『シェフと素顔と、おいしい時間』×「シャトー・カロン・セギュール」/大人の恋に必要なのは”素の自分を見せること” 。さりげなく愛を伝えるハートのラベル【シネマに乾杯!vol.9】

ワインを知ると映画はもっと楽しい!エクラでもおなじみのワイン&フードジャーナリストの安齋喜美子が、映画の中に登場するワインやシャンパーニュを楽しく解説!第9回目は、映画『シェフと素顔と、おいしい時間』をご紹介!
『シェフと素顔と、おいしい時間』×「シャトー・カロン・セギュール」/大人の恋に必要なのは”素の自分を見せること” 。さりげなく愛を伝えるハートのラベル【シネマに乾杯!vol.9】 _1_1
©2002 STUDIOCANAL - TF1 Films Production - Pathé (Jet Lag) Ltd.
理不尽な恋人に別れを告げて新天地を目指す女と、別れた恋人に未練を残し、追いかける男。それぞれに事情を抱えた男女が真夜中のシャルル・ドゴール空港で出会う。折しもストライキと悪天候のせいで飛行機は飛ばず、ふたりは空港で足止めされたまま。ちょっとしたアクシデントがふたりの運命の糸を結び付けていく、大人のロマンティック・ラブコメディだ。
メーキャップ・アーティストのローズ(ジュリエット・ビノシュ)は、アカプルコへ旅立とうとしている。職業柄、パーフェクトなメーキャップを施し、その雰囲気も華やか。いや、ストレートに言えば厚化粧だ。すぐ情にほだされるお人よしで、いまだに毅然と恋人と別れることができず、携帯が鳴ればすぐに出てしまう。

一方、アメリカで食品会社の経営に成功した元シェフのフェリックス(ジャン・レノ)は、神経質でこだわりの強い男。ローズがフェリックスの携帯電話を借りたことをきっかけに、フェリックスは彼女の騒動に巻き込まれてしまうのだ。彼女やその元恋人に怒りを覚え、早く搭乗したいと願うが、一向に飛行機は飛ばない。しびれを切らしたフェリックスは、空港の近くにホテルを取り、そこへ向かおうとする。ローズはといえば、空港のベンチで寝ると平然と言う。見かねたフェリックスが、「部屋はツインだからそこで休めばいい」と提案、ローズも同じホテルの部屋へ。
いやいやローズ、普通、あなたくらいの大人なら、空港で初めて会った男性とホテルで同室なんてありえないでしょう……と、正直、この映画は”ツッコミどころ満載”。だが、「お人よしの彼女ならあり得るシチュエーションかも」と思わせてしまうのがこの映画の、いや、ジュリエット・ビノシュのすごいところ。そして、嫌味な中に寂しさや温かさを感じさせるジャン・レノがとてもチャーミングなのだ。単純なストーリーの大人のラブコメディなのだが、名優ふたりの演技が、予想以上に”胸キュン”させてくれる。
ホテルの部屋に入ったふたりは、空腹に気づき、フェリックスは早速ルームサービスに電話する。元シェフというだけあって、食へのこだわりは人一倍。「ピスタチオ風味のウサギのテリーヌ」や「ピーマンのムースとアンディーブ」など、彼がオーダーしたのは手が込んだ料理ばかり。

この時、彼が選んだワインがボルドーの「シャトー・カロン・セギュール1996年」だ。メドックの格付け第3級、ワイン愛好家垂涎の銘醸ワインで「サンテステフのシャトー・マルゴー」とも称される。これをホテルのルームサービスでとなると、かなり高価であることが予測されるが、これが、フェリックスの彼のアメリカでの成功をさりげなく物語っている。だが、注目してほしいのはむしろラベルのほう。大きなハートマークが描かれ、これだけで「あ、この恋はハッピー・エンドね♪」とエンディングが予測できてしまうのだ。
実は、このハートマークは、かつてシャトーのオーナーであったニコラ=アレクサンドル・ド・セギュール侯爵が考案したもの。彼は18世紀にのちに5大シャトーとなる「シャトー・ラフィット」(現「シャトー・ラフィット・ロスチャイルド」)と「シャトー・ラトゥール」も所有していたが、一番愛着を持っていたのが「シャトー・カロン・セギュール」だったのだ。「我、ラフィットとラトゥールをつくりしが、わが心カロンにあり」というセギュール侯爵の言葉が残っているほど。ハートの絵は、侯爵のこのシャトーへの深い愛情の表れでもある。

