“女流”の時代を生きた、3人の女性作家を描く『三頭の蝶の道』【斎藤美奈子のオトナの文藝部】

山田詠美の『三頭の蝶の道』を紹介。実在の女性作家をモデルにフィクションも混じえて描いた小説は、読み応えたっぷり。山田詠美『もの想う時、ものを書く』、瀬戸内寂聴『笑って生ききる 寂聴流 悔いのない人生のコツ 増補版』とあわせて読みたい。
『三頭の蝶の道』

『三頭の蝶の道』

山田詠美

河出書房新社 ¥1,980

’25年にデビュー40周年を迎えた作者が、3人の先輩作家をモデルに描いた小説。河合理智子は河野多惠子、森羅万里は瀬戸内寂聴、高柳るり子は大庭みな子がモデルと推測されるが、細部にはフィクションも混じり、虚実取り混ぜたやりとりが楽しめる。作中には山田詠美を思わせる山下路美なる新人作家も登場。デビュー直後、スキャンダラスな騒がれ方をしてうんざりしていた路美に対する、3人それぞれの接し方も興味深い。

“女流”の時代を生きた、3人の女性作家を描く

今ではほとんど使われなくなった言葉だが、かつて女性作家は「女流」と呼ばれ、男性作家中心の文壇で一段低く見られていたのは否めない。

’85年にデビューした山田詠美はその時代を知っている最後の世代の作家だろう。『三頭の蝶の道』は作者自身を思わせる作家のほか、担当編集者や親族、秘書などごく親しかった人たちの目を通して「女流」の時代を生きた3人の女性作家を描いた異色の文壇小説だ。

河合理智子は大正15年生まれ。ただひたすら自分の文学世界を追求し、〈女性で初めて日本文学の登竜門と呼ばれる夏目賞の選考委員に就き、晩年まで優れた若い才能を見つけ出すことに尽力した〉。文学史に名を刻む偉大な作家だった河合は半面、谷崎潤一郎に私淑し、少年愛、加虐被虐、死体愛好など独特のフェティシズムをテーマにした作品を書き続け、誤解されることも多かった。

同じ年に生まれた森羅万里は、対照的に文学の外にも活動の場を広げ、〈スピリチュアルな言動と、華やかでありながら威厳に満ちた容姿、そして、それを裏切るようなチャーミングな語り口〉で熱狂的なファンを獲得していた。

20代の前半、同じころに文壇デビューしたふたりは互いを意識しながらも仲がいいことで知られていたが、時には万里の怒りが爆発した。〈純文学で認められてるからなんなのよ、そんなに偉いって訳?って胸がムカッとしちゃってね〉。

3人目の作家、高柳るり子は河合理智子と同時に夏目賞の選考委員に就任した、やはり著名な作家だが、自意識が高く、ほかの女性作家を過剰にライバル視し、嫉妬をむき出しにすることさえあった。特に河合理智子に対しては激しい対抗心を燃やし、しばしば夏目賞の選考会でバトルを繰り広げた。〈男はいいの。敵じゃないわ〉が彼女の見解だった。

文学好きの人なら、3人のモデルが誰であるかは想像がつくだろう。

改めて感じるのは、作家はやはり身を切るような思いで作品を書いているのだという事実である。「2015」「2007」「2023」の全3章で構成された小説は、それぞれの葬儀の場から始まり、そこに集(つど)った親しい人の目を通した作家像や晩年の姿も描かれている。

〈自分たちが自分たちを女流と呼ぶのは良いの。でも、男の作家が女流と言って、私たちを下に見るのは許さない〉〈差別語を逆手に取って、自分たちの存在を主張するのは、言葉による決起ね。女流もそう。女の作家たちが集まって、あえて女流という言葉を使ったのは、ようやく実現した決起表明だったのよ〉。

女流文学賞は2000年に幕を閉じ、女流文学者会も’07年に解散したが、作中には、あえて「女流」を自称した作家たちの矜持があふれている。〈女の作家は妖怪だらけだもん。特に、女流と呼ばれた人たちは、大妖怪〉という山田詠美を思わせる作家の言葉が印象的だ。

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『もの想う時、ものを書く』

『もの想う時、ものを書く』

山田詠美
中央公論新社 ¥2,420

人気作家が自身の作家生活をつづったエッセー集。少女時代の記憶、宇野千代に衝撃を受けて小説家を志した学生時代、デビューから直木賞受賞までの怒濤の日々、先輩作家との交友録など内容は多彩。水上勉、河野多惠子、野坂昭如、田辺聖子らへの追悼文や芥川賞の選評も収録。’24年刊。

『笑って生ききる 寂聴流 悔いのない人生のコツ 増補版』

『笑って生ききる 寂聴流 悔いのない人生のコツ 増補版』

瀬戸内寂聴
中公新書ラクレ ¥1,034

『三頭の蝶の道』登場作家のモデルで、’21年に99歳で他界した作家が90代で語った晩年の人生論。20代で娘を置いて出奔し、離婚や不倫を経て、51歳で出家。その後、娘と再会して交流が復活するなど、波瀾万丈の人生を送ってきた著者による後半生のための生き方指南は含蓄に富む。’22年刊。

文芸評論家・斎藤美奈子
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『忖度しません』『挑発する少女小説』『出世と恋愛』『あなたの代わりに読みました』ほか著書多数。新刊は『絶望はしてません ポスト安倍時代を読む』(筑摩書房)。
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