【杏さんインタビュー<前編>】いる場所ごとに、違う自分になれる。贅沢な時間を過ごしています

モードな服を着こなし、カメラの前に立つ。その背すじの凛々しさに、頼もしさが加わった。パリと東京を行き来しながら、仕事に生活に、自分らしく向き合う杏さんが、待望の本誌表紙に初登場。

「カラフル」だった30代を忘れないように書き残す

杏さん

「すばらしいですね。日本は本当にすばらしい。安全だし、何を食べてもおいしいし。ホッとします」久しぶりの帰国の実感をたずねると、そういって屈託のない笑顔を見せた。

杏さんがフランスへ移住することを発表したのは、4年前の夏。コロナ禍以前、3人の子供たちとパリを旅した際に兆した「いっそ、住んでしまおうか」という思いを実行するという決断は、少なからぬ驚きをもって受け止められたが、以降、パリと東京を行き来しながら、俳優としていっそう充実した活動を続けている。

「父(俳優の渡辺謙さん)が『ラスト・サムライ』に出演したのは40代に入ったころ。友人のお母さんが50代でイタリアに移り住んだという話も聞いていたので、それを思えば、私が36歳で移住するのなんてちっとも遅くないんだなと思ったんです。身近にロールモデルがいるんだから、30代なんて全然、まだまだだって」

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出産を経験し、20代とはっきり線引きされて始まった30代は、いわく「毎年色が違っていて、はからずもカラフルになった」年代。その日々をつづった著書2冊が、40代を迎えるこの春、発売された。『杏のとことこパリ子連れ旅』(ポプラ社)は、移住のきっかけとなった子供たちとの旅の実感を、体験的ノウハウとともにまとめたもの。もう1冊の『杏のパリ細うで繁盛記』(新潮社)には、移住を思いたってから現在までの暮らしぶりや、自身と家族に起こった変化がいきいきとした筆致でつづられている。かねてから文章表現に定評のある杏さん。原点は、子供時代に身につけた習慣と、彼女といえば思い浮かぶ、あの関心事だという。

「通っていた小学校では日記を書くのが決まりで、6年間で書いた日記は70冊くらい。その経験もあって、体験したことや思ったことを残したいなという気持ちはずっともっています。子供との旅も、日々の暮らしのことも、そのときに書いておかないと忘れてしまうことばかりだし。あとはやっぱり、歴史が好きだからというのもあるのかな。この間、レオナルド・ダ・ヴィンチ手稿の本物を見る機会があったんですが、当時、彼が描いた飛行機は、あの時代には実現しなかったけど、彼が描いて残したことで何世紀も後の人たちがブラッシュアップして完成させている。何百年前の人が書いたことだって、当時は“今”だったわけだし、残さなかったら何もなかったことになってしまうんですよね。だから、自分の中にフワフワと漂っている感情のように、いつか忘れてしまうものを書いて残しておきたくて」

今の連なりが、自分の現在地。拠点を移しての4年間の実感は「自分がもうひとり増えた感じ」。それは間違いなく、彼女が自分の力で得たものだ。
「パリの自分と東京の自分、別に分けようとしているわけではないですが、世界が増えたという感じ? ホームグラウンドごとに自分を切り替えていく感覚で、こっちに行くとあっちでの記憶がなくなっちゃうというくらい、きっぱり切り替わるんです。本当に不思議。でも、贅沢なことだと思うし、恵まれているんだな、楽しいなって」

(インタビュー後編へ続く)

あん●’86年、東京都生まれ。’01年デビュー。主な出演作に、NHK連続テレビ小説『ごちそうさん』、NTV 『花咲舞が黙ってない』シリーズ、CX『競争の番人』、映画『キングダム 運命の炎』『私たちの声』『翔んで埼玉 ~琵琶湖より愛をこめて~』『窓ぎわのトットちゃん』(声の出演)『かくしごと』『劇映画 孤独のグルメ』など。’22年にWFP親善大使に就任し、二拠点生活を開始。『連続ドラマW BLOOD&SWEAT』(全8話)は毎週日曜夜10時に新エピソードを放送、配信中。日々の様子を伝えるYouTubeチャンネル『杏/ anne TOKYO』も更新中。

撮影/長山一樹(S-14) ヘア/TOMIHIRO KONO メイク/COCO(関川事務所) スタイリスト/伊藤美佐季 取材・原文/大谷道子 ※エクラ2026年6月号掲載

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