さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『文章読本さん江』『趣味は読書。』『名作うしろ読み』『文庫解説ワンダーランド』ほか著書多数。最新刊は『中古典のすすめ』(紀伊國屋書店)。
母と娘の邂逅を描く“太宰治の孫”のデビュー作【斎藤美奈子のオトナの文藝部】
劇作家・石原燃の小説デビュー作にして、芥川賞候補になった『赤い砂を蹴る』。“太宰治の孫”であり、“津島佑子の娘”である彼女が描く、母と娘の物語が注目を集めている。祖父・太宰治が自身の姿を描いた『斜陽 人間失格 桜桃 走れメロス 外七篇』、母・津島佑子の作品集『津島佑子コレクション 悲しみについて』もあわせて読みたい。
斎藤美奈子
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『文章読本さん江』『趣味は読書。』『名作うしろ読み』『文庫解説ワンダーランド』ほか著書多数。最新刊は『中古典のすすめ』(紀伊國屋書店)。
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『文章読本さん江』『趣味は読書。』『名作うしろ読み』『文庫解説ワンダーランド』ほか著書多数。最新刊は『中古典のすすめ』(紀伊國屋書店)。
『赤い砂を蹴る』
石原 燃
文藝春秋 ¥1,400
母の友人・芽衣子さんとブラジルに来た「私」。ブラジル生まれの芽衣子さんはバックパッカーとして日本から来た男性と結婚し、日本に渡った。ヤマと呼ばれる日系移民の村を早く出たかったのに、日本に来たら来たでのしかかる新しい困難。一方「私」はがんで逝った母の死を咀嚼(そしゃく)しきれないでいた。旅の物語と3人の女性の人生が交錯。息がつまりそうな内容なのに、なぜか開放感を感じさせる。
『津島佑子コレクション 悲しみについて』
津島佑子 人文書院 ¥2,800
’16年に他界した津島佑子の作品集。家族を描いた’80年代後半の作品を収録。’85年に著者は8歳になる息子を失った。その現実と夢がないまぜになった連作は胸が締めつけられる。亡き母の思い出をつづった石原燃の解題もすばらしい。
『斜陽 人間失格 桜桃 走れメロス 外七篇』
太宰 治 文春文庫 ¥710
太宰治の人生はハチャメチャだったが、「富嶽百景」にはのちに妻となる石原美知子(石原燃の祖母)との出会いが、「子供より親が大事、と思いたい」の一文で知られる「桜桃」にはダメな父親として自身の姿が描かれている。津島家の物語の原点?
デビュー小説にして、芥川賞候補にもなった注目作!
残念ながら受賞は逃すも、今期芥川賞の候補になった注目の作品である。
石原燃『赤い砂を蹴る』。物語はふたりの女性のブラジル旅行で始まる。語り手の「私」こと千夏は母の恭子を亡くしたばかり。同行の芽衣子さんは亡き母の友人で、夫の雅尚さんを亡くしたばかりだった。芽衣子さんはブラジル日系人で、20歳のとき、結婚して日本に来たのである。ブラジルへの旅も、もとはといえば「私」の母を故郷に連れていくと約束したのが始まりで、しかしそれはかなわぬ夢となった。
〈サンパウロの空港に着いたのは昨日の夕方だった。地球の裏側にある日本からは、ドバイ経由で三十時間ちかく飛行機に乗らないといけない〉。しかも目的地のミランドポリスまでは、そこからさらに長距離バスで9時間かかる。〈昼の十二時半にバスに乗ってから、もう五時間以上経つというのに、やっと半分を超えたところだと聞いてめまいがした〉。
確かにめまいがする距離である。なんだけど、読者はやがて気がつくだろう。これは地球の裏側への旅であると同時に、亡き人と過ごした過去への旅じゃないのかと。「私」は40代半ば。芽衣子さんは日本に来て40年以上が過ぎており、結婚した娘もいれば孫もいる。ふたりとも大人の女性だから、そりゃあ過去にはいろいろあっただろう……なんて想像を物語は軽く超えてしまう。ふたりとも壮絶すぎるのね、人生が。
芽衣子さんの夫はアルコール依存症で、キレると〈ブラジルに帰れ、漢字もまともに書けないくせに生意気言うな〉と芽衣子さんを罵った。ひとりでは生活もおぼつかなくなっていた彼は風呂場で亡くなった。突然死だった。
それを聞いた「私」も過去を思い出す。「私」には子供のころにやはり風呂場で亡くなった弟がいた。母が「私」の父だった人と離婚したあと、婚外子として産んだ子供だった。画家だった母は奔放に生きた人だったが、それを娘に悪いと思っていたらしい。
というあたりから、次々と明らかになる過去のディテール。
作者は劇作家で、これが初めての小説。報道では「太宰治の孫」という紹介のされ方だったけれど、要は作家の津島佑子さんのお嬢さんですよね。『赤い砂を蹴る』はフィクションだが、津島佑子も子供のころに亡くなった兄や亡くした子供のことを繰り返し書いていて、家族の物語としてのつながりを思わずにはいられない。
〈お母さん、聞こえる? 私はかわいそうじゃない。嫌だったことは忘れない。でも生きていくよ〉。
粗削りながら死者とどう共生するかを考えさせる作品。ブラジルの乾いた大地がウェットになりがちなテーマを救っている。
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