吉田博展で、木版画による世界旅行を。

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眼福の展覧会、『没後70年 吉田博展』(東京都美術館、~3/28)が開催中です。今日の私たちが風景写真や映像で触れて感動する、自然の雄大さとか光の柔らかさとかマジックアワーの美しさといったもののほとんどが明治9年生まれのこの画家の木版画に現れていて、もう唸るしかありません。

吉田は早くから画才を認められ、海外での評価も勝ち得た”国際派”。東京の画塾で学んでいた20代前半、水彩画などが横浜居住の外国人に売れていたので、画家仲間と片道分の渡航費を貯めて渡米します。訪ねるはずのコレクターはあいにく1か月ほど留守だったものの、各地の個展で水彩画が高く評価され、成功を収めます。

水彩画の特性と本人の資質とがマッチした相乗効果か、吉田博は風景を色の分布として捉え、再現するのが実に巧み。初期の油彩画からも後の木版画が予見できてしまいます。そんな恐るべきイメージセンサーである吉田に対して、神様は行動力も与えてしまったからもう最高! 絶景、雲上の光を求めて高山に登るわ、世界を股にかけて旅するわ。移動自粛三昧の昨今、こちらの心にいっそう深く沁みてくるものがあります。

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驚いたのはこちらのグランド・キャニオンの図。その場に行けばきっと、「悠久の時を感じさせますなあ……」などと思うのでしょうが(令和3年現在、私は未踏)、日本でその風景が広く認知されたのは戦後のはず。曾祖父よりさらに先輩の日本人が現地へ赴いて絵にしていたなんて、何だか時代感覚が混乱してしまいます。

吉田が木版画に本格に乗り出したのは40代から。海外で粗悪な浮世絵版画が持てはやされていたことを恥じたのがきっかけでした。壮大な山容、透明感ある水流、見事な諧調を帯びた空などを、西洋画的な写実描写をベースに木版画化しています。

吉田の版画制作には職人たちが介在しました。にもかかわらず「自摺」とわざわざ入れたのは、彼が職人たちに細やかな指示を出したことで得られた成果ゆえのこと。その自負心は「自刻自摺」の創作版画とは異質なわけですが、吉田自身は、イメージの頂に登る道はひとつではないと考えていたことでしょう。

迫真の風景の連続に心動かされる中で、「えっ、人間に興味なさすぎ?」と言いたくなるようなデッサンのゆるい人物が登場する作品がチラホラ。そのギャップもひとつの萌えポイントです。

ゆったり見られる展示でしかも作品数が多いので、見終わった後の満足感はひとしお。さしずめ木版画による世界旅行でした。
(編集B)
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