【夏の文芸エクラ大賞まとめ】読みたい本が見つかる!アラフィーにおすすめの48冊
毎年好評の「文芸エクラ大賞」も6回目。コロナ禍でさまざまな経験をしてきた私たちだが、アフターコロナの時代へと向かいはじめた今、本に求めるものや関心事も変わりつつある印象が。最近、どの本を読めばいいのかお悩みのアラフィーへ、あなたの心を満たす一冊を見つけて、ぜひこれからの人生の財産にしてほしい。
「文芸エクラ大賞」大賞作品
本のプロが選ぶ、この1年間に出版された本で、“一番読んでほしい作品”は? 今回は、大賞に輝いた『華ざかりの三重奏(テルツェット)』を紹介するとともに、選考会の様子もお届け。
文芸エクラ大賞とは?
私たちは人生のさまざまなことを本から学び、読書離れが叫ばれて久しいとはいえ、本への信頼度が高いという実感がある世代。エクラではそんな皆さんにふさわしい本を選んで、改めて読書の喜びと力を感じていただきたいという思いから、’18年にこの賞を創設。
選考基準は、’22年6月~’23年5月の1年間に刊行された文芸作品であり、エクラ読者に切実に響き、ぜひ今読んでほしいと本音でおすすめできる本。エクラ書評班&書店員がイチ押しする作品の中から、エクラ書評班が厳選した絶対に読んでほしい「大賞」、ほかにも注目したいエクラ世代の必読書「特別賞」、さらに「斎藤美奈子賞」「書店員賞」など各賞を選定。きっと、あなたの明日のヒントになる本が見つかるはず!
▼4人の選者
文芸評論家 斎藤美奈子
本の執筆だけでなく、新聞や雑誌などにも切れ味鋭い文芸評を寄せ、幅広く支持されている。
文芸評論家 斎藤美奈子
本の執筆だけでなく、新聞や雑誌などにも切れ味鋭い文芸評を寄せ、幅広く支持されている。
書評ライター 山本圭子
出版社勤務を経てライターに。女性誌ほかで、新刊書評や著者インタビュー、対談などを手がける。
書評ライター 細貝さやか
本誌書評欄をはじめ、文芸誌の著者インタビューなどを執筆。海外文学やノンフィクションに精通。
書評担当編集 K野
女性誌で書評欄&著者インタビュー担当歴20年以上。女性誌ならではの本の企画を常に思案中。
第6回「文芸エクラ大賞」大賞発表!
『華ざかりの三重奏(テルツェット)』
坂井希久子 双葉社 ¥1,815
可南子は定年退職後に中学時代の親友・芳美と同居を開始。ヤギと散歩する不登校らしき少年や家に居場所をなくした女性がそこを訪れるようになり、さらにはあるプロジェクトまで始まって……。生き方は違っても、60歳になれば誰もが抱くのがお金や健康、孤独などへの不安。それらにさいなまれるのではなく、新たな一歩を踏み出す女性たちを描いた小説。
今までになかったタイプの女性の前向きさ! 第2の人生を探すときの指針がここに
━━文芸評論家 斎藤美奈子
少女漫画オタクは永遠! 楽しむ気持ちを知っている人は最強だと思った
━━書評ライター 山本圭子
ほどよい距離を保ちつつ、趣味できゃぴきゃぴ盛り上がる女性たちがいい!
━━書評ライター 細貝さやか
受賞コメントをいただきました! 作家・坂井希久子さん
女性の人生には独身、既婚、子供のあるなしや仕事の有無といった分岐点があり、長らく交わることがない。それらが一段落した60歳の節目に、かつての友人同士を再会させるとどうなるかなと考えました。老後の不安は多々あれど、とにかく楽しいお話にしたいと考えていたので、仲間を増やして思わぬ方向に突き進んでいく彼女たちを頼もしく感じました。私の血肉となってくれた少女漫画と、ヤギを出せたのも満足です。ありがとうございます。
本音が楽しく飛び交う選考会。気になるその内容は?
