【韓国ドラマのおもしろさとは?】井上荒野×角田光代、小説家同士がその魅力に迫る

自作が韓国映画やドラマとして映像化された経験をもつ、作家の井上荒野さんと角田光代さん。『愛の不時着』からハマったというふたりに話をうかがった。
角田光代

角田光代

かくた みつよ●’90年『幸福な遊戯』で小説家デビュー。’04年『対岸の彼女』で直木賞、’07年『八日目の蟬』で中央公論文芸賞を受賞。柴田錬三郎賞受賞の『紙の月』(’12年)はキム・ソヒョン主演で’23年に韓国でもドラマ化され話題に。一番好きな韓国ドラマは『D.P.-脱走兵追跡官-』。
井上荒野

井上荒野

いのうえ あれの●’89年『わたしのヌレエフ』でフェミナ賞、’08年『切羽へ』で直木賞、’11年『そこへ行くな』で中央公論文芸賞、’16年『赤へ』で柴田錬三郎賞受賞。昨年発刊の『愛の不時着』のリ・ジョンヒョクへのオマージュ的短編集『僕の女を探しているんだ』(新潮社)も好評。

韓国ドラマは物語のツボをことごとく突いてくる

井上 みんながあまりにも『愛の不時着』がいいというので、韓国ドラマには興味も知識もなかったのだけど、見てみようかな、と思ったのがきっかけでした。

角田 映画は好きでしたが、ドラマは同じく『愛の不時着』から。コロナ禍だったのが大きかったですね。

井上 最初は途中で居眠りしたりもあったけど、3話ぐらいから、お?と思って、もう一度、最初から見直して、結局2周しました(笑)。

角田 私もおもしろいなあと思った。以来、すっかりハマっています。何に惹かれたのか言語化するのはむずかしいんですが、子供のときに見ていた日本のドラマが与えてくれていたようなものがあると思ったんです。

井上 物語は太古から山のようにあるけれど、そんな知らず知らずため込んできた物語のツボというか本質をことごとく突いてくるんですよね。『愛の不時着』では主人公のふたりが反発し合いながら惹かれ合っていくのだけど、「じゃあ、もうこれでいい!」といってユン・セリ(ヒロイン)が立ち去る場面がある。でも、これ絶対戻るよ!と見ているとやっぱり戻る(笑)。予想できるというかすでに知っているけれど、その“知っている”をきっちりやられる喜びみたいなものがあって。でも、小説の新人賞の選考会で原稿を読んでいて、イマイチだなって思う作品は、たいてい「こんなの、もうみんな“知っている”じゃん」というもの。なのに、なんで韓ドラではハマっちゃうんだろう。不思議。

角田 ユン・セリが北朝鮮の人たちに化粧品を贈る場面とか、こうあってほしいなみたいなのが、ちゃんと描かれているのは、それこそツボなのだと思うし、小説ではあっても、ドラマではあまりなかったからじゃないですか? 知っているツボでも、シチュエーションが新しいとか、キャラクターが魅力的とか、役者がうまいとかがあるのかもしれない。それに、恋愛が主軸でも、友情の物語だったり、家族の物語だったり、もう、サイドストーリーを見事に出してくるから飽きないですよね。

井上荒野×角田光代

カッコいい人がカッコいい役をするだけじゃない

井上 今年でいうと、私、『愛の不時着』と同じ脚本家の『涙の女王』にもハマっていて。ストーリーは違うのだけど、構造が似ていて、例えば『涙の〜』でヒロインが猪に襲われそうになるシーンがある。すると、それまでいなかった主人公が、さっと前に立ちはだかって、猪をやっつけてくれるの。敵に襲撃されそうになったユン・セリをリ・ジョンヒョクがオートバイで救いにやってくるシーンと呼応する。あ、来たよ!って。

角田 荒野さん、子供のときに少女漫画読んでました?

井上 読んでた!

角田 少女漫画を読んでいた人にすり込まれているものを刺激するんだと思う。

井上 だから、キューンとくるのか。

角田 しかもね、スター俳優が背が高く、筋肉がありつつ、すらっとしているだけじゃなく、演技もきちんとできる。『愛の〜』で、北朝鮮の人たちがソウルに来たとき、緑のジャージ着ていた人に遭遇しますよね。その人が『涙の〜』の主人公キム・スヒョンで、緑のジャージは『シークレット・ミッション』という映画で彼がやった役の衣装なんです。北朝鮮のスパイなのだけど、バレないようにバカなフリをしつづけるっていう役。そういう仕掛けも小粋だし、カッコいい人がカッコいい役をするだけじゃないんですよね。

井上 そうか、じゃあ、演技力で魅せられているのかなあ……。

製作関係者がほぼ全員女性。社会性が反映される!?

角田 荒野さん原作の韓国映画『愛してる、愛してない』(’11年)を見ましたが、韓国にしては珍しく寡黙な作品ですね。

井上 昔の作品だけど、原作にとても忠実にやっていて、地味といえば地味だけど、よけいなものを足してなくて、私の原作の映画の中では一番好きなくらい。

角田 主人公がヒョンビンだけど、ヒョンビン度が薄い(笑)。

井上 私も『愛の〜』を見ながら、3話目ぐらいで、あれ、もしかして?と。ヒョンビンに同じくハマっている桐野夏生さんにうらやましがられました(笑)。角田さん原作の『紙の月』も素敵なドラマになっていました。

角田 脚色部分が非常に興味深かったです。友情を大事にする。いい役、悪い役をはっきり描き分ける。余韻ではなく、起伏をもたせないと娯楽作品として成り立たないんだなと。製作関係者のかたにもお会いしたんですが、ほぼ全員女性だったんですよ。こんな若い女性たちが現場を動かしているんだなと。韓国ドラマを見ていると、ルッキズムとか格差とか社会性をパッと反映させるじゃないですか。そういうのも女性の声がダイレクトに表れている結果なのかなと。

井上 今年の作品では精神科病棟を舞台にした『今日もあなたに太陽を』はすごくいいですね。

角田 主人公の看護師役の女性がとてもかわいいので素直にがんばるお話なのかなと思ったら、彼女もうつ病になってしまう。そこから展開して魅せていくのはさすがと。私は暗めの作品が好きなので『Pachinko パチンコ』や『地獄が呼んでいる』にも引き込まれました。『イカゲーム』は続編をやる度胸に驚かされた。

井上 けっこう、見ているよね。

角田 小説と別ものだからいいんですよ。切り離して楽しめるから。でも、今、私が30代くらいだったら、韓国でドラマづくりを勉強したいです。

井上 30代って、もう小説を書いていたころじゃない? それでも?

角田 うーん、行ってたかなあ。今のようにハマって、こういうドラマを見たいという気持ちがあれば。

井上 私はエンタメとはって、すごく考えるようになった。これまで小説としては、あの手のベタなエンタメって否定してきたけれど、何度も踏襲されてきた物語でもきっちり書けば、映像じゃなくてもおもしろいものになるのか。小説でもできるのか……。今模索中でもあります。

井上荒野×角田光代

「今30代だったら、韓国で脚本学校に通ってドラマづくりを勉強したい」(角田光代さん)

「エンタメとは?って、すごく考えるようになりましたね」井上荒野さん

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