「海松子のイメージは、クラスにひとりくらいはいた“周囲に流されない人”。空気を読めずにからかわれたりすることがあっても、私はそういう人を“落ち着いていてうらやましい”とひそかに思っていました。ただ海松子の場合、精神年齢が幼少期で止まっている。大学入学を機に親からひとり暮らしを言い渡された彼女は、親のプロデュースをはずれて本来の自分で生きることになりますが、それだと周囲と衝突することに初めて気づくんです」
同じクラスの女子との会話を盛り上げようとして、彼女の口臭から昼食メニューを当てて逃げられるなど、仲よくなりたい気持ちはあるのに裏目に出る海松子。そのマイペースさは唯一の友人・萌音(もね)に「鈍すぎる」といわれるほどだが、萌音もある意味似たタイプ。インターネットをほとんど使わない海松子とは対照的に、SNSの情報を駆使して人気者をまねる彼女は“女子力向上のため”と悪びれない。それゆえ周囲から引かれることもあるのだ。
「若いいとこに取材したりSNSを見たりして気づいたのは、私のころも今も、大学入学後のいろいろな変化についていける子といけない子がいるということ。海松子と萌音は変化についていけない理由も性格も違うけれど、正直さという点でウマが合う(笑)。ふたりがあけすけに言い合うところは、書いていて楽しかったですね」
物語は海松子に近づくふたりの男性の登場で思わぬ展開に。恋愛感情がイマイチわからない海松子が変わるのか、彼らやクラスメートたちとの関係を自分らしく築けるのか、親目線で気になって……。
「海松子は自分らしさが強いけれど、それをつかみきれない。だからあせって“私には特別なオーラが出ている”と思い込むんです。多分自分らしさって簡単にはつかめないもの。海松子もずっと考えていくのでしょうね」
結婚して一児の母になったが、「自分の経験より想像力を大事にして書きたい」とほほえむ綿矢さん。
「ただコロナによる、今まであたりまえだと思っていたことの変化には感じることが多くて。それを直接書きたいわけではありませんが、この時代を生きた人にしかわからない転換点を小説に織り込んでいけたらいいなと思っています」