K野 文芸エクラ大賞も6回目になりましたが、今年はいつにも増して個性豊かな作品が多かったですね。
山本 金原ひとみさんの『デクリネゾン』の主人公は2度の離婚歴がある女性作家。どんなに悩んでも、娘も仕事も若い恋人も手放そうとしない握力の強さに圧倒されました。
細貝 デビューのころとは違う作者の“生きづらさ”も見えた気がします。
K野 ここ数年介護小説が増えていますが、河﨑秋子さんの『介護者D』は主人公が推しの女性アイドルを心の支えにしているところがユニーク。
斎藤 娘30歳、父親66歳。介護が始まるには早いけれど、本作のように親が大病をするとこういうケースもありえますよね。父親は長年塾の先生をしていた地域社会のインテリ。そういう人が介護される側になると、プライドが本当に厄介!(笑)
細貝 家族でも恋人でもなく、ふだん触れ合うことのないアイドルの輝きに救われる主人公。こういう絆もあるんだなと思いました。
斎藤 『嘘つきジェンガ』は3作とも構成が秀逸。憧れの漫画家になりすましてオンラインサロンを開催する女性を描いた「あの人のサロン詐欺」は、落としどころをどうするのかなと思っていたら……。
細貝 意外だしせつなかったですね。
K野 西加奈子さんの乳がん闘病記『くもをさがす』は衝撃的でした。彼女は滞在先のバンクーバーで手術を受けますが、日本では考えられないことや不自由なことの連続で。
細貝 至れり尽くせりの日本の医療に慣れた私には無理そう。
山本 大変なときは信頼の置ける友人知人に「助けて!」ということが大事なんだなとつくづく思いました。
斎藤 バンクーバーは移民の街で、西さんの友人知人もそういう人たち。闘病記に彼女たちの歴史や背景まで織り込めたのは、西さんの中にいつも作家的好奇心があるからだと思います。彼女が病気を乗り越えられたのは、人間としての総合力があったからという気がしましたね。
山本 『華ざかりの三重奏』の主人公は、独身で定年まで勤め上げた可南子と子育てと介護を終え夫を亡くした芳美。同窓会での再会をきっかけに、かつての親友ふたりの人生は思いがけない方向へ……という話ですが、彼女たちをつなぐのは昔のめりこんだ少女漫画。名作を懐かしく思い出すエクラ読者も多そうです。
細貝 新たなことを始めちゃう彼女たちのはじけっぷりが楽しかった。
K野 気持ちよく読み終えた小説でした。
斎藤 可南子は男女雇用機会均等法第1世代。そういう人たちが老後を考える時期になったという感慨がありますね。まさに少女漫画みたいな展開ですが「老後は好きにしていいんだ!」という痛快さが二重マル。
山本 エッセイではジェーン・スーさんの『おつかれ、今日の私。』がイチ押し。自分に優しくしたくなりました。今年注目している作家は石田夏穂さん。『ケチる貴方』は女性の極端な冷え性を意外なドラマに仕立て上げている。クセになる味です。
K野 武田砂鉄さんの『父ではありませんが』も印象に残った本。彼の違和感は思考を広げてくれます。
斎藤 『家庭用安心坑夫』は廃坑テーマパークの坑夫マネキンが主人公の主婦を非現実へといざなう話。この強い個性は“買い”だと思います。
細貝 翻訳書では『私のペンは鳥の翼』を。戦火が絶えないアフガニスタンの現実がさまざまなかたちで描かれた、現代の必読書です。
斎藤 大賞の選考はいつもみんなで悩みますが、今年は全員の気分を大いに上げてくれた『華ざかりの三重奏』でいかがでしょうか。
K野 全員一致で賛成ですね。そのほかの本も自信をもっておすすめできるものばかり。納得のいくラインナップになったと思います!
文芸エクラ大賞「特別賞」受賞作品
本誌エクラで本について執筆している文芸評論家とライター、本の現場を知る書店員が選考に参加。「特別賞」に選ばれた4冊を紹介。
「(友人に比べて)自分はDランク」と感じてしまう主人公の複雑な内面がリアル
━━文芸評論家 斎藤美奈子さん
『介護者D』
河﨑秋子 朝日新聞出版 ¥1,870
主人公は父親の介護のために派遣社員をやめ東京から札幌に戻った琴美。父親との価値観の違いや同級生との差異にやりきれなさを覚えつつ、推し活を心の支えにする女性を描いた現代の介護小説。
あなたやあなたの大切な人が病気になったとき、全力で抱きしめてくれる本
━━紀伊國屋書店梅田本店 小泉真規子さん
『くもをさがす』
西 加奈子 河出書房新社 ¥1,540
滞在先のカナダで乳がんの宣告を受けた著者。コロナ感染、両乳房摘出手術と次々に試練が訪れるが……。「これはあくまで治療だ。闘いではない」とつづる彼女に静かに寄り添いたくなるノンフィクション。
娘に気持ちを伝えようと言葉をつくす主人公。理屈っぽいが気持ちはわかる!
━━書評担当編集 K野
『デクリネゾン』
金原ひとみ ホーム社 ¥1,980
シングルマザーの小説家・志絵が中学生の娘に「大学生の恋人と一緒に暮らしたい」と告げると、娘から意外な返事が。恋も仕事も家族も大事だからこそ、強くも危うくもなる女性が新鮮な長編小説。
だます側とだまされる側の孤独が、驚くほど似ている。これはもう辻村マジック!
