愛と性が切り離された世界で生きる女たち【斎藤美奈子のオトナの文藝部】

実の父を殺した女子大生は、幼少期に性的虐待による深い心の傷を負っていた――。’18年に直木賞を受賞した、島本理生『ファーストラヴ』は衝撃的な作品だったと話す文芸評論家の斎藤美奈子さん。島本理生による最新の連作短編集や地方都市で暮らす6人の女性を追ったルポタージュをご紹介。
斎藤美奈子
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『文章読本さん江』『趣味は読書。』『名作うしろ読み』『ニッポン沈没』『文庫解説ワンダーランド』『日本の同時代小説』ほか著書多数。
『夜はおしまい』島本理生

『夜はおしまい』

島本理生

講談社 ¥1,400

カトリックの神父・金井の元を訪れて、悩みを打ち明けたり、過去を告白したりする女たち。自身が丸ごと否定された感覚。母がかつて犯した過ち。あってはならない父との関係に悩んで、記憶をなくした人、命を絶った人。愛と性が切り離された世界で生きる女性たちの心の内を探った連作短編集。謎めいた金井神父と最終話に登場するカウンセラーの更紗と弟の渚が作品を引き締めている。

《あわせて読みたい!》
『ファーストラヴ』島本理生

『ファーストラヴ』

島本理生

文藝春秋 ¥1,600

語り手の「私」こと真壁由紀は臨床心理士。ある日彼女が面会したアナウンサー志望の女子大生は、面接試験の帰りに実の父親を殺害していた。画家だった父はかつて娘に絵のモデルをさせていたが…。性的虐待を真正面から描いて読者を震撼させた、’18年の直木賞受賞作。

『日本の貧困女子』 中村淳彦

『日本の貧困女子』

中村淳彦

SB新書 ¥870

性の搾取は経済的な困窮とも表裏一体だ。地方都市で暮らす6人の女性を追ったこのルポルタージュでは、家族からも地域からも制度からも孤立した若い女性たちの姿が浮かび上がる。これもまた『夜はおしまい』と地続きの世界。逃げ場はどこにと思わずにいられない。

愛と性が切り離された世界で生きる女たちの4編

実の父を殺害した女子大生は、幼少時の性的虐待による深い心の傷を負っていた──。’18年に直木賞を受賞した、島本理生『ファーストラヴ』は衝撃的な作品だった。

『夜はおしまい』はその島本理生による最新の連作短編集である。といっても初出は’14~’15年の文芸誌。のちに『ファーストラヴ』で結実する問題意識のスケッチみたいな作品集だ。

収録されているのは全4話。

第1話「夜のまっただなか」の主人公・琴子は神学科に籍を置く大学生だ。学園祭のミスキャンパスに出場するも最下位となり、いたたまれなさの真っただ中で声をかけてきたタレント事務所のマネジャーを名乗る男の誘いにのって、ずるずると関係をもった。〈こんなことで私が簡単に引っかかるとは彼自身も想像していなかったと思います。けれど羞恥心にまみれた脳には、粗悪でも甘い麻薬が必要だったのです〉。

第2話「サテライトの女たち」の主人公・結衣は愛人業で食べている。マンションを借りてくれたのは弁当チェーンのナンバー2という中年男。それ以外にも金持ちの道楽息子を手玉にとったりホストクラブで遊んだり。だが彼女は恋愛をしたことがない。〈好きなわけないでしょう。お金で若い女囲ってるおじさんなんて。あと不定期では何人かいるけど、どれも仕事みたいな感覚だもん〉。

わざわざ自分を痛めつけるような方向に行ってしまう娘たち。そこにあるのは自分で自分を罰するような感覚だ。自罰感覚が最も強いのは、第3話「雪ト逃ゲル」の主人公だろう。
 
30代の小説家である「私」には夫も子供もいるが、昔の恋人Kとの関係を続けており、そのうえ誰彼となく寝てしまう。彼女には実は失われた父の記憶があった。〈「お父さんが私を」/その瞬間、バツンッと扉が落ちたように脳が閉まった〉〈それが本当に起きたことなら生きていけない〉。

いずれも純文学テイストの作品なので、彼女らの身に何が起こったか明示的には語られない。とはいえ、身内がからんだ性的事件が彼女たちの心を縛り、健康的な恋愛から彼女たちを遠ざけるのは『ファーストラヴ』にも近い世界だ。4編をつないでいるのは金井神父。精神科医からカトリックの司祭に転じた異色の経歴の持ち主で、この人もまた妹を救えなかったトラウマに苦しんでいることが第4話「静寂」で明かされる。

「汝、姦淫(かんいん)するなかれ」という戒律をもった宗教の原罪。やや難解な点もあるものの、キリストを裏切ったユダやペテロに親しみを感じるという女たちの感覚に共感する人は多いかも。性的虐待が人生に及ぼす影響は大きいが、夜は明けると思わせる結末が救いかな。

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