【ルイス・キャロルの「不思議の世界」へ!】銅版画家・山本容子×歌人・穂村 弘 特別対談「別世界の入口に立って――」

2026年のエクラのカレンダーは、山本容子さんが『不思議の国のアリス』にインスピレーションを得て描いた作品群がテーマ。ワンダーランドについて語りあうお相手は、独特の世界観を繊細に描く歌人・穂村弘さん。画家が描くワンダーランドを、歌人はどう読みとるのか? 歌人の言葉は、画家にどう響くのか? そしてなぜアリスはこんなにも、私たちを惹きつけるのだろう?
Profile
山本 容子

山本 容子

やまもと ようこ●’52年、埼玉県生まれ、大阪育ち。’78年、京都市立芸術大学西洋画専攻科修了。都会的で洗練された作風で、独自の世界観を確立。銅版画家として作品を制作する一方、村上春樹氏とのコラボレーションなど、数多くの書籍の装幀、挿画を手がけてきた。’25年に画業50周年を迎えた。
穂村 弘

穂村 弘

ほむら ひろし●’62年、北海道生まれ。’86年、連作『シンジケート』で第32回角川短歌賞次席。システムエンジニアとして働きながら創作を続け、エッセーや小説も執筆。現代短歌を代表する歌人に。42歳で会社をやめ、現在は歌人としての活動に専心している。近刊に『短歌のガチャポン、もう一回』(小学館)。
山本 容子と穂村弘

おふたりの対談は、『MOMASコレクション 特集:デビュー50周年記念 山本容子』の展示をこの夏開催した埼玉県立近代美術館で行われた。美術館がコレクションする椅子の中から、山本容子さんが座ったのはgrafが手がけた「XL(プランクトン1.8)」。シンプルな椅子を1.8倍のサイズに拡大した椅子は、座ると小さくなったかのような目の錯覚が起こり、まるで縮んだアリスのように。

穂村弘さんと椅子に座る山本容子さん

「時代の空気感を打ち破る作家性に感動した」(穂村)

山本 この夏、ここ、埼玉県立近代美術館に私の展示を見にきてくださって、ありがとうございます。

穂村 山本さんの初期の足跡がたどれる展示だったので、おもしろかったです。

山本 私のデビューから13年間の作品を、時間軸に沿って順番に展示してくださったんです。

穂村 ああやって初期のころからの紆余曲折というか、プロセスを見ることができて、どきどきしました。

山本 数カ月単位でどんどん変化していた時代ですから(笑)。

穂村 デビューを飾ったあのバンドエイドの作品は’70年代ですよね。世界的にウォーホールが大ヒットしていたころで、日常的な物体を素材にしているところは、時代性が強い、ともいえる。でもそこから容子さんの作家性が時代の空気感を食い破って、拡大されていくのがすごくよくわかった。文学性や音楽性、哲学性みたいなものが、僕がふだん見ているものに比べてすごく強いから、とても興奮しました。

山本 ありがとう。私は私で、歌人・穂村弘さんがデビューしたころからのファンなんです。初歌集『シンジケート』を読んだときに、デビュー当時の私の気分と共通するものを感じました。失礼な言い方になりますけど、つまらないこととかしょうもないことを、すごく真剣に、歌にしてますよね(笑)。言葉遊びとか、短歌のタブーだった言葉の拾い方をしていて、そこにものすごいリアリティがある。すごく繊細だし。

穂村 あれを出したのは35年前です。僕はまだ20代後半でした。

山本 穂村さん、まわりの思惑は感じるけど、そういうものは全然気にせず自分のやりたいことしかやらない、という作風ですよね(笑)。

穂村 いや、でも僕は何か期待されているとか、薄々感じたりはしていますよ(笑)。

山本 私は全部、裏切ってきました。

穂村 平気なんですね。

山本 全然平気。だって私を生きるのは私しかいないと思っていましたから。尊敬する画廊の女主人がいったんです。『ジャーナリストが時代をつくるのではない。作家がつくるんだ』って。だからジャーナリストとかまわりが期待しているようなところはあえてはずす、というチャレンジを続けてきたんです。

穂村 なるほど、わかります。

山本 美術館にはよく行くんですか?どんなものがお好きなの?

穂村 好きな作品は高価だし、大きすぎて家には飾る場所がない(笑)。というのは冗談ですが、僕は芸術作品を見る目がないから、脳で補完して情報で興奮するタイプです。邪道かもしれませんが(笑)。ですから絵そのものよりも、シュールレアリズム全盛時の展覧会チケットとか、大昔の舞台のチラシとか。ただの紙切れなのに、歴史の証言者のように感じて、ヤフオクで入札したり。それに、過去のアーティストがつくったカレンダーなんかもコレクションしています。実用品のはずなのに今や役に立たない、そんな匂いがすると、ときめきが増すんです(笑)。

山本 私もパリに行くと、古書店に行って昔のレストランのメニューを探します。『メニュー』というコーナーがあって、そういうものを愛めでる文化があるんですね。活字や印刷技術がレトロで、しかも有名な画家が絵を添えた銅版画がたまに見つかったりするの。

