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【夏の文芸エクラ大賞】世界観にどっぷり浸れる長編作「没入!ザ・物語賞」4冊
’24年6月~’25年5月の一年間に刊行された文芸作品から、エクラ読者に読んでほしいと本音でおすすめできる本を選んだ「文芸エクラ大賞」。今回は世界観にどっぷり浸れる長編作「没入!ザ・物語賞」受賞作品を紹介。
エクラ世代の作家に聞く、本と読書とその周辺。「村田ワールド」をつくった 読書体験とは?〈村田沙耶香さんインタビュー〉
女性の人生にはいろいろな“労働”があるけれど……
芥川賞を受賞した『コンビニ人間』などの小説が翻訳され、世界中にファンを増やしている村田沙耶香さん。最新作『世界99』は性格のない人間・空子の人生を追った長編小説だが、彼女の特技がすごい。“呼応”と“トレース”を駆使して、地元や職場などそのとき自分がいるコミュニティにふさわしい人格をつくり上げるのだ。目ざすは“安全で楽ちんに生き延びる”。
「例えば今日私はこういう(シックな)ワンピースを着て取材を受けていますが、海外のイベントに参加すると、作家が“地球のことを考えている姿”を求められていると感じて古着がいいのかなと思ったり。空子のように上手ではありませんが、そういうとき“周囲に呼応している”とか“日本人的な反応?”などと感じます」
性格のない空子だが、多くの人とは違う特徴がある。それは所属するコミュニティのどこにも重心を置かず、世界①、世界②などと並列にとらえていること。「空子をそう書いたのはSNSの影響だと思います。SNSでアカウントを使い分けていると、コミュニティによって流れている話題が違うのがわかりますが、空子はその複数の流れを反復横跳びしているよう。同じ時間を生きているのに、属している場所によって情報や心の反応にズレがあることに興味がありました」
そんな空子の物語は徐々に予想外の方向へ進んでいく。きっかけになるのがふわふわの毛とつぶらな目をもつかわいい生き物ピョコルン。最初はペットだったが、技術が発達して出産を担える道具になり、世の中も空子の生活も激変する。「小さいころの記憶で今も鮮明なのが親戚に“この子は(骨盤が)安産型だ”といわれたこと。疑問を感じましたが、“女性はいずれ出産する”という流れには逆らえない気がしました。やがて“少なくとも母は逆らえなかったのだ”と思い、彼女の人生について考えるように。空子の母親もそうですが、“母親”は子供の世話や家事など名前のない労働が多い。それらは尊いと美化されがちですが、実は搾取されているのでは、と。ならば、そういうものを背負ってくれる生き物がいたらもっとみんなが生きやすい世界になる?と思ったんです。でも、書き進めるうちに意外な話になりましたね」
本を読むことと楽譜を見て演奏することは似ている
幼少期は「内気で周囲になじめず、家族と仲は悪くないのに家の中でもちょっと寂しかった」という村田さん。本を読むようになって最初に衝撃を受けたのは、ジュール・ルナールの『にんじん』だった。「“大人はだいたい自分たちに都合のいいように私たちを育てようとしているし、ある種の本にもそういう洗脳が埋め込まれている”と思っていたんです。なのに『にんじん』に書かれていたのは、少年の残虐さや母親との不仲。“こんなに救われない物語がこの世にあっていいんだ”と思えて、初めて本を信じられました。あのころは希望より絶望に救われる読書を求めていた気がします」
小学生のころから漫画も好きで、小説への影響も「めちゃくちゃある」そう。「大島弓子さんは永遠の神です。岡崎京子さんや南Q太さんの漫画もよく読んでいました。日渡早紀さんの『ぼくの地球を守って』や清水玲子さんの『秘密―トップ・シークレット―』など、SFっぽいものも愛しています。考えてみれば“普通の生活からナチュラルにSFの世界に入っていく感じ”は私のいくつかの小説と共通していますね」
