がんになった私が、救われた言葉、困った言葉【乳がん回想録4】

病気を告げられたら、「支えたい」という人は多いと思う。そのとき、どんな言葉を書けたらいいのか…。私が受け取った「言葉」を書くことで、どなたかの参考になれば幸いです。
北鎌倉の紫陽花
人は言葉で救われることもあれば、深く傷つくこともある。

乳がんの経験の中で、私は「言葉」の重みを感じた。
励ましのつもりが痛みに変わることもあれば、光になることもある。

今回は、そんな「言葉」がくれた希望と傷の記憶について、綴ってみたい。

【これまでの乳がん回想録は以下のリンクをご覧ください】

「がんばってよかった、と思えるように頑張りましょう」

手術当日の朝、不安と緊張のなかにいた。手術室担当の看護師が病室まで来てくれたときの言葉は、今でも覚えている。

「がんばってよかった、と思えるように頑張りましょうね」

はっとした。

単なる「がんばって」ではなく、その先の未来まで見てくれている言葉だった。目の前の恐怖しか見えていなかった私に、その先をイメージさせてくれた。

「いま頑張れば、“よかった”と思える日が来る、かもしれない」
——そう信じられるだけで、ずいぶん救われた。

一番傷ついたのは「可哀想に」

病気のことを打ち明けたとき、一部の人から返ってきた「可哀想に……」という言葉。病院の待合室でまったく知らない人から「若いのに可哀想」と言われたこともある。(当時36歳だった)

その人に悪気がないのは分かっている。むしろ、心配してくれているのも伝わってきた。しかし、その言葉が何よりも心に刺さった。

「可哀想」という言葉には、相手と自分とを線引きしている感じがする。

私はまだ、自分を憐れんではいなかった。

前にも書いたが、
治療方針や副作用を調べたり、職場への伝え方に悩んだり、実はとても忙しい。現実と向き合い、闘う場面も多い。憐れんでいる暇はないのだ。

それなのに、外から「可哀想」と言われてしまうと、自分で自分にそうレッテルを貼ってしまう。「あぁ、わたしって可哀想なのか…」と。すると、現実を生きる気力を奪われる気がした。

可哀想…という言葉は、相手の気力を奪う言葉だと知った。

言葉が見つからないときは、無理に言わなくてよい

「何て声をかけたらいいか分からない」
そういう時は、無理に励まそうとしなくてもよいのかもしれない。そばにいてくれるだけで、気持ちは伝わる。

「そうだったんだ。大切なことを打ち明けてくれてありがとう」
「治療の合間に会えるなら、家の近くまでいくよ」
「変わらず連絡していい?」

そんな声をかけたくれた友人たちもいた。
寄り添ってくれる言葉が、どれだけ心を温めてくれたことか。

誰かのために声をかけるとき、これらの言葉を思い出すようになった。

これはあくまでも私の経験談。その人との関係性やその方の性格によっても異なる。言葉に正解はない。

でも、その人に寄り添いたいと思って悩んだこと、悩んで紡いだ言葉は、きっと相手に届くだろう、と思う。
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キャリゆか

キャリゆか

埼玉県在住。2回のがん経験を経て「ムリはしないけど、やるときゃやる!」をモットーに、日々を楽しみながら自由に挑戦中。趣味は街歩きと読書。日々のささやかな幸せや気付きをお届けします。

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