今期芥川賞はいつにも増して秀作ぞろいだった。受賞作『ハンチバック』の衝撃力はやはり大きく、この作品の受賞は妥当だったと思うものの、落選作もそれぞれにユニークだった。
乗代雄介『それは誠』もそんな候補作のひとつ。高校生の男子を語り手に、修学旅行の一日を描いた一種の冒険譚である。
「僕」こと佐田誠は〈平凡とは言い難いぐらいに特筆すべき人間関係がないばかりか、禁欲的で自罰的つまり模範的な学校生活を過ごしてきた〉と自ら語る高校2年生。彼の屈託には生い立ちも関係している。生まれてすぐに父母が離婚し、その母も3歳のときに死んで彼は祖父母に育てられたのだ。
で、修学旅行。飛行機で東京に来た3泊4日の旅行中、1日だけ許された自由行動の日。3班のメンバー7人で決めたプラン(浦安のホテルを出て浦和の美術館に行き、新大久保で買い物をし、東京タワーに寄って葛西臨海水族園にまわり……)とは別の場所に彼は行くと決めていた。〈「みんなは行かなくていい」と僕は言った。「勝手に一人で行くから」〉。
行き先は東京都下の日野。何年も会っていない叔父が住む場所である。母の死後、誠を引き取ると申し出てくれた叔父だった。
誠の希望を知り、〈ぼ、ぼぼぼくも、いいい一緒に、い、い、あの、いいい行こうかな〉といいだしたのは松こと松帆一郎。吃音があって体が弱く、皆のお荷物になりそうな生徒だった。やがてほかの男子ふたりも賛同。かくして3班の小さな冒険が始まる。
女子3人は学校からの許可が出たプランどおりの自由行動へ。男子4人は学校には内緒の日野へ。
たいした冒険に見えなくても、これはこれで大変なのだ。自由行動といっても彼らはGPSで教師に始終見張られている。時間どおり浦安のホテルに戻れるかどうかも心配だ。そのうえ、もし叔父に会えなかったら、この一日は完全なムダ足になる。果たして彼らは誠の叔父に会えるのか。そして教師を出し抜くことができるのか。
さまざまなサスペンスを含みながら物語は進行し、最後は7人の連携プレイと、鉄道ミステリーもかくやの時刻表を駆使したトリックで難局をのりきるが……。
自意識過剰な誠の語りはまどろっこしく、3班のメンバーは皆、熱血と無縁で、友情なんて言葉は一度も使わない。それでもやっぱりこれは友情の物語なのだ。〈もうおじさんには会わなくていいって気分になっていた。この世には、骨折り損のくたびれもうけの方がふさわしい場合がたくさんあるような気がしたんだ〉
若き日のかけがえのない一日の物語。何を考えているかわからない「今どきの高校生」を少し見直し、応援したくなるに違いない。