だという。
「例えば娘は大企業に就職せず博士課程に進もうとしたり、同性のパートナーと生きていこうとしたり。母からすると、彼女は自分の価値観からはずれた幸福を追い求めているんです。だから母は“娘はいつか後悔するのでは”“自分だけが娘の不幸を止められるのでは”と思い悩む。そんな葛藤は、ある意味普遍的な親子の姿だと感じます。すばらしいのは、家族の中に他者が入ってくることによって、少しずつ母の価値観がとけていくところ。決して予定調和ではないのですが、“こういうふうに新しい関係が価値観を変えることがあるのかも”と思えました。だから、つらいだけでなく希望をもてる物語になっています」
韓国文学好きの三宅さんの目から見ると、韓国の女性作家にはこんな特徴が。
「日常のこまやかな描写がとても上手。女性の葛藤も生活とともに描かれていて、キャラクターも生きている。だからすんなり感情移入できるのだと思います」
『娘について』

キム・ヘジン 古川綾子/訳
亜紀書房 ¥2,090
老人介護施設で働く「私」は、同性愛者の娘とその“彼女”と共同生活をすることに。娘を理解できず苦悩する「私」だったが、老いへの不安も募ってきて……。揺れ動く「私」の気持ちをリアルに描いた長編小説。
『フィフティ・ピープル 新版』

チョン・セラン 斎藤真理子/訳
亜紀書房 ¥2,420
「主人公は51人。でもちゃんと収拾がついたユニークな小説」
ーー書評ライター 細貝さやかさん
「51人の話は日常の一端を短く切り取ったものなのに、そこから人生が見えてくる。なんのかかわりもないと思えた人々の人生が交差し、影響しあっていることに気づかされました。最終話を読み終えたあと、“登場人物が多すぎて収拾がつくの!?と疑ってごめんなさい”と著者に平謝りしたくなったくらい。韓国文学には社会の問題点がダイレクトに伝わってくるものが多いけれど、主張をユーモアやウイットでくるんだこういう小説もぜひ知ってもらいたいです」
書評ライター 細貝さやかさん
ほそがい さやか●エクラで書評ページを担当。特に韓国文学をはじめとした外国文学やノンフィクションに精通。
『ギリシャ語の時間』

ハン・ガン 斎藤真理子/訳
晶文社 ¥1,980
「孤独とは、言葉とはと考えさせられました」
ーー書評ライター 山本圭子さん
「語り手は突然言葉を失った女性と少しずつ視力を失っていく男性。ふたりの現在と過去が折り重なるように語られた切実な物語です。ふたりともなぜこんなにも孤独なのか――それを読み手に考えさせるように、著者は彼らの内面を繊細に描いていきます。読後に感じたのは“言葉は万能ではなく、そもそも人に圧を与えるような性質がある”ということ。光が見えるラストまでじっくり読んでいただきたい、ハン・ガン入門書としてもおすすめの一冊です」
書評ライター 山本圭子さん
やまもと けいこ●エクラで著者インタビューなど本のテーマを担当。最近は韓国文学を読みふける日々。
『滞空女 屋根の上のモダンガール』

パク・ソリョン 萩原恵美/訳
三一書房 ¥2,200
「主人公の素朴な怒りが伝わり号泣しました」
ーーライター・コラムニスト 渥美志保さん
「韓国の小説には時に書き手の中の“激しい何か”が感じられます。『滞空女』もそういう作品のひとつ。煙突など高い所に登って行う韓国独特のデモの手法を、女性で初めてやった人がモデル。学も金も家柄もない彼女が、自分や仲間たちへの社会の理不尽な仕打ちに対し何かせずにはいられない姿に号泣しました。“なぜ私たちがこんな目に?”という素朴な怒りは当然だと思え、韓国の民主主義の草の根の力を見せつけられた気がしました」
ライター・コラムニスト 渥美志保さん
あつみ しほ●韓国の映画・ドラマ・文学に精通。著書に『大人もハマる!韓国ドラマ 推しの50本』(大月書店)。
『ショウコの微笑』

チェ・ウニョン 牧野美加、横本麻矢、小林由紀/訳 吉川 凪/監修 クオン
¥2,750
「歴史と現在、家族の絆など韓国らしさが感じられます」
ーー『チェッコリ』宣伝担当 佐々木静代さん
「韓国文学の特徴のひとつは短編の力強さだと思いますが、ここに収められた7編もそう。歴史と現在、家族の絆、人と人との距離の近さといった“韓国らしさ”が感じられるので、初めて手にとるかたにもおすすめです。また社会問題から生まれる葛藤を、心のひだまでていねいに描写したものが多いのも韓国文学。そこにいきいきとした会話や複雑な人間関係などが加わるので、読む人を一気に物語に引き込むのではないでしょうか」
『チェッコリ』宣伝担当 佐々木静代さん
ささき しずよ●韓国書籍専門書店と出版社で宣伝・広報を担当。文学だけでなく韓国エンタメ全般に詳しい。
『春の宵』

クォン・ヨソン 橋本智保/訳
書肆侃侃房 ¥1,980
「人の痛みややりきれなさがお酒に溶け込んでいる」
ーー翻訳家 藤田麗子さん
「著者は愛飲家として知られていますが、本書の7編すべてに“お酒を飲む人々”が登場します。どのお酒にも痛みややりきれなさが溶け込んでいて、居心地の悪さを感じる展開もあるものの、人間くささや救いがかいま見えるところが魅力。また、“何をつまみに酒を飲むか”というペアリングへのこだわりも韓国らしくておもしろい。つぶ貝のあえ物に生ビール、ヌタウナギにはビールと焼酎を混ぜた爆弾酒……。お酒を飲みながら読み進めたくなる本です」
翻訳家 藤田麗子さん
ふじた れいこ●日韓でヒットした『大丈夫じゃないのに大丈夫なふりをした』(ダイヤモンド社)などを翻訳。
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春は何を着るのがおしゃれ?着るものに迷わない「50代の春コーデ」7選
春の訪れとともに、何を着ればいいか迷う季節。春のトレンドアイテムを取り入れつつ大人の上品さと華やかさのある50代のための春コーデ。
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