河鍋暁斎の娘・とよの人生を描いた、話題の直木賞受賞作『星落ちて、なお』【斎藤美奈子のオトナの文藝部】

アラフィー女性に読んでほしい、文芸評論家・斎藤美奈子さんのおすすめ本。今回は、天才画家・河鍋暁斎の娘に生まれた河鍋とよの人生を描いた『星落ちて、なお』をピックアップ。日露戦争から関東大震災まで、目まぐるしく変わる時代とともに描いた今期直木賞受賞作。
斎藤美奈子
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『名作うしろ読み』『ニッポン沈没』『文庫解説ワンダーランド』『中古典のすすめ』『忖度しません』ほか著書多数。最新刊は『挑発する少女小説』(河出新書)。
澤田瞳子『星落ちて、なお』

『星落ちて、なお』
澤田瞳子
文藝春秋 ¥1,925
妹をなにかと敵視する天才肌の異母兄。彼女の味方になろうと奮闘する父の一番弟子。彼女の画才を見込んでパトロンを買って出るも、放蕩がすぎて妻に見放される大店(おおだな)の主人。そして彼女を師と慕う次世代の女性たち。天才画家の娘に生まれた河鍋とよの人生を、日露戦争から関東大震災まで、目まぐるしく変わる時代とともに描いた今期直木賞受賞作。とよが放つベランメエ調の江戸弁も、時代の雰囲気を伝えている。

河鍋暁斎の娘・とよの人生を描いた、話題の直木賞受賞作

河鍋暁斎(きょうさい)といわれても、ピンとこないかもしれない。幕末から明治中期にかけて活躍した暁斎は、歌川国芳のもとで浮世絵を学び、写生を重んじる狩野派のもとで修業を積み、さらに葛飾北斎の戯画にも私淑する天才画家だった。200人を超す弟子を抱えていたというから、今風にいえば、手分けして山のような注文をこなす大手イラスト制作プロダクションの社長みたいな感じかな。

澤田瞳子の今期直木賞受賞作『星落ちて、なお』はその暁斎、ではなく暁斎の娘・とよを主人公にした歴史小説だ。天才画家の娘に生まれたとよ(画号は暁翠)は、北斎の娘・応為のように、5歳から絵筆を持たされて育った。

暁斎は父というよりは師で、弟も妹も絵師の卵。なかでも異母兄の周三郎(画号は暁雲)は一度養子に出されたあと、17歳で父に入門したという遅咲きの絵師ながら、父の奔放な画風を受け継いでおり、それを鼻にかけてさえいる。とよは才ある兄に羨望とも妬みともつかぬ感情を抱いていた。

その偉大なる父・暁斎が59歳で没したところから物語は始まる。明治22年。時にとよは22歳。200人もいる弟子をどうするのか。プロダクションの危機である。

ところが、跡取りであるはずの兄はまるで頼りにならない。病に伏せっていた父の看病から葬儀の段取り、後始末まですべて妹に任せっきり。〈親父どのが死んだ今、これ以上、客を待たせてもおけねえからな〉なぞとうそぶいて自分の仕事に没頭している。

しかもその絵は当初、遊廓・角海老からとよにきた注文だった。〈あたしなら、こうは描かないよ〉と口にしたとよ。〈じゃあ、おめえは俺以上の遊女図が描けるっていうのか〉〈ああ、描けるよ。描いてやるさ〉

憤慨したとよは一念発起、兄を見返すべくいよいよ画業に本腰を入れて……という展開になれば、痛快なエンターテインメントですよね。だが、現実は厳しい。

とよの前に立ちはだかったのは明治という時代だった。父の偉業を受け継ごうにも自分にそれほどの才はなく、西洋画の台頭で、浮世絵や狩野派の流れをくむ河鍋家の画風はやがて時代に合わなくなる。そのうえ、近代という時代は江戸期にもまして女を型にはめたがる。とよも一度は結婚し、娘をもうけるのだが……。

芸術家であり職人でもある一家の物語だから特殊な点はあるものの、はからずも家業を継いでしまった娘の苦悩という点ではほかの業種にも当てはまりそう。

それでも病弱の妹や女の弟子の面倒を見たり、女子美で教鞭をとったりしながら明治大正を駆け抜けたとよの姿はたくましい。画壇のスターになれなかった江戸っ子女性は、さてどこに着地する?

 あわせて読みたい!

澤田瞳子『火定(かじょう)』

『火定(かじょう)』
澤田瞳子
PHP文芸文庫 ¥968
澤田瞳子が得意とするのは古代を舞台にした歴史小説。こちらは737年の寧楽(奈良)を舞台に、天然痘の爆発的感染を描いた’17年の直木賞候補作。コロナ禍の現代にも通じる展開に、天平のパンデミック小説として話題になった。

山口静一 及川 茂/編『河鍋暁斎戯画集』

『河鍋暁斎戯画集』
山口静一 及川 茂/編
岩波文庫 ¥990
明治期の河鍋暁斎は風刺画の描き手としても知られ、頑迷な旧習や浅薄な文明開化を揶揄(やゆ)した作風で「反骨の絵師」とも呼ばれた。収録された多彩な戯画や挿し絵も大勢の弟子が手分けして描いていたのかも、と考えると楽しい。

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