━━代官山 蔦屋書店 間室道子さん
『嘘つきジェンガ』
辻村深月 文藝春秋 ¥1,815
詐欺犯罪をテーマにした3編を収録。「2020年のロマンス詐欺」は、コロナ禍で仕送りが減った男子大学生がアルバイト感覚でロマンス詐欺に加担してしまう話。二転三転する展開に驚かされる!
50代の心を揺さぶる注目の5冊
第6回文芸エクラ大賞から、注目の5冊をピックアップ。エッセイ、ノンフィクション、外国文学……。本のプロが選ぶ、この1年間に出版された本で、“一番読んでほしい作品”は?
エッセイ賞
スーさんが「あなたがよくやったことを私は知っている」といってくれているよう
――有隣堂 アトレ恵比寿店 酒井ふゆきさん
『おつかれ、今日の私。』
ジェーン・スー マガジンハウス ¥1,540
“自分との約束”を果たせない自分にがっかりしたり、がんばっても報われないことに気落ちしたり。著者が自分の長所や短所を見つめながら読者に語りかけるエッセイには“ねぎらうこと”の大切さが。
注目の作家賞
職場、特に人間関係の描き方がクール。“いかにも!”で思わず笑いが
――書評ライター 山本圭子
『ケチる貴方』
石田夏穂 講談社 ¥1,650
熱を生産しにくい自分の体を“ケチ”と感じている冷え性の主人公。ところが職場であることをすると熱を生産するとわかり……。“女性の体”にまつわる発想が独特な2編を収録した作品集。
外国文学賞
戦争がすぐ隣にある国の日常には悲惨さも笑いも涙もあると教えてくれた
――書評ライター 細貝さやか
『わたしのペンは鳥の翼』
アフガニスタンの女性作家たち 古屋美登里/訳 小学館 ¥2,310
米軍が撤退し、タリバンが再び国を支配するアフガニスタンで女性作家たちが書いた短編から伝わるのは、過酷な現状や女性たちへの厳しい制約など。この国の過去・現在・未来について考えたくなる。
ノンフィクション賞
「普通の家族」は幻。「こうあるべき」に苦しんでいる人にぜひ読んでほしい
――ブックファーストアトレ吉祥寺店 利重絵理子さん
『父ではありませんが第三者として考える』
武田砂鉄 集英社 ¥1,760
「子どものいないあなたにはわからない」。そんな世間の雰囲気を感じているライターが親というものや家族について考えた本。誰もが自分の立場で先入観を抱きがちだが、フラットな目線は大事だと実感。
斎藤美奈子賞
秋田の鉱山跡をディテールまで再現。坑夫の人形がからむシュールな妄想にも説得力が
――文芸評論家 斎藤美奈子
『家庭用安心坑夫』
小砂川チト 講談社 ¥1,540
小波は“廃坑の坑夫マネキンがあなたの父親”と母にいわれて育つ。ところがやがて東京で父の姿をあちこちで見るように。現実と狂気のあいまいな境目に引き込まれそうになる’22年の芥川賞候補作。
文芸エクラ大賞「書店員賞」受賞作品
本の現場の最前線にいる書店員のかたがたが、アラフィーにぜひ読んでほしい本を1人3冊ずつスペシャルセレクト!(氏名50音順) エッセイや小説、短編小説など幅広く選出され見逃せない注目本揃いだ。
【紀伊國屋書店梅田本店 小泉真規子さん おすすめの3冊】
『汝、星のごとく』
凪良ゆう
講談社 ¥1,760
「人生の選択のとき何が間違いで何が正しいのか。答えは誰にもわからないけれどそれでも私たちは生きていく。そんなことを思わせてくれる壮大な愛の物語」
『小さいわたし』
益田ミリ
ポプラ社 ¥1,540
「エッセイストが子供のころの自分を当時の目線で振り返る。物心ついていないころの私はどんな感じだったのか。今度母に会ったら聞いてみたくなった」
『編めば編むほどわたしはわたしになっていった』
三國万里子
新潮社 ¥1,650
「著者はニットデザイナー。何げない日常がつれづれなるままに紡がれた文章はなんだか心地よく、暖かい手編みのセーターに手を通したような気持ちに」
【有隣堂 アトレ恵比寿店 酒井ふゆきさん おすすめの本3冊】
『10品を繰り返し作りましょう わたしの大事な料理の話』
ウー・ウェン
大和書房 ¥1,760
「毎日の料理をいかに無理なくおいしく作るか。その極意がわかって本当に参考になった。料理は生き方であり作る人が無理をしては元も子もないんだなと思う」
