実の父を殺害した女子大生は、幼少時の性的虐待による深い心の傷を負っていた──。’18年に直木賞を受賞した、島本理生『ファーストラヴ』は衝撃的な作品だった。
『夜はおしまい』はその島本理生による最新の連作短編集である。といっても初出は’14~’15年の文芸誌。のちに『ファーストラヴ』で結実する問題意識のスケッチみたいな作品集だ。
収録されているのは全4話。
第1話「夜のまっただなか」の主人公・琴子は神学科に籍を置く大学生だ。学園祭のミスキャンパスに出場するも最下位となり、いたたまれなさの真っただ中で声をかけてきたタレント事務所のマネジャーを名乗る男の誘いにのって、ずるずると関係をもった。〈こんなことで私が簡単に引っかかるとは彼自身も想像していなかったと思います。けれど羞恥心にまみれた脳には、粗悪でも甘い麻薬が必要だったのです〉。
第2話「サテライトの女たち」の主人公・結衣は愛人業で食べている。マンションを借りてくれたのは弁当チェーンのナンバー2という中年男。それ以外にも金持ちの道楽息子を手玉にとったりホストクラブで遊んだり。だが彼女は恋愛をしたことがない。〈好きなわけないでしょう。お金で若い女囲ってるおじさんなんて。あと不定期では何人かいるけど、どれも仕事みたいな感覚だもん〉。
わざわざ自分を痛めつけるような方向に行ってしまう娘たち。そこにあるのは自分で自分を罰するような感覚だ。自罰感覚が最も強いのは、第3話「雪ト逃ゲル」の主人公だろう。
30代の小説家である「私」には夫も子供もいるが、昔の恋人Kとの関係を続けており、そのうえ誰彼となく寝てしまう。彼女には実は失われた父の記憶があった。〈「お父さんが私を」/その瞬間、バツンッと扉が落ちたように脳が閉まった〉〈それが本当に起きたことなら生きていけない〉。
いずれも純文学テイストの作品なので、彼女らの身に何が起こったか明示的には語られない。とはいえ、身内がからんだ性的事件が彼女たちの心を縛り、健康的な恋愛から彼女たちを遠ざけるのは『ファーストラヴ』にも近い世界だ。4編をつないでいるのは金井神父。精神科医からカトリックの司祭に転じた異色の経歴の持ち主で、この人もまた妹を救えなかったトラウマに苦しんでいることが第4話「静寂」で明かされる。
「汝、姦淫(かんいん)するなかれ」という戒律をもった宗教の原罪。やや難解な点もあるものの、キリストを裏切ったユダやペテロに親しみを感じるという女たちの感覚に共感する人は多いかも。性的虐待が人生に及ぼす影響は大きいが、夜は明けると思わせる結末が救いかな。