平安女性のトップランナーといえば、やはり紫式部と清少納言。かたや『源氏物語』、かたや『枕草子』。このふたりは女性文筆家の2大スターだ。
がしかし、小倉百人一首に親しんだ人ならもうひとり思い出す女性がいるはずだ。そう、「花の色は移りにけりないたづらに 我が身世にふるながめせしまに」と詠んだ、あの小野小町である。
絶世の美女と謳われ、六歌仙のひとりに数えられる歌人ながら、生没年すら不明。残っているのは『古今和歌集』の18首の歌とわずかな伝承のみという謎の女性だ。しかも後世の謡曲『卒都婆小町(そとばこまち)』などで描かれた小町は老いて物乞いに身を落としたみじめな姿だし。
髙樹のぶ子『小説小野小町 百夜』は残された歌を手がかりに想像力を駆使して小町の人生模様をつづった異色の長編小説だ。
物語は出羽の雄勝(でわのおかち・現秋田県湯沢市)に生まれた小町が都に向けて旅立つところから始まる。小町は10歳。小野一族は陸奥(むつ)国、出羽国を治める役割を担っており、母の大町(おおまち)の娘であることから彼女は小町と呼ばれていた。
ところが旅の途中の多賀城(たがのき・現宮城県多賀城市)で、小町は残酷な事実を知らされる。母はそこから雄勝に戻り、都に向かうのは小町とお伴の者だけという。
〈吾子(あこ)の真のお父君は、都にて吾子を待ちおられます〉〈いやです、いやです。なにゆえ母上との別れなど〉。小町は必死に抵抗したがムダだった。父の名前は小野篁(たかむら)。若いころ、陸奥国に来た際、大町との一夜の契りで生まれたのが小町だったのだ。父は娘の存在すら知らずにいたが、雄勝に賢く美しい娘がいると聞き知って都に呼び寄せることにしたという。こうして小町は、都の父の邸で暮らしはじめたのだったが……。
冒頭から不穏な展開。母恋しさに打ちひしがれていた小町は、やがて歌の才能を買われ、仁明天皇の女御(にょうご)・縄子(つなこ)に仕えるまでに出世する。自身の才覚で道を開いたキャリアウーマンの人生だ。
だがその一方で、小町の恋模様はつらいものだった。時の帝に見初められたのが運命の分かれ道。そんなおそれ多い思いになど、応えられるわけがない。帝の手がついたところで彼女が妃になれるわけではなく、しかも小町は帝に仕える内舎人(うどねり)の宗貞(むねさだ)を思っていたからだ。こうなると小町と宗貞の恋もかなうはずはなく、有名な「花の色は……」という歌は、後年、出家した宗貞との間で交わされた手紙の中に登場する。
どろどろした展開を含みながらも優雅さを失わないのは平安文学の現代語訳かと見紛うような「〜でございます」調の文体に由来するところ大。得体の知れない人だった小野小町にみるみる血が通う、もうひとつの王朝文学だ。