『町田尚子画集 隙あらば猫』
町田尚子
青幻舎 ¥2,750
「猫好きな人にはもちろん、ノスタルジックな気分を味わいたい人にも。最近自分のことが二の次になっていると感じていたらこれをゆっくり読んでみて」
『アガサ・クリスティー失踪事件』
ニーナ・デ・グラモン
山本やよい/訳
早川書房 ¥2,970
「実際の事件をもとにしたサスペンス。小説としておもしろいのはもちろん、女性の境遇が今とは違う時代に彼女がどう生きようとしたのかを考えさせられた」
【ブックファースト アトレ吉祥寺店 利重絵理子さん おすすめの3冊】
『闘いの庭 咲く女 彼女がそこにいる理由』
ジェーン・スー
文藝春秋 ¥1,650
「テレビや雑誌でおなじみの13人の女性に著者がじっくりインタビュー。壁にぶつかってもあきらめず、自分を信じて花を咲かせたのだなと感心しました」
『祖母姫、ロンドンへ行く!』
椹野道流(ふしのみちる)
小学館 ¥1,760
「ひょんなことから高齢の祖母とロンドンへ旅立った著者。マイペースな祖母姫に振り回される著者のあたふたぶりと心の中で繰り広げるツッコミが最高!」
『家事か地獄か』
稲垣えみ子
マガジンハウス ¥1,650
「家事は面倒、キリがないと思っていた私にとってこの本は目からウロコ。便利を捨てるってどういうこと⁉ 家事とは自分を整えるものと気づかされた一冊」
【ジュンク堂書店池袋本店 西山有紀さん おすすめの3冊】
『無人島のふたり 120日以上生きなくちゃ日記』
山本文緒
新潮社 ¥1,650
「私が余命を告げられたら冷静ではいられない。著者もそうだっただろうが、最期の日々をこんなふうにつづれるなんて……。彼女の書くことへの執着を感じた」
『月の立つ林で』
青山美智子
ポプラ社 ¥1,760
「ポッドキャスト『ツキない話』のリスナー5人を描いた連作短編。悩んでいるときでも新しいことは始められるんだよ、と背中を押してくれるような作品」
『とんこつQ&A』
今村夏子
講談社 ¥1,650
「読後ジワジワ寒気と違和感がおそってくるホラーみたいな短編集。こんな人たちが身近にいたら本当に怖い! 非日常的で不思議な世界観を味わいたい人に」
【代官山 蔦屋書店 間室道子さん おすすめの3冊】
『黄色い家』
川上未映子
中央公論新社 ¥2,090
「40歳の花はお金しか頭になかった若いころを思い出すが、それは地獄めぐりのような記憶だった。お金の暴力性・危険性がリアルで読後ヘトヘトになる快作」
『五月 その他の短篇』
アリ・スミス 岸本佐知子/訳
河出書房新社 ¥2,200
「話の中心が男から女、ハエ、古本へと変わる1話目が秀逸。ほかにも性や視点の入れ替わりをフラットに描く全12話で、海外文学好きは必読の一冊です」
『水車小屋のネネ』
津村記久子
毎日新聞出版 ¥1,980
「家から逃れ、18歳の理佐は10歳年下の妹を連れて山あいのそば屋に就職する。そこにはしゃべる鳥ネネが! 姉妹と周囲の人々、鳥の40年にわたる爽快な物語」
文芸評論家・斎藤美奈子さんに聞く!世の中の動きと本の最前線
第6回目を迎えた文芸エクラ大賞で、この1年の売れた本&話題の本を総ざらい! 本誌エクラで本について執筆している文芸評論家とライター、本の現場を知る書店員が選考に参加。話題の本を、文芸評論家・斎藤美奈子さんが解説。
文芸評論家・斎藤美奈子
さいとう みなこ●’56年、新潟県生まれ。本誌連載「オトナの文藝部」でも人気の文芸評論家。『日本の同時代小説』『中古典のすすめ』『挑発する少女小説』など著書多数。最新刊は『出世と恋愛 近代文学で読む男と女』。
「去年7月の安倍元首相銃撃事件で表面化したのが、政治と宗教の深い結びつきや宗教2世問題。これらは以前からいわれていたことですが、取材を続けていたジャーナリストの本や宗教2世が自らの生い立ちを語った本を読むと、私たちが理解しきれていなかった深刻さがよくわかります」と斎藤さんは語る。
「“異次元の少子化対策”に影響を与えた本や男性が語る子育ての本が出てきたのは今年らしい。“聞き方本”がヒットしたのは、直接会話する機会が減った今、ちょっとした受け答えで人間関係を壊したくないという思いの表れかも」