フェリックスがなぜこのワインを選んだのか、映画では説明されていないが、もしかしたら、彼は無意識のうちにローズに惹かれ、このハートのラベルのワインを選んだのかも……などとついつい思ってしまう。なぜなら、「シャトー・カロン・セギュール」は、そのラベルからバレンタインデーに開けられることが非常に高いワインとして有名。恋愛のスタートにこれほどふさわしいワインはないからだ。
フェリックスとローズは、食事をしながら互いのことを語り始める。するとローズは彼の本質を言い当てるのだ。だが、食事中、フェリックスはとんでもない失敗をしてしまう。なんと、美しくメイクを施したローズの顔に、間違えて思い切りソースをかけてしまったのだ。ローズは怒りつつ、仕方なく化粧を落とすのだが、このシーンがとても素敵。演技派女優としてのイメージが強かっただけに、「ジュリエット・ビノシュって、こんなに美しかったの?」と驚かされてしまった。このシーンの中で“素顔”になったのは、ローズだけではない。フェリックスも次第に心の素顔を見せていく。
ふたりは、一晩語り合ったあと、互いに別れを告げてそれぞれの目的地へ。ローズがタクシーの中から見ているのはアカプルコの眩しい太陽が織りなす光景だ。だが、ふたりの”糸”はまだ切れてはいなかった。自分の気持ちに気づいたフェリックスが、なんとかローズに連絡を取ろうとするが、実はここでも彼らを結び付けた携帯電話が活躍する。そして、ローズがフェリックスに語った「ピンクの窓に青い鎧戸」という”夢の家”が、再び離れた糸を手繰り寄せるのだ。

ふたりともけっこうな大人なのに、大人になりきれなくて人生はうまく行かなかった。でも、互いに素顔に戻れる相手を見つけた今は違う。幸福で穏やかな時間が回り始めたのだ。大人は、いろいろな事情を背負って、いつも”大人の顔”をしている。だからこそ、素顔に戻ることも時には大切。この映画は、きっと大人を勇気づけてくれるお伽話だ。
シェフと素顔と、おいしい時間

「シェフと素顔と、おいしい時間」

DVD¥2,090(税込)
発売元・販売元 KADOKAWA
シャトー・カロン・セギュール

「シャトー・カロン・セギュール」

フランス・ボルドー。メドック第3級。カベルネ・ソーヴィニヨンを主体にメルロ、カベルネ・フラン、プティ・ヴェルドをブレンド。品種の比率はその年によって変わる。凝縮感のある果実味としなやかなタンニン。スミレやリコリス、リキュール、スパイスの香り。ラムのローストやすき焼きなどの肉料理全般に。写真は2018年ヴィンテージ。750ml/\25,080(税込)
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壮麗なシャトーはメドックのサンテステフに位置。プレートにもハートマークが用いられている。
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セラーでは”眠れる美女”が目覚めを待っている。2006年から醸造責任者を務めるヴァンサン・ミレ氏が畑と醸造の改革を進め、美しいワインを生み出している。
■「シャトー・カロン・セギュール」のお問い合わせ先/モトックス 0120-344101(フリーダイヤル)
取材・文/安齋喜美子
ワイン&フードジャーナリスト。女性誌を中心に多くの媒体で執筆。ふだんごはんからスイーツ、星つきレストランまで幅広くカバーする。映画が大好きで、登場するワインは必ずチェック。最近は海外の醸造家とオンラインでワインテイスティングの日々を過ごす。シャンパーニュ騎士団シュヴァリエ。

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