穂村 いいですね。そういう好み、ちょっと似ていますね(笑)。

山本容子さんと椅子に座る穂村弘さん

「謎がいっぱいあるから描くのが楽しいの」(山本)

山本 来年のエクラのカレンダーは、私が以前描いた『ふしぎの国のアリス』の作品を使ってつくりました。

穂村 アリスといえば、ジョン・テニエルの挿画が有名ですね。

山本 最初に描いたのは、子供向けの英語教材用。アリスといえばテニエルさんの絵のイメージが強いし、私にも刷り込まれているから、そこから脱却するのに時間がかかりました。

穂村 やっぱり、特別な物語ですよね。『銀河鉄道の夜』とか『星の王子さま』と同じで、アリスという言葉に無数の意味が存在している。

山本 アリスは頭の中でくるくるくるくる、いろんなこと考えるから。物語の中に私も入り込んで、アリスの問答に引っぱり込まれて、私自身も答えを出さないといけないの。気を失ったトカゲを“さて、私はどうやって描けばいいの?”って。

穂村 気を失ったトカゲ、見たことないですものね(笑)。

山本 でも、描くのよ。冒頭の、アリスが穴に落ちていくところだって、アリスは猫のエサとかネズミのこととかコウモリのこととか考えながら、ゆっくりゆっくりと落ちていく。

穂村 なるほど、CAT・RAT・BATって韻を踏んでいるんだ。

山本 そういう謎がいっぱいあるから、描いていて楽しいのね。

穂村 『鏡の国のアリス』も好きです。子供のころ、合わせ鏡をのぞき込んで、ここに無限とか永遠がある、と気づいて、気が遠くなった。大人になると忘れてしまうけど、子供のころのあの、永遠ってあるじゃん、という感覚は、たぶんアーティストの中に眠っていて、随所に顔を出すんじゃないかと。

山本 私も子供のころ、鏡をのぞき込んでどこまで見えるんだろう?って。それとまったく同じシーンから、『鏡の国のアリス』は始まるの。

穂村 実は僕、ルイス・キャロルの『スナーク狩り』を翻訳したことがあるんです。僕の英語力ではとても太刀打ちできない作品だったけど、挿画がトーべ・ヤンソンだったので、このふたりの名前の隣に翻訳者として名を連ねたい一心で(笑)。自分の仕事にするために、長歌形式で訳しましたけど、大変でした。

山本 そういえばこの前、穂村さんの本の中に、好きな言葉があったの。

穂村 なんですか?

山本 この世の中、ワンダーとシンパシーでできているって。『不思議!』ってワクワクするのが好きな人たちと『なるほどねー』って共感を覚えて安心する人たち、この2種類があるのではないか、って。

穂村 そして人はみんな、年齢を重ねると、シンパシーの人になっていく。特に最近は、ワンダーな人はどんどん肩身が狭くなっています。

山本 私はずっと、ワンダーできているから(笑)。いまだに人生、びっくりすることばかりです。

穂村 例えば小学生のときに、大事なものを3つあげてといわれたら、当時の僕なら『カブトムシ・クワガタ・プラモデル』みたいな感じですよね。でも今、60代になって同窓会で同じ質問をされたら、全員一致で『健康・お金・愛情』っていうと思うんです。でもそれは生きのびるための手立てであって、好きってこととは関係ないでしょう? 好きとか好奇心を切り捨てている。これが、生きのびることの強制力にさらされたあとの、大人の無残な姿です。

山本 そうかもしれませんね。

穂村 だから山本さんのような人がいつまでも『不思議! びっくり!』っていい続けてくれないと。それもアーティストの役割だと思うんです。

山本 それは穂村さんも同じでしょ?ふたりして、ワンダーな世界を追い求めていきましょうね。

不思議の国のアリスのウサギ

éclat×山本容子2026年『ふしぎの国のアリス』カレンダー

エクラ2026年カレンダー表紙

’26年のエクラカレンダーは、’94年に初めて描いた『ふしぎの国のアリス』を再構成。コラージュやトリミングによってアリスの不思議な世界観が改めてきわだつデザインに。新しい年を、新鮮で“ワンダー”な一年として楽しむお供に加えてみてください。

エクラプレミアムでカレンダー掲載作品が購入できます

左が1月の『Alice』¥123,200(商品コード 441326)、右が6月の『The poolof tears』¥60,500(商品コード 441331)

エクラ2026年『ふしぎの国のアリス』カレンダーに掲載した銅版画12点を、エクラプレミアム通販にて数量限定で販売します。ぜひお部屋に飾って、暮らしの中でアリスのプレイフルな世界をお楽しみください。上の写真は、左が1月の『Alice』¥123,200(商品コード 441326)、右が6月の『The poolof tears』¥60,500(商品コード 441331)/エクラプレミアム通販(すべてソフトグランド・エッチング、手彩色)

ご注文専用電話 TEL.0120・501249(9時〜18時)

サイズ詳細は、webページ(https://store.hpplus.jp/eclat/

もしくはお電話(TEL.0570・008010)にてご確認お願いいたします。

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