そのほかにもW村上(村上春樹と村上龍)の健在ぶり、フランスの女性作家アニー・エルノーのノーベル文学賞受賞など、いろいろな話題があった本の世界。「大江健三郎さんや富岡多恵子さんが亡くなり、戦後文学の区切り感があったのも今年。アフターコロナに転換しつつある今、時代はどんな方向へ進み、本に影響していくのか。これからも注目です」
“宗教2世問題”が顕在化。ノンフィクション作品が続々
『小川さゆり、宗教2世』
小川さゆり 小学館 ¥1,650
『自民党の統一教会汚染 追跡3000日』
鈴木エイト 小学館 ¥1,760
『改訂新版 統一教会とは何か』
有田芳生 大月書店 ¥1,650
「統一教会問題が浮上して読まれたのが有田芳生(よしふ)さんの本。約30年前に書かれた労作に書き下ろしを加えたもので、’60年代から続く政治と統一教会の関係がわかります。
鈴木エイトさんの本で注目すべきは安倍政権と統一教会との結びつきで情報が新鮮。今年売れた小川さゆりさんの本など、宗教2世の告白本はエッセーや漫画の形で出ていますが、読んでわかるのはこういう人たちが児童虐待の犠牲者だということです」と斎藤さん。
「子供の人生に関与してくるカルト的な宗教は、子供が自分で考える力を奪う。だからそこを抜けても生きるのがむずかしいんです。それがわかって思い出したのが、宗教2世を描いた過去の話題作。今村夏子さんの『星の子』の主人公とか、村上春樹さんの『1Q84』に出てくる女性暗殺者とか。これらを読むと彼女たちが学校や社会で孤立しがちなことがわかる。本当に解決がむずかしい問題だと思います」
少子化対策のヒントも? 男性の書き手が“子育て”を考える
『プリテンド・ファーザー』
白岩 玄 集英社 ¥1,870
『プリテンド・ファーザー』は幼い子供をひとりで育てている男性ふたりを描いた小説。彼らが気づくのは性差別など“暗黙の社会の常識”だった。
「ここでは男たちが新しい家族像を模索しますが、日本の家族観は変わりにくいのが特徴。20〜30代独身者で親と同居中の人は7割ともいわれますが、この現状が少子化に大きく影響しています。社会学者の山田昌弘さんは、日本と違って女性のキャリア形成意欲が高い欧米をお手本にしたのが少子化対策失敗の原因と指摘。ジャーナリストの河合雅司さんは人口が減り続ける現状を“静かなる有事”と警告しましたが、これは政府の見解で使われた言葉です。本気で少子化対策を考えるなら親子関係から問い直す必要がある。日本の親は子供の成長後にまで責任をもとうとする。だから怖くてみんな子供なんかもてないと考えるんですよね」
政府の少子化対策に影響も!?
〈右〉『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか? 結婚・出産が回避される本当の原因』
山田昌弘 光文社新書 ¥858
〈左〉『世界100年カレンダー 少子高齢化する地球でこれから起きること』
河合雅司 朝日新書 ¥891
出ればすぐ話題に! 70代になった人気作家、“W村上”の現在地
『ユーチューバー』
村上 龍 幻冬舎 ¥1,760
『街とその不確かな壁』
村上春樹 新潮社 ¥2,970
4月に刊行された村上春樹さんの6年ぶりの長編は、書店に特設コーナーが作られたりニュースで取り上げられたりと、盛り上がりを見せた。
「春樹ファンにとってここに出てきた“壁”や“穴”などの言葉はおなじみのもの。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を思い出したかたも多かったのでは。新鮮味には欠けましたが、売れ行きは好調でしたね」
一方村上龍さんの新作は70代の人気作家がYouTubeで女性遍歴を語るという内容。
「私小説的な作品で、主人公の経験はばかばかしいけれど現実のなまなましさが。龍さんは小説にYouTubeのような“現実にある新しいもの”を取り入れてきただけにその世界は開かれている印象。一方、春樹さんの世界は閉ざされている印象。対照的なおふたりですが、ずっとトップにいるのは力がある証拠ですね」
会話べたになったから!? “聞き方本”が増えている!
