”12年に一度の幸運期”って、信じていいの?

~今年は射手座。来年はやぎ座? 「木星がくるから、12年に一度の幸運期ですよ!」というスローガン。本当にそうなのか?ということについて、考察してみました。~
そろそろ、年末が近づいてきて、色々な雑誌で2020年の占い特集が組まれる時期ですね。
このとき、占い師が良く雑誌などで使う常套句として、どれか一つの星座の人めがけて、「12年に一度の幸運期ですよ!」などということがあります。

ズバリ、2019年は射手座の人めがけて、でした。

そして最新の占い本ですと、来年2020年のことを言っていることが多いので、やぎ座の人めがけて。


でも、先日射手座の友人に会って、「2019年はラクになる、いい年になると言われていたけれども、逆に大変だった・・」と言われました。
彼女の身の上に起こったことあれこれ。
頑張って光明が見えた気もしたのに、結局今のところ報われなかった、絶望に近い気持ちになってしまったとのこと。
むしろ「大変だったね、がんばったね・・」という言葉がふさわしいような気がしました。


では、占いはやっぱり、当たらないのでしょうか。

「12年に一度のラッキーイヤー」と聞くと、なんだかすべてがうまく行きそうな気がします。
仕事もプライベートも、すべてが。
だからなんだかとても無責任な言葉のような気がして、私はあまり使いたくないな、と個人的に思うことがあります。

ひとりひとりの運勢というのは実はとても複雑で、それがどう出るかというのはまだまだ研究の余地というか、翻訳の余地があるのではないかな・・と思ったりしています。

幸運・不運、吉・凶で言ったほうが簡単なので、ついそういう言葉に頼ってしまいたくなるのですが、私が思う、「木星」のもたらす意味とは、シンプルに「拡大」「拡散」かもしれないと思っています。
それが良きことにせよ、そうでもないことにせよ。
地に足をつける、ということとは反対の作用で、地から足を離させ、フワフワとさせてしまうこともあります。

実を言うと、私のとても身近な人物で、木星がバッチリ到来していたときに、亡くなった方がいます。
(2016年でしたので、そのときはおとめ座に。)
亡くなる、という事だけを取れば、不幸です。
でも、彼が亡くなったとき、そのニュースが注目をされて、彼の作品が思わぬ形で拡散をされることになりました。
なくなることは辛いことだけれども、その瞬間、苦しまずに逝った事故形態のことなどを含めても、背中に羽が生えるような形であの世に行ったのかな・・と思っています。
思うようにしている、という方が正しいのかもしれないのですが。

それから、やはり別の人で木星がバッチリ来ていたときに、交通事故を起こしてしまった人もいました。(そのときは2018年で木星は蠍座にありました。)
簡単に言うと、交差点で”よそ見”をしてしまったのです。
その事自体は、幸運、不運でいうとあきらかに不運のほうです。
拡散、拡大・・と言った言葉の意味からすると、一番悪いことに、”注意力が拡散”してしまったのかもしれません。
ぼんやりとした感覚が、悪い方に作用してしまったというか・・。

あまり例をあげると怖がられそうですが、「木星=幸運」とは、決して言い切ってしまえないのは確かです。
私も、具体例な事例で研究を続けていかなければと思います。


または、どうしても「幸運」という言葉を使うならですが・・。
救いがもたらされるという意味は確かにあるのかもしれません。
まさに、「不幸中の幸い」という言葉です。
不可避の出来事に対して、エンジェルが何かそっと手を差し伸べて、最悪のことからは免れていたり。
たしかにそこに、一筋の光やヒントはある形で、着地していたり。


正確には、12月3日にもう射手座からやぎ座へと、木星が移動します。

やぎ座には、実はすでに木星と意味的には真逆の星座、土星がすでに長らく滞在しているため、ますますその効果というのはテキメンには感じにくいかもしれません。
唯一つ言えるのは、最近、重しを背負っていた状況から、イスの上にクッションが置かれるような状態です。

重いけど、軽さもある。
・・なんだか哲学的ですね。
上にも下にも引っ張られるような、不思議な感覚。
でも、そのどちらもが必要なもので、偏って考えすぎないことです。


やぎ座のみなさん、ぜひ来年末にいろいろ起こったことを、レポートして頂けるとありがたいです。


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