【50代が読むべきおすすめ本】芥川賞候補作に選ばれた令和らしい青春小説『それは誠』など3冊

アラフィー女性に読んでほしいおすすめ本を、文芸評論家・斎藤美奈子さんがピックアップ。今回は、高校生の修学旅行の一日を描いた青春小説『それは誠』ほか計3冊を紹介。
斎藤美奈子
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『日本の同時代小説』『中古典のすすめ』『忖度しません』『挑発する少女小説』ほか著書多数。近著は『出世と恋愛近代文学で読む男と女』(講談社現代新書)
それは誠

『それは誠』

乗代雄介

文藝春秋 ¥1,870

高校生7人が企てた逸脱行為。サッカー部の人気者である大日向、成績優秀で特待生の蔵並、吃音があって少し世話の焼ける松、そして目立たずに暮らしてきた「僕」。ここに女子3人(美少女の小川、リーダー格の井上、地味な畠中)を加え、たまたま同じ班になったメンバーが徐々に距離を縮めていく。小説の技術ではほぼ満点(吉田修一)と芥川賞の選評でも評された令和らしい青春小説。

高校生たちの修学旅行の一日を描いた冒険物語

今期芥川賞はいつにも増して秀作ぞろいだった。受賞作『ハンチバック』の衝撃力はやはり大きく、この作品の受賞は妥当だったと思うものの、落選作もそれぞれにユニークだった。


乗代雄介『それは誠』もそんな候補作のひとつ。高校生の男子を語り手に、修学旅行の一日を描いた一種の冒険譚である。

「僕」こと佐田誠は〈平凡とは言い難いぐらいに特筆すべき人間関係がないばかりか、禁欲的で自罰的つまり模範的な学校生活を過ごしてきた〉と自ら語る高校2年生。彼の屈託には生い立ちも関係している。生まれてすぐに父母が離婚し、その母も3歳のときに死んで彼は祖父母に育てられたのだ。

で、修学旅行。飛行機で東京に来た3泊4日の旅行中、1日だけ許された自由行動の日。3班のメンバー7人で決めたプラン(浦安のホテルを出て浦和の美術館に行き、新大久保で買い物をし、東京タワーに寄って葛西臨海水族園にまわり……)とは別の場所に彼は行くと決めていた。〈「みんなは行かなくていい」と僕は言った。「勝手に一人で行くから」〉。

行き先は東京都下の日野。何年も会っていない叔父が住む場所である。母の死後、誠を引き取ると申し出てくれた叔父だった。

誠の希望を知り、〈ぼ、ぼぼぼくも、いいい一緒に、い、い、あの、いいい行こうかな〉といいだしたのは松こと松帆一郎。吃音があって体が弱く、皆のお荷物になりそうな生徒だった。やがてほかの男子ふたりも賛同。かくして3班の小さな冒険が始まる。

女子3人は学校からの許可が出たプランどおりの自由行動へ。男子4人は学校には内緒の日野へ。


たいした冒険に見えなくても、これはこれで大変なのだ。自由行動といっても彼らはGPSで教師に始終見張られている。時間どおり浦安のホテルに戻れるかどうかも心配だ。そのうえ、もし叔父に会えなかったら、この一日は完全なムダ足になる。果たして彼らは誠の叔父に会えるのか。そして教師を出し抜くことができるのか。

さまざまなサスペンスを含みながら物語は進行し、最後は7人の連携プレイと、鉄道ミステリーもかくやの時刻表を駆使したトリックで難局をのりきるが……。

自意識過剰な誠の語りはまどろっこしく、3班のメンバーは皆、熱血と無縁で、友情なんて言葉は一度も使わない。それでもやっぱりこれは友情の物語なのだ。〈もうおじさんには会わなくていいって気分になっていた。この世には、骨折り損のくたびれもうけの方がふさわしい場合がたくさんあるような気がしたんだ〉


若き日のかけがえのない一日の物語。何を考えているかわからない「今どきの高校生」を少し見直し、応援したくなるに違いない。

あわせて読みたい!

ハンチバック

『ハンチバック』

市川沙央

文藝春秋 ¥1,430

語り手の「私」は重度の障害がある女性。グループホームで暮らしている。「私」は紙の本を憎んでいた。本が持てる、ページがめくれる、読書姿勢が保てるなど、健常者仕様で作られた紙の本を。当事者性に根ざした内容と闊達な語り口で読者に衝撃を与えた今期芥川賞受賞作。

『 ##NAME## 』

『##NAME##』

児玉雨子

河出書房新社 ¥1,760

主人公の石田雪那は、小学生のころ、ジュニアアイドルとして活動していた。だが、大学生になって気づくのだ。子供に水着を着せて撮影するああした行為は児童ポルノではなかったか、と。言及されることの少ない児童問題を当事者の女性の目から描いた今期芥川賞候補作。

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