『人は聞き方が9割』
永松茂久 すばる舎 ¥1,540
『聞く技術 聞いてもらう技術』
東畑開人 ちくま新書 ¥946
『LISTEN 知性豊かで創造力がある人になれる』
ケイト・マーフィ 篠田真貴子/監訳 松丸さとみ/訳 日経BP ¥2,420
話し方や聞き方といったコミュニケーション論の本は定番の売れ筋だが、斎藤さんによると「最近はさまざまなタイプの“聞き方本”が出てきました」とのこと。
「『人は聞き方が9割』には“強弱をつけてうなずく”“一緒に笑う”など相手を気持ちよくするノウハウが。これが’21年から売れ続けているのは、会話に神経質なわりに基礎技術がないと感じている人たちが多い証拠かも。
『聞く技術 聞いてもらう技術』は“本当に困ったときどうやったら他人にSOSを受け止めてもらえるか”にまで言及。
『LISTEN』で語られているのは“孤独になりがちな今、人は会話でどう救われていくか”という本質的な問題です。
こういった本がヒットしているのは、メールやLINEなど書き言葉でのやりとりが増えて、聞いたりしゃべったりする機会が減ったから。そこへコロナ禍が加わって、会話に自信をもてない人が増えたからかもしれませんね」
ノーベル文学賞にも「#MeToo」の波が。82歳の女性作家、“アニー・エルノー”に注目
『嫉妬/事件』
アニー・エルノー 堀 茂樹、菊地よしみ/訳 ハヤカワepi文庫 ¥1,188
『シンプルな情熱』
アニー・エルノー 堀 茂樹/訳 ハヤカワepi文庫 ¥880
’22年のノーベル文学賞を受賞したのがフランスの女性作家アニー・エルノー。オートフィクション(私小説)の書き手として知られているが、「日本の私小説と違うのは個人的なことが社会問題につながっている点です」と斎藤さん。
「『事件』に描かれているのは20代のころの壮絶な中絶体験。当時のフランスでは中絶が合法化されておらず、多くの女性が大変な思いをした。だから彼女の受賞には意義がありますが、加えて別の意義も。
実は’18年にスウェーデン・アカデミーにかかわっていた男性のセクハラが発覚。#MeToo運動の流れもあり恣意的だった文学賞選考に改革が行われ、選考委員の顔ぶれや受賞作家がより注目されるようになりました。結果的に選考委員に女性が増え、マイノリティの受賞者が増える傾向に。エルノーの受賞は時代を象徴しているという意義もあるんです」
作家・恩田陸さんへ「本にまつわる10の質問」
ミステリーや青春小説など幅広い作風で知られる作家・恩田陸さんは、同時に幅広いジャンルの読み手でもある。忙しい日常でいい本をみつけ、読書時間を見つける極意を伺った。
作家・恩田陸
おんだ りく●’64年生まれ。’92年に『六番目の小夜子』で小説家デビュー。’05年『夜のピクニック』で吉川英治文学新人賞と本屋大賞、’06年『ユージニア』で日本推理作家協会賞、’07年『中庭の出来事』で山本周五郎賞、’17年『蜜蜂と遠雷』で直木賞と本屋大賞を受賞。ミステリー、ホラー、SFなど、ジャンルを超えて多彩な執筆活動を展開する。
Q1.忙しい日常の中で、いい本を見つけるにはどうしたら?
「アナログですけど、まず新聞ですね。最近は“新聞記事はスマホで読む”というかたも多いようですが、紙の新聞を広げると記事や広告などいろいろな情報が目に飛び込んでくる。その効果はやはり大きいし、ある程度の信頼性もあると思います」と恩田さん。
「ネットで探すのは便利ですが、閉架式図書館のようなもの。目的の本が決まっていないと探しにくいものです。購入履歴が反映された“おすすめ”が出てくることもありますが、なぜかどれも的はずれだったり(笑)。一方、新聞や書店は開架式図書館のようなもの。なんとなく眺めているだけでなぜか気になる本が目に入ってくる。私は断然開架式派です。私を含めてみんな日々目の前の現実で精一杯だと思いますが、現実よりも“真実”が見えてくるのが虚構の世界のおもしろさ。それを楽しむ精神をもっていることが、なにより大事なのかもしれませんね」
Q2.読書の時間はどうやってつくっていますか?
「仕事の合間や仕事中に読書をすることはなくて、夕食をすませてから寝るまでが読書の時間。どんなに忙しくてもなるべく確保するようにしています。“本を読む時間がなかなかとれない”というかたが多いようですが、よくわかります! 最近感じていることですが、エンタメコンテンツが多すぎる。24時間しかない時間を、いろいろなエンタメが奪い合っている気がするんです。例えば私はNetflixのドラマも好きですが、あまりにも時間がかかるのであきらめぎみ。倍速で見るのは気持ち悪いし、ちゃんと見ておもしろいか否かをいいたいんです。そう考えていくと、読書や舞台やコンサートは倍速みたいなことができないエンタメ。“かっちり時間をとられるもの”が私の好みなのかもしれません」
\基本は一気読み。ただ最近はすぐに眠くなっちゃうことが(笑)/
Q3.本読みの達人である恩田さんですが、物語を“書く”側、小説家としての新しいチャレンジについて教えてください。
「小説内に別の小説が登場する“作中作”を断片的にではなくまるごとやってみたかった。それを実現させたのがミステリー『鈍色幻視行(にびいろげんしこう)』とその中で語られる正体不明の作者が書いた小説『夜果つるところ』なんです」と恩田さん。