人生の転機になったのは、山田詠美さんや松浦理英子さんの小説との出会い。「高校時代に山田詠美さんの『蝶々の纏足・風葬の教室』を読むまで、男女が対等に恋愛できると思っていなかったんです。親が古い考え方だったのか、見たり読んだりしたもののせいなのかわかりません。大学生のころに読んだ松浦理英子さんの『ナチュラル・ウーマン』や『親指Pの修業時代』は今でも大切な小説。当時私は“女性”であることに苦しみを感じていましたが、松浦さんの小説を読んで自分の体を取り戻したような、救われたような気がしました」
ここ数年の読書で心に残っているものをたずねると、最初に名前が出たのは韓国の女性作家の小説2冊。
「『大丈夫な人』には、今まで言語化されていなかった女性の不穏な感覚が存在しています。例えば、すごく親切でも自分より体が大きい人に対して恐怖心を抱くとか。『明るい夜』は、その背景にある韓国の歴史とともに、女性同士のやりとりや母と娘の距離感など細部がいきいきと書かれている。そこが好きでしたね」
『わたしたちが火の中で失くしたもの』と『とるに足りない細部』も刺激を受けた翻訳小説だが、どちらの著者とも海外のイベントなどで対話した経験が。
「『わたしたちが火の中で……』を書いたマリアーナさんとは“奇想作家同士”ということで対談しましたが、彼女の原点にあるのは社会的なできごと。実験と妄想しているだけの私とは全然違うことがわかっておもしろかったですね。『とるに足りない細部』はアダニーヤさんが長い年月をかけて書いた小説。“沙耶香は本を出すペースが速い”と驚かれましたが、私のヒアリングが正しければ、1作に11年かけたと聞き、逆にびっくりしました」
日本の小説で名前があがったのは、待川匙さんの『光のそこで白くねむる』。
「とにかく文体が私の好みなんです。この作品のように偏愛的に好きな本を読むと、とにかく脳が言語に喜んで音楽が流れ出る感じがする。同じ楽譜を見て楽器を演奏しても流れ出る音楽は人それぞれですが、それと似ている気がします」
希望に救われる読書もあるけれど絶望に救われる読書もあると思う
本棚を眺めているだけでも読書です!
村田さんのお話をうかがっていると、本との必然的なつながりがよくわかる。ただ「読むのが遅いため読みたい本が増える一方」という悩みもあるよう。
「好きな作家さんがエッセーで紹介していた本や信頼できるかたからおすすめされた本を読むことが多いのですが、読むのが追いつかないのでため込んでいて……。だから私の部屋には“まだ読めていない、たぶんすごくセンスのいい本棚”ができているんです(笑)」
そこには『本は読めないものだから心配するな』という絶妙なタイトルの本も。
「作家の柴崎友香さんに“読んだら元気が出るよ”とすすめられた本。ある先輩作家さんが“本棚の本のタイトルを見ているだけでも読書である”とおっしゃっていたのですが、その言葉も含めて“読みたいという気持ちがあるだけで本とつながっているんだ”と思えて勇気づけられたんです。本を買うのは書店が多いのですが、“書店員さんの手書きポップが好きでポップの言葉に弱い”というのがその理由のひとつ。私は長くコンビニでアルバイトをしていましたが、そのときよくポップを書いていたからかもしれません」
執筆は「カフェやファミレスなどざわついたところが集中できる」といい、読書も「人間関係などを把握する小説の序盤は必ず外出先で」と語る村田さん。
「家にいると仕事とは関係ない妄想ばかりしてしまって。だから外出するときはパソコンや本、資料を詰め込んだキャリーケースと一緒のことが多い。今日も“このあとどこかで原稿を書くぞ”という意気込みで、大荷物を持ってきています」
“村田ワールド”全開!世界観にとことん浸れる
『世界99』上・下
村田沙耶香
集英社 上・下 各¥2,420
性格のない「空子」の一生と、都合のいい道具を生み出した人類の“その先”を描く。究極の発想はどこかダークユーモアすら感じるほど。「書きながら今までにあったことをいろいろ思い出して、筆が止まらなくなった。だから空子の大学時代までを書いた第1章が長いんです(笑)」と村田さん。
村田沙耶香さん
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