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【中谷美紀「日記をつける」ということ〈中編〉】誰かが書いた日記は、おもしろい
昨年、ニューヨークのオフ・ブロードウェイで舞台『猟銃』を演じた中谷美紀さん。稽古初日から千穐楽までの59日間の日記を、一冊の本にまとめた。過去にも多くの日記エッセーを発表してきた中谷さんが文章を書くようになったきっかけとは?
【中谷美紀「日記をつける」ということ〈前編〉】ミハイル・バリシニコフと共演した舞台『猟銃』の裏側を語る
「書かなければ!」と、使命感がありました
’23年2月、中谷美紀さんは単身、ニューヨークに降り立った。オフ・ブロードウェイでひとり3役の舞台『猟銃』を演じるため、公演の4週間前に現地入りしたのだ。
そしてその日から公演最終日までの59日間、彼女は日記を書き続けた。「ふだん、日記をつけるような人間ではないんです。でもこのときばかりは、書かずにいられませんでした」
一番の理由はこの舞台で、ミハイル・バリシニコフさんと共演できたこと。かつてはロシア・バレエのトップダンサーであり、亡命後はアメリカはじめ世界各地で長年活動を続けたレジェンドが、『猟銃』に参加することになったのだ。
「バレエ史を生きた稀代のアーティストとともに舞台に立てるなんて! 観客の皆さんが目にすることのできない微細な表情まで、私はそばで見て、感じることができるんです。そのクリエイションのプロセスを、書かなければいけないという使命感のようなものがありました」
中谷さんにとって『猟銃』は、このNY公演が再々演。初演は’11年、カナダ・モントリオールと日本で公演し、’16年、日本各地で再演している。
演じるのは、三杉譲介という男性をめぐる、3人の女性たち。それぞれが三杉に送った手紙を、中谷さんが語り上げるかたちで、物語は進行する。
三杉の妻・みどりは、彼の不倫を知りながら連れ添った13年を振り返る。愛人の彩子の娘・薔子(しょうこ)は、母の不貞を知って傷ついた気持ちを。そして愛人の彩子の手紙には、思いがけない述懐が……。
3人の女性を演じ分ける中谷さんのかたわらには、常に三杉を演じるひとりの男性が存在する。初演と再演時にはフィジカル・アクターのロドリーグ・プロトー氏が演じたこの役を、今回はバリシニコフ氏が演じるのだ。猟銃を抱えたまま台詞はいっさいなく、肉体表現だけで、三杉の心情を演じることになる。
「どのようにしてあの大スターが、ひとつの役柄に近づいていくのか、一挙手一投足を記録しておきたい。これは私だけの体験ではなく、パフォーミングアーツに携わる者全員の、財産ですから」
ほかにも演出のフランソワ・ジラール氏やスタッフ、ニューヨークで出会った人たち、そして中谷さん自身のことが、日記には克明に記されている。それらをまとめた日記エッセー『オフ・ブロードウェイ奮闘記』が、5月22日発刊された。
演劇公演の裏側や、俳優がいかに努力して舞台に立つか、関係者たちのどんな思いや事情がそこに交錯しているのか、濃密な内容に、ドキドキが止まらない。
中谷さんにとってもその日々は、波乱続き。なにしろ稽古中は、通訳なしマネージャーも不在の、ひとりきり。舞台設営の技術的なトラブルが続き、スケジュールも混乱した。身も心も疲労がたまり、体調の悪い時期もあった。
「はい、恐縮ながらこの日記、愚痴日記でもあります(笑)。稽古に疲れた日には、ベッドでだらだらと書いていました。完璧に英語を話せるわけでもないので、言葉足らずで誤解が生じたり。それに、たとえ完璧に英語を話せたとしても、全部口にしていいわけでもなくて(笑)。もどかしい思いを抱えながら、どこかではけ口がないと、なかなか整理のつかない感情というものが、ありました」
さらに、怒りも。
「途中、こちらが最初から提示している条件に応えていただけない場面がありまして。そういうときにはあえて強い言葉を使って相手を説得しなければならない。“もう降りて日本に帰ります!”とか“訴えていただいてけっこうです!”とか。そこまでいわないと、なかなか伝わらないところもあったので。もし訴えられても、二度とアメリカの地を踏まなければいいだけかな、と(笑)」
日記を読むと、わかる。中谷さんは、強い人だ。
「ま、そうですね。図太いというか、怖いもの知らずのところがあります(笑)」
(インタビュー中編へ続く)
舞台『猟銃』NY公演がWOWOWで放送・配信!
’23年3月、俳優・中谷美紀&伝説のバレエ・ダンサー、ミハイル・バリシニコフ、奇跡のコラボレーションで行われた舞台『猟銃』NY公演が、スペシャルドキュメンタリー映像つきでWOWOWにて6月8日16時~放送・配信。制作の過程と、すべてが爆発する本番の舞台映像は圧巻。
※次回の放送・配信は7/20(土)18時~
『オフ・ブロードウェイ奮闘記』
中谷美紀
幻冬舎文庫 ¥869
怒って泣いて笑った、怒濤のオフ・ブロードウェイでの毎日。役をとことん追求し、『猟銃』に身も心も捧げる日々の記録は、舞台を支えるもうひとつの物語。新しい自分を求めて奮闘する40代の中谷さんの姿に、勇気がわいてくる。
中谷美紀
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