『鈍色幻視行』の舞台は豪華客船。主人公の作家・梢が夫の雅春に誘われてそこに乗り込んだのは、不慮の事故で映像化が3度も挫折した『夜果つるところ』の関係者――映画監督、編集者などが乗船すると知り、取材したいと考えたから。彼らはみんなこの小説が呪われた理由や姿を消した作者について持論を抱く人たちで……というのが物語の発端だ。「『鈍色幻視行』は“船旅に行きたい”と思ったのが執筆のきっかけ。アガサ・クリスティー作品みたいなゆったりした船旅ものを書きたいという思いもあって、この小説と同じコースで2週間旅をしました。私が小説を書く前にその場所に行ってみるのは、インスパイアされるものが大きいから。今回はほぼ海の上でしたが、客船は大きな密室であり、舞台っぽい非日常的な空間だと感じた。そこから“日常を離れて謎について語りあう話”を思いついたんです」
一方“呪われた小説”『夜果つるところ』の執筆は、恩田さんにとっておもしろい体験だったのだとか。「この小説の作者は1作だけで消えた正体不明の人物。その人になりきって書いたので、私ではない文体だし、私だったらやらないような展開。でもわりとすらすら書けたのが不思議で、“なりすましってこういう感じなのかな”と思いました(笑)」
2作合わせて執筆期間は15年。最初に設計図を考えるタイプではなく、「進めながら考えるタイプ」という恩田さんだが、長きにわたって書くうちに『鈍色幻視行』には自分では予想していなかった面がいくつか出てきたという。
「クルーズ旅行に参加した関係者のほとんどは、小説や映画といった創作にかかわる人。彼らの発言が謎への見解だけでなく、それぞれの創作への思いにつながっていったのは意外でした。多分その理由は私が“みんなどうやって創作しているんだろう”と思っているから。作家になってずいぶんたちますが、いまだにそういう興味があるんです」
もうひとつの予想していなかった面は、雅春の前妻の存在の大きさ。梢と雅春は再婚同士だが、雅春の前妻は『夜果つるところ』の脚本化を手がけた人物。なのにふたりは彼女のことに触れようとしなくて……。「雅春と梢にも謎があるわけですが、“いくつもの謎の真相を追う話”を書きながら考えたのは、“人はあいまいさを引き受けて生きていくものなのでは”ということ。誰もがいろいろな問題を抱えていると思いますが、世の中にきれいな解決策はないし、グレーゾーンを排して物事に白黒つけようとすると人は不寛容になる。想像力が低下して思考が停止するんです。だからどんな問題であれ、あいまいな部分があっても自分が納得できる材料が見つかればその後の人生は変わるのでは。たくさんの人の複雑な感情がからみ合う『鈍色幻視行』は、そんな私の気持ちも反映されたミステリー。これからも自分が読みたい小説を書いていきたいですね」
『鈍色幻視行』
恩田陸 集英社 ¥2,420
小説家の梢は“呪われた小説”の関係者が集(つど)う豪華客船ツアーに参加し取材するが……。謎がからみ合うミステリー。
『夜果つるところ』
恩田陸 集英社 ¥1,980
遊郭で暮らす「私」は男たちだけの宴会を目撃し、なぜか彼らに近しさを感じるように。退廃的なロマンが香る小説。
Q4.老眼がすすんだり、本を読む姿勢がつらくなったりして困っています。何か工夫できることはありますか?
「こういう悩みもわかります! 年を重ねると昔はなかったことが起きるんですよね。私はふだん遠近両用眼鏡と近視用コンタクトレンズを使っていますが、コンタクトをしているとき近くが見えにくくなって。それで“コンタクト使用中のみのメガネ”を買ったらすごく楽になりました。もちろん目薬は必須。ホットアイマスクも使っています。
読書のときは椅子に座って机で読みますが、単行本を読んでいると重さで腕がつりそうになる(笑)。なので、旅行の移動中に使う枕を机に置いて腕をのせるように。アームレストのイメージですね。“電子書籍は文字を拡大できるからいい”というかたもいらっしゃいますが、なぜか私は読んだ気がしないんです」
Q5.「私の人生って平凡なまま?」と思っている人に、“すごい人生”を味わえる本を教えてください。
恩田さんが「だいぶ前に読んだけれど今も印象が強烈」と教えてくれたのがこの2冊。
「山崎まどかさんの『真似のできない女たち 21人の最低で最高の人生』は悲惨な人生を送った人たちの話。なのになぜか彼女たちに潔さが感じられて、“こんなふうに生きてもいいんだ”と励まされます。最近文庫化されたのもうれしいですね。
『ヴァレンヌ逃亡 マリー・アントワネット運命の24時間』はフランス革命の転換点になった事件をもとにしたエンターテインメント。目的地はすぐ近くだったのに、なぜ王と王妃の逃亡計画は失敗したのか。『ベルサイユのばら』を思い出す話ですが、すごすぎる人生のハラハラドキドキ感を味わえます」
『真似のできない女たち 21人の最低で最高の人生』
山崎まどか ちくま文庫 ¥924
『ヴァレンヌ逃亡 マリー・アントワネット 運命の24時間』
中野京子 文春文庫 ¥715
Q6.最近、「おもしろい!」と思った本は?
