【美しき名品時計】作家・有吉玉青さん特別寄稿「時とともに、時の中を」

腕時計とは道具でありながら、手もとを彩るアクセサリーであり、日々に寄り添う大切な“相棒”。エクラ世代でもある作家・有吉玉青さんが、人生をともに旅する時計への思いを、珠玉の文章で紡ぐ。

もうこんな時間? 

まだこんな時間?

ずっと昔のことなのに、つい昨日のことみたい。あまりにも多くのことがありすぎて、昨日のことだなんて、うそみたい。年々、月日の経つのがはやくなって――。時はまるで伸びたり縮んだりするようだけれど、時自体は自分のまわりで冷静に、同じ律動を刻みつつ流れていく。決してひとつところにとどまらず、さかのぼることもなく、いつまでも。


はじめて時計を持ったとき、大人になったようで得意だった。はやく大人になりたいと願い、そしてあっという間に大人になった今、時計はたのもしいパートナー。はやる心をいさめ、うっかりしそうなときにはそろそろ……と、手元からそっと目配せする。

いろいろな時計を使ってきた。色で選んだときあり、デザインで選んだときあり、女性らしさに憧れたときもあれば、大きく機能的なものに惹かれたときもある。こうしてみると、時計には自分の歴史がある。

その日の気分や服装で時計をかえてみようかと洒落っ気を出したこともあるけれど、出かけるときに手にとるのは、たいていは同じものだった。じっさいひとつのもので、ほとんどの服にも機会にも合うから不思議だ。そうしてそのひとつを長く、何度も電池を交換して大切に使う。


交換の頻度が高まるのは、時計が古くなってきているからだとか。それでもしょっちゅう交換して使いつづけた。

好きな時計なのだ、そうそう次の時計が見つかるわけもない。

あるいは使っているうちに、自分の一部になったのかもしれない。だから、どんな服にも機会にも合うのかもしれない。


人生は旅にたとえられる。

気に入った時計を身につけて、流れる時の中を旅していく。

時をたずさえていくとは、思えば大胆不敵な話だが、それはまた流れる時においていかれないように、時をつかまえておこうという願望のあらわれでもあるだろうか。

でも時計を、時を自分の一部にしたら、自分もまた永遠にならないだろうか。

永遠に旅を、お気に入りの時計とともに――。

ありよし たまお●作家。’63年、東京都生まれ。大阪芸術大学教授。母・有吉佐和子さんとの日々をつづったエッセー『身がわり』で’90年に坪田譲治文学賞を受賞。エッセーや小説など著書多数。近著に長編小説『ルコネサンス』(集英社)がある。
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