「#MeToo運動のきっかけをつくった女性記者たちの軌跡『その名を暴け』は粘り強く真実を立証していく様に心を動かされました。
あわせて読んで引き込まれたのが『キャッチ・アンド・キル』。作者は映画監督ウディ・アレンと女優ミア・ファローの息子で、#MeToo運動の引き金になった記事を書いたジャーナリスト。性的虐待疑惑がある父をもつ彼が性被害について調べるという複雑さ、用心して調査を進めてもかかる圧力……サスペンスのような怖さもあって、“真実はひとつじゃない”とつくづく思いました。
私は漫画も好きですが、『数字であそぼ。』が最近のおすすめ。主人公の青年は現役で京都大学らしき大学の理学部に入ったのに数学が苦手。そこには理由があるのですが、なにかと悩みがちな彼とユニークな友人たちの言動に思わず笑ってしまいます」
『その名を暴け #MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い』
ジョディ・カンター、ミーガン・トゥーイー
古屋美登里/訳 新潮文庫 ¥1,045
『キャッチ・アンド・キル』
ローナン・ファロー
関美和/訳 文藝春秋 ¥2,530
『数字であそぼ。』
1〜9巻
絹田村子 小学館 各¥550
Q7.過去の名作を読みたいと思ったときに、ガイドになる本はありますか?
「お酒を通して文学作品を紹介した『BOOKSのんべえ お酒で味わう 日本文学32選』はほろ酔い気分になりそうな本。小説や随筆の作者は林芙美子、村上春樹、江國香織、森見登美彦など多彩で、今までなじみがなかった書き手でも“読んでみようかな”と思わせる。読書の入口を広げてくれます。
斎藤美奈子さんの『挑発する少女小説』はめちゃくちゃおもしろかったですね。『若草物語』や『あしながおじさん』など9作の少女小説を大人の目でシビアに読み返した評論で、“主人公は何に頼って生存したか”が語られています。子供のころに読んだ本を再読すると、当時はわからなかったものが見えてくる。それを教えてもらった気がします」
『BOOKSのんべえ お酒で味わう 日本文学32選』
木村衣有子 文藝春秋 ¥1,650
『挑発する少女小説』
斎藤美奈子 河出新書 ¥946
Q8.最近、「新たな発見」をくれた本は?
恩田さんがあげたのは意外なジャンルの一冊。
「『ユーザーの「心の声」を聴く技術』は“なるほどね!”と思いました。著者はユーザー(消費者)調査を専門にしている女性で、対象者にバイアスをかけずにアンケートをとるためのノウハウが書かれています。逆にいえばこういう調査は質問の順番や調査の場所といったちょっとしたことにも左右されがちということ。消費者の要望をちゃんと調べるのはいかに大変かがよくわかりました」
『ユーザーの「心の声」を聴く技術 ユーザー調査に潜む50の落とし穴とその対策』
奥泉直子 技術評論社 ¥2,508
Q9.本を読んでも少し時間がたつと内容を忘れてしまうのですが、いい記憶法はありますか?
「今までは一冊読みきってから寝ていたのに最近は途中で眠くなることが。せっかく読んだ本の内容も忘れそうになるので、簡単な内容と感想のメモをつけるようにしています。私は映画や舞台も好きですが、それらの鑑賞メモもつけるのが習慣。どちらも長年続けているので、書かないと気持ち悪くて(笑)。
今では備忘録的なものですが、日記も小学5年生くらいからつけています。ときどき取材で昔のことや読んだり見たりしたものについて聞かれますが、日記とスケジュール帳と読書メモと鑑賞メモを見たらだいたいのことは思い出せる。書き残すってやっぱり大事だなと実感しています」
\本も映画も舞台もメモを残さないと気持ち悪くて(笑)/
Q10.読書の新しい楽しみ方があれば教えてください。
「最近自宅で戯曲をちょっとずつ朗読していますが、これが楽しいんです。シェイクスピアやチェーホフが書いた、いわゆる名作が多いですね。昔は“大げさだな”と感じたセリフがこの年になると“なるほど”と思うし、口に出すとグッときたりする。長い年月残ってきた作品だけあって、人間の普遍的な感情が描かれているんです。
日本人の女性のほとんどは感情表現が苦手なのではと思いますが、戯曲を読むと感情のこめ方がわかるし、役者の気分になって再生できるのがおもしろい。声を出すのは健康にいいのはもちろん、カタルシスも得られます。モヤモヤしているとき、一度やってみてはいかがでしょうか」
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